第39話:ギルド長の取引
音を立て入室してきた人物を見て、レナードは無表情に「驚いたな」と口にする。
「国家魔術師に同行を求められたはずなのに、何故ギルド長である君がいるのかな。
——グラン・オルフォード卿」
「手荒な真似をして申し訳ない」
レナードの強烈な皮肉にも動じることなく、グランはねっとりとした笑みを浮かべ、レナードの正面に座る。
「こちらとしても、事の重大さを考えると多少無茶を通さなければならない事情があってね」
「事情……?」
「レナード・ローズベルト殿。——貴殿のご息女に、悪魔契約の容疑がかけられている」
グランの口から飛び出た言葉に、レナードは眉を寄せる。
到底信じられない、荒唐無稽な話だ。
そんな話をこの場で出す意図がわからなかった。
「悪魔だって? 冗談だとしてもたちが悪い」
「驚かれるのも無理はない。悪魔は魔術師の権威の象徴。ただのお伽噺。
……一般的には、そう広まっているのが常識ですからな」
だが、悪魔は実在する。
グレーの瞳の奥で、仄暗い光が揺れる。
その危うい狂気に満ちた瞳に、レナードはそれ以上追及することなく口を閉じた。
「悪魔の存在は国単位で秘匿している、禁忌中の禁忌だ。一般人はおろか、そこらの平凡な魔術師では触れることすら許されない。
——もし、そんな存在と関係していると国家魔術師に知られたら、ご息女の未来はないでしょう」
嘆かわしい、と大げさなほどに悲しむふりをするグランを、レナードは冷めた目で見つめる。
そんなレナードの反応も意に介さず、グランは細い指をゆっくりと組み直した。
「だが、長年この都市の発展に貢献してきたローズベルト商会をこんな形で失うのは惜しい。
ご息女はまだ幼い。悪魔の甘言に乗ってしまっただけかもしれない」
「……何が言いたいのかな」
「取引がしたい」
グランの言葉にレナードは目を細める。その裏にある謀略を、真意を見逃さないよう、殊更に目の前の敵を見据えた。
「貴殿も知っているだろう。この地には太古の昔、高度な魔術文明が存在した。
魔術師は悪魔を意のままに操り、強大な力で侵略を退け、民を治めていた。
——私は、当時の力を取り戻したい」
仄暗い光が強くなる。静かな瞳の奥に、ぎらぎらと焼き付く執着の色。
それは一年や二年という浅いものではない。
十年、下手すれば何十、何百という、個人の年月では到底推し量れない膨大な時の積み重ねのように感じた。
「だが、悪魔契約というのは非常に面倒だ。何十人という熟練の魔術師が長い年月をかけなければ舞台は整わず、呼び出せたとしても契約者は対価などという不合理なものを支払わなければならない。
私は魔術師を、もっと高みへ導きたいのだ」
その手段を、ご息女が握っている。
グランの言葉に、レナードは膝の上で手に力を込める。
そんな馬鹿な。瞬時に浮かんだ反論は、ここ数日のディアナの振る舞いで言葉にすることができなかった。
『まるで、死神に命を握られているような』
ウォルターの言葉が脳裏をよぎる。あのときはただ笑い飛ばした。だが、もしこれが真実だったとしたら。
なんてことだ。
レナードの心を強烈な後悔が襲う。ディアナはずっと独りで戦っていたのだ。それなのに、レナードは最悪の方法で彼女を追い込んでしまった。
別れ際に見せた、絶望に染まったディアナの瞳を思い出す。
今彼女はどこにいるだろう。
会って、今すぐ抱きしめてやりたい。
君を愛していると。何よりも、君が大切なんだと。
「ご息女から、悪魔召喚の手段を渡してもらいたい。私なら悪魔の力を正しく扱える。そうすれば、ローズベルト商会も守ることができる。
国家魔術師には、私のほうで上手く誤魔化すことにしよう」
レナードの心中をよそに、グランは勝手に話を進めていく。
そんな彼を一瞥し、レナードは重い口を開いた。
「相手は国家魔術師だ。そう簡単にいくとは思えないな」
「確かにしばらくは疑惑の目に晒されるだろう。だが、ローズベルト商会が魔術師ギルドに従順であると示すことができれば、疑いも晴らすことができる」
「それは興味深い内容だ」
心にも思っていない言葉を、レナードは口にする。
表情と発言がまったく一致しないレナードの言葉を、グランは気にする素振りすら見せない。
この男にとっては、レナードがどう思っているかなどどうでもいいのだろう。
慇懃な仮面の裏に透けて見える、侮蔑の視線。
このグランという魔術師が、レナードのことを対等に思っていないことは一目瞭然だった。
「簡単だ。貴殿はこちらの指示する魔具を作成してくれればいい。
民衆どもが扱う、魔道具などというちんけな玩具ではない。
魔術師が、より高みへ昇るための、手足となる魔具を。
悪くないだろう? これからも開発は続けることができるし、ローズベルト商会を存続させることができる」
それを証明するかのように、グランは信じられない提案を至極あっさりと口にする。
ローズベルト商会の歴史を。理念を。誇りを一切無視して。
ただ、器さえあれば、中身などどうでもいいとでも言うように。
「ああそうだな。願ってもないことだ」
レナードはほんの一瞬目を伏せる。
セシリアを、ディアナを。大切に想うすべてを想った。
顔を上げる。毅然とした態度でレナードは答えを待つグランを見上げた。




