第25話:耳元の密談
魔法の品を考えるのが好きだった。
お伽噺の中で優しい魔女が不幸な娘に贈る、夢のような道具の数々。
あれらは何をどうすれば生み出せるのだろう。
実際にどうすれば、形にできるのだろう。
思考を巡らせ、時には試し、気付いたことを披露すれば、大人はこぞって少女を褒め称えた。
それが嬉しくて。楽しくて。
言葉の裏の意味など、考えたこともなかった。
『本当に着眼点が素晴らしく――』
『才能だけなら嫡男より――』
『……本当に、』
ディアナ様が男児だったら良かったのに。
「――おい。おい!」
鋭く耳を打つ低い声に、ディアナは夢想から覚めた。
覗き込むアンバーと目が合う。
そのあまりの近さにディアナは短く悲鳴を上げ仰け反った。バランスを崩し倒れこみそうになるところを、大きな手が支える。
背中に手を添えたまま、リヴィウスは呆れたようにディアナを見下ろしていた。
「ぼんやりしすぎだ。閉じこもりすぎて酸欠にでもなったか」
今、ディアナは曾祖父の書斎にこもり資料を漁っていた。
短剣が第一本命だが保険は必要だ。ランタンがあったのだから、それに関わる資料が他にも何かあるかもしれないと思ったのだが、食事の時間以外ずっと探しているにもかかわらず、悪魔契約の『あ』の字も見つけることができない。
まったく成果の出ない現状の鬱憤が爆発するように、ディアナはリヴィウスをきつく睨んだ。
「急に驚かさないでよ、もう!」
「何度も声を掛けた。お前が気付いてなかったんだろ」
半ば八つ当たり気味の言葉も素知らぬ顔で流すリヴィウスに、ディアナも時間と労力の無駄だと気持ちを切り替える。
リヴィウスが漁っていたほうの本棚へ目をやり「いったいなんなの」と呟いた。
「資料でも見つかった?」
「いや。ほとんどが素材や錬金術関連の本でありそうにないな」
「じゃあなによ」
「さっきからメイドがお前を探してるぞ」
時計を見て「もうこんな時間?」と慌てて立ち上がる。そろそろ支度を始めなければパーティに間に合わない。
「お嬢様ー!」と聞こえてきたローラの声に、「今行くわ」と応えディアナは書斎を出た。
「お嬢様、どちらにいらしたんですか」
「ごめんなさい。少し没頭してしまっていて」
部屋で準備を進めていたローラに「早く取りかかりますよ」と言われ、ディアナは支度を始める。
選んでいたドレスを纏い、鏡台の前に座ればローラがてきぱきと化粧を施していった。
「ミハイ様に喜んでいただけるといいですね」
紫の石が光るイヤリングを身につけながら、ディアナはにこにこと楽しそうなローラを鏡越しにじろりと睨む。
「だから、ミハイ様とはそういうのではないから」
「ええ、存じておりますよ。
秘める恋……視線だけで通わせる想い……なんて素敵」
どうやらまだ彼女の暴走は止まらないらしい。
妄想に酔いしれているローラだが腕だけは完璧に仕事をこなし、あっという間にディアナは令嬢の姿へと変わっていった。
鏡に映る自分を見返し、ディアナはローラを見上げる。
「変ではないかしら」
「とてもお綺麗ですよ」
誇らしそうにローラは微笑む。「旦那様にお知らせしてきますね」と退室するローラを鏡越しに見送り、ディアナは自身の仕上がりを再度確認する。
深い藍色のドレスに身を包んだディアナの耳元でイヤリングが揺れる。金の蝶が飾られた紫の石は、ディアナの衣装にとてもよく合っていた。
きちんと見せた方がいいと言うローラに任せ、耳元が露わになるよう髪をハーフアップにまとめたがちょっと露骨にアピールしすぎではないだろうか。
心配しているディアナの背後で、唐突に異質な気配が生まれる。
「終わったか」
瞬きの間に、ソファに座るリヴィウスが鏡に映り込む。
いつも急に現れるから心臓に悪いが、それを悟らせるのはなんとなく悔しく、平静を装ってディアナは「終わったわ」と告げた。
座ったままのディアナに近づき、頭の上から爪先までじろじろと見てくるリヴィウスにむっとする。
「なによ」
似合わないとでも言いたいのだろうか。
それに答えることなく、リヴィウスは手を伸ばしその片耳に触れた。
意外に高い体温が耳朶に直接伝わる。触れる熱に硬直するディアナをよそに、リヴィウスはその耳からイヤリングを外した。
解放された耳の感触に我に返ったディアナは「あ、」と声を漏らす。
「ちょっと返して。それは着けていかないといけないんだから」
「本物なら片方で十分だろ。こっちは空けておけ」
「どうして?」
返事の代わりにリヴィウスは姿を消す。
どこへ行ったのかと首を振ると、軽くなったはずの耳で揺れる感触に、驚いて鏡を見つめた。
先程リヴィウスが外したはずのイヤリングが、欠けることなく両耳で輝いている。そのうちの片方が、意思を持つように軽く揺れた。
「ここなら密談に最適だろ」
まじまじと見つめていると、昨日今日でいやに馴染んだ悪魔の声がすぐ耳元で聞こえた。
確かに最適だとは思うが、至近距離すぎて落ち着かない。「確かにそうだけど」と不満げに零すディアナに対し、「別に俺はどこでもいいが」と言いながらリヴィウスは軽く揺れた。
「ここが駄目ならあとはネックレスくらいだがいいのか」
「イヤリングでお願いするわ!」
さすがにそこは駄目だ。色々と問題がある。
食い気味で拒否すれば「じゃあこれで」と言い残しリヴィウスは沈黙した。
ただの装身具となった悪魔に溜息一つ零し、ディアナはだらしなく姿勢を崩す。
挑む前から体力をだいぶ削られた気がする。




