第22話:鏡の向こうの悪魔
ディアナの言葉を聞き、リヴィウスはあからさまに表情を歪めた。
「俺がお前に?」
「だって、猫やバングルには姿を変えられるんでしょう? なら、私そっくりにもなれるんじゃないの?」
試してみてよ、とお願いすれば嫌そうな顔をする。基本的に男性型のリヴィウスだから、女の姿になるのは嫌なんだろうか。
だが作戦の成功率がかかっているのだ。できるならやってほしい。
「……少しだけだぞ」
しぶしぶと了承するリヴィウスに期待の目を向ける。いつものように黒い炎が一度彼の姿を覆い隠し、渦巻いた。
次の瞬間、切れ目から金色が覗く。
瞬きの間に目の前に立っていたのは、まるで姿見かと思うほど酷似したディアナの姿だった。
「どうかしら」
「……頼んだ側が言うのもなんだけれど、ここまでそっくりだとちょっと気味が悪いわね」
リヴィウスはディアナの言葉を受け、軽く肩を竦めてみせる。
「見た目だけなら一緒だもの。そっくりで当然だわ」
「今は口調まで真似しないでくれる?」
我儘な奴だな、と声だけはリヴィウスに戻ったディアナ(変装)が溜息を吐く。
態度や表情はともかく、見た目は確かに瓜二つだった。この姿で静かに会場にいてくれれば、ディアナがすり替えるときに多少トラブルがあったとしても、ディアナが関わっているとは思われないだろう。
「良いわね。これでいきましょう」
「本当に入れ替わるのか?」
「やっぱり女の姿は嫌?」
問いかけると、意外にもその質問には首を振る。
「そうじゃない。別に男だろうと女だろうと、悪魔にとって肉体の性差はあまり関係がない。
そうじゃなくて、入れ替わるってことは他の人間どもに絡まれる可能性があるだろう」
面倒だ、と心の底から煩わしく思っている表情でリヴィウスは苦々しく口にする。
その点は確かに心配だ。リヴィウスの心労ではなく、主にボロが出ないかという点においてだが。
「基本的には『人に酔ってしまったので』と言って座っていてくれたら大丈夫よ。必要な挨拶は競売が始まる前に粗方済ませておくし、突っ込んだ話をしてくる人はいないと思うわ。
……一人だけ、ちょっと気を付けなきゃいけないかもしれないけど」
言いながら頭の端にちらっとよぎった人物——ケレメン家の嫡男についてはこの際無視する。
「どうしても絡まれて大変だったら、使用人に言って休憩室を借りたらいいわ。鍵をかけてしまえば誰も入れないもの」
「そこまでしなきゃいけない事態は御免被りたいがな。
まあ、いいだろう。お嬢様のために、最善を尽くすことにいたしましょう」
綺麗な淑女の礼を行うリヴィウスに「助かるわ」と返す。
「それじゃあ、そろそろ元に戻ってくれる? ずっと見ていると気味が悪いから」
「本当に我儘だなお前は」
これでおおよその作戦は立った。
ならば次は行動あるのみだ。明日のために、ディアナは次なる一手を打つため颯爽とドアを開けた。
◆
静寂に包まれた執務室で、紙をめくる音だけが響く。
先日から開催されている豊穣祭における失踪者数の報告書を手に、レナードは小さく息を吐いた。
「例年よりも多いな」
毎年、豊穣祭の五日間は各地から行商人や観光客が集まるため、必然的に悪事も起こりやすい。
どの年も、一人や二人失踪者や不審死が起こることはあったが、今年はまだ開催して三日目だというのに既に四人も行方不明届が出されている。
訪問者数はそこまで変化していないというのに、この数値は異常だった。
「自警団のほうはなんて言っている」
「近隣の巡回に人手を割いているので、これ以上失踪者の捜索に人員を割くのは難しいようです」
控えるウォルターが粛々と報告する。失踪者はそのほとんどが貧困街や旅人らしく、優先順位を下げられているのだろう。
命に優劣などない、と言いたいところだが、それですべてがうまく回るわけでもないのが現実だった。実際自警団が定期的に巡回をしてくれているおかげで、大きなトラブルもなく無事に豊穣祭を開催できていることも否めない。
「商会からも人員を割くべきか……」
次の報告書を手に取ろうとしたところで軽いノックの音が響いた。「どうぞ」と答えると、先程も訪れたディアナがひょっこりと顔を覗かせる。
「ディアナか。どうしたんだい。さっき報告は聞いたけれど」
さすがのディアナも疲れたのか、言葉少なに自室へと引きこもってしまい心配していたが、少し休んで回復したようだ。
若い子はすごいな、などと少し年寄り染みたことを考えながら、二度目の訪問を果たしたディアナを笑顔で迎える。
「仕事中にお邪魔してごめんなさい。実は、お父様にお願いしたいことがあって」
「お願い?」
なかなか珍しい類の用事にレナードは小さく驚く。それと同時に嬉しさが込み上げた。
成人も迎え、最近のディアナは頼もしく見える反面、どこか家族とも一線を引いているようなよそよそしさを感じさせることもあった。
成長を喜びながらも、昔のように甘えてほしいと燻る親心にあてられて、レナードは持っていた書類をいそいそと机に伏せディアナへと向き合る。
「何かな」
「明日のケレメン家の訪問なんだけど。競売前に、出品される品を近くで見てみたいの。
ほら、競売会場だと席が遠いでしょう? せっかくの珍しい品だもの。できれば誰かの手に渡る前にじっくり見てみたいわ」
駄目かしら、とおずおずと首を傾げるディアナに、二つ返事で了承しようとしていたレナードはふむと一度考え込んだ。
明日のケレメン家での競売は大規模なものとなるだろう。臨時で他家からも使用人を呼び当日の人員を増やしていると聞いた。
主催者であるケレメン氏はパーティも含め、準備で相当忙しく立ち回っているはずだ。さすがに競売直前に、そんな時間を割いてもらえるかは正直怪しかった。
しかし「忙しいから無理だろう」とこの場で断るという選択肢は、レナードにはなかった。
固唾をのんで見守るディアナの視線に押され、レナードは頷く。
「わかった。一度ケレメン氏に掛け合ってみよう。あちらも明日は忙しいから直接の案内は無理だろうが、少し保管庫を見せてもらうことはできるかもしれない」
「ええ、それで十分よ! ありがとうお父様」
ぱっと表情を輝かせて、礼をしたディアナは慌ただしく出ていった。恐らく明日のドレスの準備でもするのだろう、と小さくなる足音を楽しそうに見送る。
横に立つウォルターが「何も聞かなくてよろしいのですか」と静かに尋ねた。




