第41話:慇懃たる化かし合い
『——力が欲しいのかい』
鮮烈な赤を見なくなって久しく。
グランの目の前に白いローブの男が笑みを浮かべ立つ。
その男はどこまでも白く、潔癖だった。
この色の溢れる世界で、容易く染まりそうに見えてそうはならない、異様な男。
靴先一つ、地に触れるローブの裾すら他の色を纏うことを許さない。
そんな白一色の男が、唯一の色である赤い瞳をグランへ向ける。
その赤は、かつて見た鮮烈な赤よりずっと禍々しく、生々しい、命の色をしていた。
『ならこれを使うといい。きっと君の助けになるだろう。
期待しているよ、グラン・オルフォード卿。
——君と、私の夢のために』
◆
「お待たせしたかな」
報告を受け、レナードの元から離れたグランは奥まった一つの部屋の扉を開ける。
「お構いなく。喉を潤すにはちょうどいい時間でしたわ」
ソファでゆったりと寛ぎながら、ディアナは入ってきたグランを微笑みと共に迎える。グランもまた、その前へと深く腰掛けた。
「まさかそちらのほうから出向いてくれるとは思わなかった。話は聞いているかな」
「当商会が、不当に嫌疑をかけられているというのは聞いておりますわ」
頬に手を当て、悲しそうに目を伏せる。素知らぬ顔をしてなかなかの役者だ、とグランは目の前の娘を油断なく見つめた。
「これまで都市の発展に尽力してきたローズベルト商会に、まさかこんな濡れ衣を着せるなんて。とても残念でなりません」
「これが濡れ衣かどうかはすぐにわかることだ」
「ええ、そうですね。すぐに」
二人の視線が交錯する。
先に動いたのはグランだった。懐から小さな水晶球を取り出し、机の上に置く。
軽く指で叩くと、上に向かい短剣の映像が現れた。見事な装飾の施されたその刀身には、大きく亀裂が走っている。
「そなたの家の庭師が所持していた。鍛冶屋で修繕を頼むところだったらしい。
ディアナ嬢、そなたに頼まれたと言っていた」
正確には、あの庭師はディアナから頼まれたとは一言も漏らしていなかった。
だが言を操る魔術師の尋問に、庭師風情が対処できるわけもない。少し揺さぶれば反応は顕著で、態度は言葉よりも雄弁だった。
しかしそれをわざわざ正直に伝えるつもりはない。舌戦で重要なのは、手札を如何に切るか。
ありもしない手札をあると思い込ませ、どうこちらが優勢かと思わせることだ。
庭師に裏切られたと動揺すれば僥倖。怒りに任せ、感情的に否定すればボロも出やすい。どちらにせよ、グランにとって有利に進めることができる。
ところがグランの思惑に反し、ディアナは映像を見ても特に動じることなく「確かに」と肯定した。
「あれは私がリックに頼んだもので間違いありません。
ケレメン氏があれを所持していることは以前から知っていました。どうしても欲しかったので、形だけでもと許可を得て模造品を作らせていたのです。
つい先日誤って壊してしまいまして、今日リックにお願いしました。それがどうかいたしましたか?」
「そのような妄言を信じるとでも?」
揺さぶりをかけるため、敢えて冷たい声音で問い掛ける。
普通の令嬢であれば動揺するようなところだ。だが、ディアナは恐怖の欠片も見せることなく、強気な光を浮かべた瞳でグランを見返した。
「オルフォード卿こそ、あれが競売にかけられた本物の短剣であると、証明できるのですか?
競売は恙なく行われました。短剣を落札した人物も覚えています。
その方に確認を取ってください。本物をお持ちのはずです」
なるほど。見た目よりはやるようだ。淀みなく答えるディアナにグランは少しだけ彼女の評価を変える。
「つまりそなたはこの短剣は模造品で、本物は正当な落札者が所持している。よって窃盗ではない。——そう言いたいわけですな」
「話が早くて助かりますわ」
にっこりと微笑むディアナに「いいでしょう」とグランはいったん矛を収める。まだ前哨戦だ。ここで落ちれば早かったが、食い下がるのであれば仕方ない。
グランは余裕の笑みは崩さないまま、もう一度水晶球を叩いた。
「ひとまずその話を受け入れておくことにいたしましょう。もっとも、すぐに撤回し罪を認めたくなると思いますがな」
映像が変わる。魔力のノイズが走り、次第にどこかの地下道を映し出した。高所から見下ろしたような視点の中、呆然と座り込むディアナの姿がくっきりと映っている。
それを見たディアナは静かに目を見開いた。
「これはギルド内の隠し通路に配置していたゴーレム視点の映像だ。
何故ゴーレムを配置していたかは機密事項で話せないし、話す必要もない。
問題はここにそなたと、もう一人映っていることだ」
映像が動く。荒く乱れる中漆黒の姿が映し出される。
大剣を指先一つで止める不敵な笑みを浮かべた男。月のような瞳が愉悦に歪んだ瞬間、矛先を変えた大剣がゴーレムにまっすぐ向かう。
大きな揺れと今までで一番激しく映像が乱れ、そして。
ぷつりと映像は終わりを告げた。




