第33話:残酷な親心
「馬車を出してもらわないと。準備はできているかしら」
「どこへ行く気だ?」
「決まってるでしょう。アルノルト卿のところよ」
はあ? とリヴィウスが明らかに不満そうな声を発する。
「どうして魔術師のとこなんかに行く必要がある」
「むしろそこ以外で希望が見えないわ。秘密を話すのは賭けだけれど、アルノルト卿なら大丈夫よ」
「やめろ。魔術師なんて碌な奴はいない。俺は絶対反対だ」
ぎゃんぎゃんとうるさく抗議するリヴィウスの言葉を無視し、ディアナは馬車を手配してもらうためウォルターを探す。
本当ならレナード経由できちんと伺いを立て、日時を決める必要があるが今は緊急事態だった。
約束がないため門前払いを食らう可能性もあるが、そこは自身の運に賭けるしかない。
どこにいるだろうかと屋敷内を歩いていると、突然「どういうことですか!」と強い非難の混じるセシリアの声が聞こえた。思わずディアナは動きを止め声の出処を探る。
そこは応接室だった。客人がいたのかと思うが、それならばセシリアがあんな声を荒げるのはあり得ない。
普段穏やかな母の珍しい感情の発露に、ディアナはいけないと思いつつも、恐る恐る扉へと寄り耳をそばだてた。
「落ち着いてくれ。何もすぐに婚姻を結ぼうというわけじゃない。あくまで候補として立ってもらおうというだけだ」
「同じことです。候補として立つ以上、世間はもう二人をそういうつもりで見るでしょう。ディアナの気持ちはどうなるんです?」
宥めるように続くレナードの言葉に、もしや縁談関係の話だろうかとディアナはより注意して言葉を拾い上げようと扉へ耳を押し付ける。
この数日間の怒涛の展開で霞んでしまっていたが、ディアナは本来婿候補を探していたのだ。それが、いつの間にかある程度固まったらしい。
ローズベルト商会を共に背負う資格と能力のある者ならばどんな人間でもよいと思っているディアナだが、将来の夫となる男性にまったく興味がないわけでもない。
いったいどの家に決まったのだろうという純粋な興味と、なぜ母はここまで憤っているのだろうという嫌な予感。半々の気持ちを抱えてディアナは続く言葉を待つ。
「昨日の様子を見ただろう。彼はまだ視野の狭さはあるが、ディアナのことを想う気持ちは本当だと理解できる。アラモスとも話し、両者納得したことだ。
——ケレメン家と、話を進めていこうと思う」
聞こえた名に、一瞬何を言われたのか理解が追いつかなかった。思わず足がぶつかり、扉ががたりと音を立てる。
中で息を呑む気配がする。ゆっくりと扉が開き、ディアナの目に室内の様子が飛び込んでくる。
扉を支えるウォルターと、対面するよう座るレナードとセシリア。二人はどちらも驚いたようにディアナを見つめていた。
「……今のは、いったいどういうことですか」
震える声でディアナはようやくそれだけを口にする。
嘘だと言ってほしかった。だがディアナから隠れるように、執務室ではなく応接室で話す両親の様子に、これは真実なのだと理解してしまう。
感情のままに泣き喚き、みっともなく縋りつきそうになるのを商会の娘という矜持のみで耐え、ディアナは揺らぎそうになる瞳をレナードへ向け努めて冷静を装う。
「跡継ぎはどうするんです」
レナードは気丈に振舞おうとするディアナを痛ましげに見つめた。一度目を伏せ、それでも決意の変わらない瞳をディアナへと再度向ける。
「——元々、ローズベルト商会は平民だ。血の繋がりにはこだわらない。商会内にも家を継げない優秀な者が大勢いる。
そこから後継者を決めてもいいし、長期的に見たらセシリアの運営する施療院から養子をとってもいい」
落ち着いた声で説明するレナードの言葉が、少しずつディアナの足元を削っていく。必死に踏ん張る自身の足元が揺らぐのを、ディアナは感じていた。
冷たく、何も感じなくなっていく心の中で生まれた小さな叫びが、ぽろりとディアナの口から零れる。
「——私は、いらないということですか」
「そうじゃない。ディアナ、私は——」
「どんな理由があろうと同じことです!!」
叫び、応接室を飛び出す。背後で「ディアナ!」とセシリアの声が引き留めるが、足を止めるつもりはなかった。
自室へ駆け込む。乱暴に扉を閉め鍵をかけ、ディアナはそのまま扉に背を預けずるずると座り込んだ。
炎と共に視界に黒い足が映る。膝をつき、覗き込んでくるアンバーの瞳をディアナは涙で濡れた瞳で見返した。
「——お願い」
縋るように、ディアナは口を開く。
「連れて行って。ここじゃないどこかに。誰も、私を知らないところに」
心の底からの叫びに、リヴィウスは黙って一度目を伏せる。しかしそれ以上、何かを言うことも反応することもなく、リヴィウスはただ黙って手を差し出した。
その手を握る。包み込む熱に身を任せ、ディアナは目を閉じた。




