第27話:濃くなる気配
「ディアナ嬢は競売までの間、今日の出品物を見学したいらしい。どうせならお前が案内してやるといい」
それは困る。
味方かと思っていた相手が急に敵へと転じ、ディアナは微笑みを浮かべたまま固まる。
どうしたものかと困り果てていると、パチリと扇子を閉じながらハンナが「もうおやめなさい二人とも」とぴしゃりと言った。
「ミハイ。貴方はまだお客様へご挨拶が済んでいないでしょう。アラモスも、仕事の話を待たせているのをお忘れですか?
話ならまたあとでもできます。まずはそれぞれすべきことをなさい」
保管庫へはメイドに案内させます、と鋭い眼差しで二人に言い放つハンナがとても頼もしく感じる。二人もケレメン夫人には頭が上がらないようで、気まずそうに視線を逸らしていた。
ケレメン家はどうやら夫人が最高権力者らしい。
「残念だが仕方ない。まだまだ話し足りないが、優雅に飛ぶ蝶の羽ばたきを邪魔してはいけない。
――語らうのはまた、月の美しい晩にでも」
未だ握られていた手に、そっと唇を落とされる。背後で一層高く上がった黄色い声とは裏腹に、ディアナの精神力は一気に削れた。
勘弁してほしい。そうでなくとも今日は気を張っているのだから。
強張っていないか不安になる笑みをなんとか浮かべ、ディアナは侍従に連れていかれるミハイを見送った。
呆れた視線で息子を見送るハンナは一つ優雅に溜息を吐くと、ディアナへ向かい「ごめんなさいね」と謝罪する。
「悪い子ではないのだけれど。懲りずに仲良くしてくれると嬉しいわ。
……さあ、貴方も行きますよ」
「う、うむ。ではレナード、楽しんでくれ」
ハンナにせっつかれ、アラモスもまた人混みへと消えていく。短い時間ながら嵐のようだった。肩から力を抜くディアナの横で、レナードが苦笑するように目元を緩める。
「彼も相変わらずだね」
「そろそろからかうのもいい加減にしてほしいものです。もう子どもではないんですから」
「……揶揄っているわけではないと思うが」
少し考えるように沈黙したレナードは、ディアナの顔を覗き込むように目を合わせた。その目は少しばかり楽しそうで、しかしそれだけではない光を含んでいるようにも見えた。
「彼が気になる?」
父から向けられたまさかの問いに、一瞬ディアナは沈黙する。
「お父様もご存じでしょう。彼はケレメン家の跡取り息子です。婿を取らなければならない私とは目指す道が違うのです。気になるどうこう以前に、ありえませんから」
「そうかな。道とは、意外なところで繋がっているものだよ」
いったい父は何が言いたいのか。不満げに見上げていると、「レナード」とセシリアが咎めるように口を開いた。
「そうやって、悪戯にディアナを振り回そうとするのはやめてください」
「すまない。そんなつもりはなかったんだ」
「ならこの話題はこれで終わりにしましょう。
さあディアナ。夫人が手配してくれた案内の方がいらしたみたいよ」
母に促され視線を向けた先で、メイドが「ご案内いたします」とディアナへと礼をする。
つんとそっぽを向くセシリアと困り顔のレナードを残していくのは不安だが、さすがによその家で痴話喧嘩はしないだろう。
いや、喧嘩しているつもりで周囲に惚気を振りまく可能性は大いにあるが。
「ではお父様、お母様。少しだけ席を外します」
「ああ、楽しんで」
「戻ってきたら声を掛けてね」
二人に見送られ、ディアナはホールを後にする。さりげなく扉の位置や廊下の方向を確認し、屋敷の見取り図を頭の中に入れながらメイドの背中を追った。
耳元でイヤリングが揺れる。
「悪魔の力は本当みたいだな。少しずつ気配が濃くなっている」
「そう。それはなによりね」
リヴィウスの言葉に期待を膨らませながら、ディアナはメイドに促され一つの扉を潜る。
広い室内には、間隔を開けて競売に出品されるだろう品々が並んでいた。
いつでも競売に出せるように一つ一つが背丈の高い木製の台の上に飾られ、透明なガラスケースの蓋が上から被されている。
その様子はさながら博物展のようであり、歴史を感じる数々の展示品にディアナは一瞬目的も忘れ心を躍らせた。
「ご自由にご覧ください。ただし、お手は触れないようお願いいたします」
「ええ、気を付けるわ」
メイドはそれだけ言い扉の前に静かに控える。出入口はそこだけで、仮にディアナが出品物を持ち出そうとしても絶対に逃げられないようになっていた。
勿論ディアナは何もする気はない。少なくとも今は。
怪しまれないように台座から一定の距離を保ちながら、ディアナは端から丁寧に品を見て回る。
短剣は奥のほうに飾られていた。早足にならないよう、慎重に近づいていく。一つ近づくごとに、心臓の音が一段と大きくなるような気がした。




