第23話:殻を割る雛
「お嬢様は何か隠されているかと」
「そうだね。朝は少し思いつめたような顔をしていたから心配だったけれど、今は大丈夫そうだ」
「そうでしょうか。僭越ながら、私の目には少々切羽詰まったように見受けられましたが。
……それこそ、死神に命を握られているような」
心配そうに零すウォルターに「面白いことを言うなあ」とレナードは笑う。
「確かに昨日までのディアナとはどこか違うようだ。
だけどね、ウォルター。今の彼女は、ここ数年で一番生き生きとしているよ」
きっと、ディアナ自身も気付いていないけれど。
レナードは先程まで目の前に立っていたディアナの様子を、もう一度脳裏に呼び起こす。
真剣な眼差しの中で赤々と燃える、強い意志。
幼い頃は何にも阻まれず輝いていたのに、いつしか小綺麗なドレスの内側にひっそりと隠してしまった。
誰にも見つからないように。それこそ、自分からも。
それが、今はこうもはっきりと主張している。
さながら雛がこの世に生まれ落ちるために、硬い殻を懸命に割ろうとするように。
「――あれから四年か」
小さく呟くレナードの言葉に、ウォルターは沈黙で返す。なんのことを言っているのか、賢明な老執事は瞬時に理解し目を伏せた。
レナードは引き出しから一通の手紙を取り出す。ディアナの祖父でありレナードの父——元商会長であるルドルフから届いた、貴族との縁談を進めるよう指示する手紙。
ようやくヘンリーとの魔道具共同研究までこぎつけたとはいえ、現ギルド長が反魔道具派である以上、魔術師ギルドとの軋轢は避けられない。
今後も魔道具開発を発展させていくためには、有力な貴族の後ろ盾が必要だというルドルフの主張は正しい。
「まさかこんな形で自分の行いが返ってくるとはな」
本来なら、有力貴族の娘を迎えるのはレナードの役割だった。だが、修行の一環で行商に出ていた先でセシリアと恋に落ち、ルドルフの反対を押し切って結婚した。
あのときはこれが正しいと本気で信じていたし、今もセシリアの手を取ったことを後悔なんてしていない。
だが、そのツケを娘に払わせることになるとは、当時のレナードには想像もできなかった。
それは、若さゆえの罪に違いない。
ディアナには、彼女自身の道を歩んでもらいたい。それが安寧の道であろうと、茨の道であろうと、彼女が望むならどんな手助けだってするつもりだ。
レナードは一度目を閉じ、切り替えるように顔を上げた。
「さて、ケレメン氏へ急ぎ手紙を出さなければいけないな」
相談したいこともあったのでちょうどいい。
引き出しから便箋を取り出しながら、レナードは傍らに佇む老執事を見上げる。
「——私は、勝手だと思うかい」
「私などは意見する立場にございません。ですが、旦那様の選ぶ道は、いつだって最善の道だと信じております」
「それは買い被り過ぎだ」
便箋へ文字を走らせる。ディアナが競売前に出品物を見せてほしいと言っていること。そして、もう一つの用事を記し封をする。
この手紙が。その内容が。ディアナにどのような影響を与えるのか、今のレナードにはわからない。
孵化した雛が大空へ飛び立つのか、宿木を求めるのか。それとも――殻を割り切れずに終わってしまうのか。
願わくば、その懸命に足掻く雛が産声を上げるよう。
レナードは手紙をウォルターへと託し、中断していた仕事の続きに取り掛かろうと書類を一枚手に取った。
◆
「ドレスを選ぶわよ!」
自室に戻り、ディアナは張り切って色とりどりのドレスが並ぶ衣装棚を開いた。
話を聞いたローラが嬉々として装飾品や化粧道具を並べ、姿見を立てる。
「お嬢様、せっかくですからミハイ様から頂いたイヤリングをしていってはいかがですか? きっとお喜びになりますよ」
ローラの提案にディアナはうっと詰まる。頭の中にミハイ——ケレメン家嫡男の端正な笑顔が浮かんだ。
正直、気乗りしない。
「そこまでしなくてもいいんじゃないかしら」
「なにを言ってるんですか! せっかく誕生祝いにといただいたんですから、ここで着けなくていつ着けるんですか!」
そう言われると困る。確かに、いただいたものを一度も身に着けないのも失礼だ。
今回は特に、変に疑われないように注意しなければならないので、着けたほうがいいということはディアナにもわかる。
だが、着けていけばどうなるかはなんとなく想像がついた。それを考えると気が重いが、不要な衝突は避けるほうが無難だ。
ローラの圧に押されるように、渋々とディアナは頷いた。
「わかったわ。そうしましょう。だったらドレスは何色がいいかしら」
「綺麗な紫でしたし、落ち着いた色合いがいいんじゃないでしょうか」
いくつか合わせてみましょう、と笑うローラに「そうね」と答え、ディアナははたと己の手首を見た。
そこにいつの間にか再びバングル姿となったリヴィウスが収まっていることに気付き、ディアナはローラへ目を向ける。




