第26話:ケレメン家の美しき嫡男
しばらくして呼びに来たローラに案内され、ディアナは両親と共に馬車へ乗り込んだ。
通りを二つ挟んだ隣の地区にケレメン家のお屋敷はある。ローズベルト家に負けず劣らずの、いや豪華さならケレメン家のほうが上かもしれない。
広々とした玄関ホールには使用人が並び、ディアナたちを出迎えた。その中から仲良さげに寄り添う一組の夫婦がゆっくりと進み出てくる。
「ケレメン家へようこそ。急な招待にもかかわらず応じてくださり感謝するよ」
恰幅の良い男性が人のいい笑顔を浮かべ、ディアナたちを歓迎する。
父から話だけは聞いていたが、両親に会うのはこれが初めてだ。丁寧な歓迎にディアナは静々と淑女の礼を返した。
「ディアナ嬢、改めて成人おめでとう」
「ありがとうございます。こちらこそ、このような素晴らしい場に招待いただき、感謝いたします。ケレメン様」
「素敵な淑女に育ったものだ。なあレナード」
にこにこと、今度はレナードに向かいアラモス・ケレメンは快活に語り掛けた。声を掛けられたレナードは目元を細め「どうかな」と応じる。
普段よりも砕けた父の様子は、彼らが友人としても親しい間柄だということを暗に示していた。
「本当に可愛らしいお嬢さんですこと。私もこんな娘が欲しかったわ」
アラモスの傍らで艶やかな女性——ハンナが「うちは男しかいないから」とやや大げさに肩を竦めた。そんな彼女に、セシリアは「でも素晴らしいご子息じゃありませんか」と穏やかに微笑む。
「さあ、ここで立ち話もなんだから中へ入ろう。もちろん競売も参加してくれるんだろう?」
「ああ、お邪魔するよ」
アラモスに案内され、ディアナたちはホールへと通された。既にパーティは始まっているようで、ホールでは他の参加者が思い思いに寛ぎ競売の開始を待っていた。
立食形式のようで、各テーブルにはケレメン家自慢のシェフが腕を振るった様々な料理やドリンク、スイーツなどが並んでいる。
壁際を中心に座り心地の良さそうな柔らかなソファも並べられ、時間までをとても快適に過ごすことができそうだった。
「ディアナ嬢!」
保管庫へ繋がる扉はどれだろうか、と視線を走らせていると聞き慣れた声に名を呼ばれ、ぎくりと身を強張らせる。
両親と共に出迎えに来なかったのでまさかいないのかと淡く期待していたが、そういうわけではなかったらしい。
近づいてくる堂々とした足音に安寧の時間が終わりを告げたことを知り、観念したようにディアナはゆっくりと振り返った。
人混みの中を颯爽と歩き一人の男性が近づいてくるのが目に飛び込んでくる。
身目麗しい青年だった。少し長めのライトベージュの髪にヘーゼルの瞳。身長はすらりと高く、ヒールを履いたディアナと比べても頭一つ分以上高い。
最先端の流行を取り入れた衣装を優雅に着こなし、頭の先から足元まで一つの隙も見られず洗練された佇まいの彼は、敵意を持たせない友好的な笑みでディアナを見つめていた。
離れたところで黄色い声が上がったのが聞こえる。
「ミハイ様」
「ご挨拶が遅れて申し訳ない。他の花々と語らっていて、蝶が舞い降りる時刻をつい失念していた」
「そんな、構いませんわ」
別に出迎えを約束していたわけでもない。
だというのに、申し訳なさそうに眉を下げるミハイに、ディアナは心底大丈夫であるという気持ちを込め謝罪を躱す。
ミハイ・ケレメン。金融業を生業とし、王侯貴族だけでなく聖界諸侯とも縁を持ち、国を跨いで影響力を持つケレメン家の嫡男。
確か年はディアナよりも四つ上だったか。きらきらとさわやかな笑顔を振りまくこの青年に、ディアナは少々苦手意識を持っていた。
成人してから、父親の下で仕事を覚えるべく国中を飛び回っている彼と会うのは、実は初めてではない。ローズベルト家とケレメン家はそこそこ交流も深く、幼い頃から仕事の場で顔を合わせることは多かった。
ローズベルト家とケレメン家。それぞれの家を背負う者同士、今後の両家の友好な関係を築いていくために、仲良くしておくに越したことはない。
そんなこと、ディアナだって重々承知している。だから可能であれば彼とだって、適切な関係を築きたいと思っているのだ。
そう、適切な関係を。心中で考えていることなどおくびにも出さず、ディアナは完璧な淑女の笑みを返す。
「先日はイヤリングを贈ってくださりありがとうございました。とても素敵な代物ですね。まるで氷のような透明感なのに発色も素晴らしく、思わず見惚れてしまいました」
「そうでしょうとも! 父が出資している鉱山で採掘されたものでして。凛とした存在感がディアナ嬢に良く似合うと思ったのですが正解でした」
ミハイは嬉しそうにそう語り、そっと壊れ物を扱うようにディアナの手を取る。
「普段から十分貴女の魅力はわかっているつもりでしたが、今日の貴女は更に輪をかけて美しい。
貴女を前にしたら、美の女神でさえ恥じてその身を隠すことでしょう」
「……そんな、大げさですわミハイ様」
こういうところである。もう一度言おう。彼はケレメン家嫡男。そしてディアナは、ローズベルト家の長女である。
それぞれ両家を背負う者同士であるはずなのに、なぜだか彼はことあるごとにお世辞以上の熱烈な言葉でディアナにアプローチをしてくるのだ。
適切な関係を望んでいるディアナにとってこの距離感はいただけない。現に先程から向けられる周囲からのちくちくとした視線が痛い。
おそらくはミハイを狙っている淑女の方々のものだろう。こちらにはそんな気はないし、現実問題ありえないというのに、嫉妬というのは理性とは別のところから生み出されるもののようだ。
「これこれミハイ。会うなり矢継ぎ早にそう語り掛けるものではない。ディアナ嬢も困っているじゃないか」
ナイスである。アラモスが困ったようにミハイを制するのを、ディアナは胸中で褒め称えた。
そう、今日はミハイの相手をしている暇はないのだ。なるべく早く短剣をこの目で確認し、あわよくば競売会場と保管庫を結ぶ経路を確認しておきたい。
その調子でぜひミハイを追いやってほしいとその背を応援していると、アラモスはあろうことかディアナに向き直り「そうだ」と目を輝かせた。




