第40話:心に宿る光
「お断りする」
「……理由を聞こうか」
慇懃無礼なグランの仮面が、わずかに剥がれる。表面上は平静を装いながらも、苛立ちを隠しきれない指先がカツリと机を打った。
「悪魔契約の秘術など、もちろん私は知らない。ディアナが何かしら関わりがあったとしても、それは気付けなかった私個人の責任だ。
その責を、他に押し付けるつもりはない」
「責だと? うまく伝わらなかったようだ。貴殿もローズベルト商会も、何も責を負う必要などない。
ただ頷き、忠誠を誓うだけでいい」
「それを、断ると言っている。
——ローズベルト商会の理念は、『すべてのものに光を』。
魔術師に忠誠を誓い、魔術師の益になる魔具だけを作る。
……そんな組織は、もうローズベルト商会とはいえない。
形だけ残っても、意味はないんだ」
レナードの揺るがない言葉を聞き、グランは今度こそ苛立ちを隠そうともせず、腕を組み荒々しく息を吐いた。
「理念などのために娘や商会を見捨てると、そういうわけか。
組織の長として、無責任だとは思わないのか?」
「見捨てるのではない。託すのだよ、オルフォード卿」
大切なのは信念。曾祖父が作り上げた魂を、いかに形に込めるかだ。
それさえ忘れなければ、器はいくらでも作り直せる。
「彼らならば大丈夫だ。何故なら我らの心の内には、もう光が宿っているのだから」
グランの表情が歪む。「なんと麗しい!」と言葉とは裏腹な感情で吐き捨てながら、グランは立ち上がる。
「理念を守るため、自身を犠牲に、今まで築き上げたものを他人に託す。
馬鹿馬鹿しい! 貴殿はもう少し利口だと思っていたが、とんだ見込み違いだったようだ」
突如廊下が騒がしくなり、扉の前で言い争う声が聞こえる。見知った声だ。
少しの応酬のあと扉が勢いよく開き、飛び込んできたヘンリーを見てグランは忌々しそうに振り返った。
「これはこれは。そんなに慌ててどうしたかな?」
よほど急いできたのか。息を切らせ飛び込んできたヘンリーは、レナードを目にしたあと非難めいた視線をグランへ向ける。
「それはこちらの台詞だグラン。組織も通さず独断でこのような蛮行、いったい君は何を企んでいる」
「企む? 人聞きの悪い。
悪魔の情報が一般人に漏れている可能性があるのなら、妥当な判断だろう」
「悪魔だって……? グラン、まさか君は」
何かを言いかけ、ヘンリーはぐっと口を噤む。落ち着きを取り戻すよう大きく息を吐くと、姿勢を正しグランへと向き直った。
「副ギルド長として、ローズベルト氏と話がしたい」
「話は今終わった。これ以上、話すことはないと思うが」
「それは君だろう。私はある」
うるさそうに眉間に皴を寄せるグランは、開いた扉から他の魔術師が合図するのを見て表情を変える。
そして先程までの態度が嘘のように、「好きにするといい」とヘンリーへ会話の許可を出した。
「ただ、余計なことはしないように。もしも逃がそうなどと考えた場合、貴様も同じ道を辿ることになるぞヘンリー」
釘を刺し、足早に部屋を出ていく。閉じられた扉をしばらく見つめていたヘンリーだったが、振り切るようにレナードへ視線を向け、先程までグランがいたソファへと座った。
グランとは違う、未来を見つめる瞳がレナードをまっすぐ見返す。
「協力したい。話をしよう」
「奇遇だな。私もそう思っていた」
◆
『この先は、今は封じておく』
記憶の中、乳白色の光が道への扉を閉ざす。
しばらくその先を見つめていた師は、振り返りグランを見た。
鮮烈な赤が視界を彩る。日の光が届かぬ地下道で、それは忌々しくもグランの視線を奪っていく。
『まだ時機じゃない。来るべき時に、来るべき者がこの扉を開けるだろう』
来るべき人間? そんなものは決まっている。
師の言葉にグランは内心毒づく。
この先へ行くのは、私だ。
神聖術を織り込んだ特殊な結界術を前に、グランはその先へ封じられた過去の栄光を思う。
魔術師を絶対の存在に導く力。
時代に、国に追われ、ちんけな存在へと堕とされた魔術師を至高の存在へと導く力。
あれは、私のものだ。
だが今は時機ではないというのには、少なからず同意しなければならない。
今のグランには力がない。この結界術を破る術も、組織を牛耳る権力もない。
今は耐えよう。
きつく拳を握りしめ、グランは遠ざかる師の背を追う。
『時代が先か、人が先か。——あるいは、人が時代を連れてくるのか』
お前はどう思う? 師の楽しそうな瞳がグランを覗き込む。
『……さあ。私からはなんとも』
『なんだ、つまらないやつだな。少しくらい付き合ってくれたっていいじゃないか』
その瞳から逃れるよう目を伏せたグランに、師はつまらなそうに不満を零す。
早く、強くならなければ。
あの先を、誰かが見つけてしまう前に。




