第21話:大胆な提案
「しいて言うなら。
……ランタンを破壊したあと、俺の力を借りることができずに短剣を返せなくて、窃盗容疑で捕まるお前を想像するとあまりにも哀れ——」
クッションを投げつける。かなりの勢いで投げたそれは見事リヴィウスの顔面を捉え、続く言葉が届くことはなかった。
「……そうね。とりあえずは、貴方の言う通りにすることにしましょう」
怒りを滲ませ、ディアナはクッションを振りかぶった格好のままそう呟く。
確かに、時間稼ぎをしたところで落札者に本物を返す機会が自然に訪れるかはわからない。
罪悪感をすぐさま消し去ることはできないが、これ以上良い作戦を思い付けないのもまた事実だった。
「そうするといい」と、あまり堪えた風もなくクッションをどけたリヴィウスは、そのままクッションを脇に置きごろりと横になる。
「無駄なところに時間を割くより、もっと別のことに頭を使うほうが建設的だ。短剣をすり替えるのだって容易じゃないだろう」
「そこなのよね……短剣の複製は今すぐ作れるの?」
短剣があるかないかで、動きも変わってくる。
どうなのかと尋ねると、リヴィウスは寝転んだままディアナの持つ箱を指差した。
「その挿絵だけじゃ心許ないな。細かな部分に齟齬が出る。
構成要素まで完璧に再現するためには、実物を間近で確認し、解析する必要がある」
「となると、競売前に実物を見せてもらう必要があるわね」
お父様にお願いしておかないと、とディアナは脳内メモに必要事項を書き記す。ケレメン家訪問後の動きを確認しながら、ディアナはすり替えのタイミングはいつがいいか考えた。
「短剣の複製が競売前しか無理なら、すり替えはそのあとね。競売中はいつ舞台に上げられるかわからないし、難しいでしょう。
狙うのは競売後、落札者が引き取りに来る前かしら」
「そこが妥当だろうな。他の落札者への対応で、競売前よりも周囲の目が逸れるはずだ」
「問題はどうやってすり替えるかなんだけど」
そこが一番の問題だ。顔の割れているディアナがうろついていれば、いくらなんでも不審に思われるだろう。注目を集めてしまえば、すり替えはより困難になる。
「変装、といっても下手な変装だと逆に怪しまれるし」
何かいいものはないだろうか、と自室の衣装棚を開ける。当然だがそこに収まっているのは普段からディアナが着用している衣類ばかりであり、変装に使えるような道具は一つもない。
「化粧で印象はだいぶ変わるというし、髪型を変えればいけるかしら。でも直している暇なんてないし……」
「なんだ、なかなか使える物を持ってるじゃないか」
悩んでいると、いつの間にか背後に立っていたリヴィウスが衣装棚を覗き込みながら感心するように声を上げた。
なんのことかと振り向いたディアナの前で、リヴィウスは小箱に収めてあったブローチを手に取る。
七色の光沢をもつそれは、この前ローラたちと豊穣祭を回った際に屋台で見つけて購入したものだ。リヴィウスがなぜそれに興味をもったのかわからず、ディアナは更に首を傾げた。
「それを売って変装道具の資金にするってこと? 昨日流れの行商人から買ったもので、そんなに高価なわけじゃないわ」
「これの価値がわからないとは、人間の目はやっぱり節穴だな。いいか、これはドワーフが作った物だ」
「ドワーフ?」
予想外の単語が飛び出てきてディアナは目を丸くする。
ドワーフ。この国から北西の山岳地帯に独自国家を持つ屈強な種族だ。
彼らはあまり魔力量が多くないが、その代わり金属や鉱石の特性を最大限引き出すことができる優秀な鍛冶技術を持つ。
これがドワーフの作ったブローチというのなら、シヴァーニの鱗の境目がわからないほどの技術の高さも納得だ。
「ドワーフの作った宝飾品なんて、初めて見たわ」
感嘆の息を吐きブローチを見つめる。
彼らに限らず、エルフや獣人などの異種族国家はこの世界にある程度存在するが、そのどれもが人間の国とはある程度距離を置いている。
交流も限定的で、人間の都市でその姿を見ることはほとんどない。ディアナも基礎学校でその存在を学んではいたが、こうして彼らの存在を直に感じる代物を見るのは初めてだった。
改めてよく見ようとするディアナの目の前で、リヴィウスはブローチをひっくり返す。そこにはディアナが気になっていた、例の文様が刻まれていた。
「ここに刻印があるだろう。これはドワーフが使う古代文字だ」
「これ、ドワーフの文字だったのね」
疑問が一つ解消され、ディアナは納得する。曾祖父の書斎で見た覚えがあるのも当然だった。
彼は古今東西あらゆる素材や鉱物について研究していたと聞いているから、その関係でドワーフの工芸品なども調べていたのかもしれない。
「確かにドワーフのものだと証明すれば高く売れるかもしれないけど、今はそんな暇ないわ」
「売る? 馬鹿言え。売るんじゃなくて使うんだ」
「使う?」
さっきからどうも要領を得ない。
困惑するディアナを差し置き、リヴィウスは衣装棚を眺め、掛けてあったルナタイトのショールを取り出し、何かを確かめているようだった。「ふうん」と多少感心したように声を漏らす。
「人間の作りにしては丁寧だ。お前らは見た目の形ばかりにこだわって、中身をぐちゃぐちゃにするのが得意だからな。
だがこれなら——」
ルナタイトのショールとシヴァーニの鱗のブローチを手に取り、リヴィウスが何かを呟く。
それをきっかけに、二つの品は宙に浮き新たなものへと生まれ変わろうとしていた。
端から煙のように解け、渦を描くように白と七色が混ざり合う。
しばらく渦巻いていたそれらは、今度は逆再生をするように、また端から少しずつ別の存在として姿を現していった。
繰り広げられる新たな魔道具の誕生を前に、ディアナは言葉を発することができず、ただ食い入るようにその不可思議な光景に見入る。
ばさりと音を立てて、リヴィウスがそれを広げた。ショールはいつの間にか、上半身を覆うケープとなっていた。
白地の布が角度により七色に煌めき、前はなかったフードが新しく増え、留め具としてブローチが縫い付けられている。
見た目は普通のケープだ。だが、それが今までとはまったく異なる品だということを、ディアナは直感で理解していた。
「シヴァーニの特性をルナタイトの特性で増幅させてある。普段は普通のケープだが、フードを被れば姿全体を消せるだろう。
これで姿を見られる心配は——」
「どうやったの⁈」
得意げに説明するリヴィウスを遮り、ディアナは彼へと詰め寄る。
短剣をすり替えるための作戦を考えている最中だということも、目の前の男が悪魔だということも、今のディアナの頭からはすっぽりと抜け落ちていた。
今までにない興奮が脳天を突き抜け、紅潮した顔を隠そうともせず、ディアナはきらきらとした眼差しでリヴィウスを見上げる。
「鱗は加工した時点で透明化の能力を失っているはずでしょう? どうして姿を消せるの? それにケープの丈では足元まで物理的に覆えないわ。なのに姿全体を消せるの? 気配や接触時の感触は誤魔化せるの? 動いたら周囲の景色とのブレを感じて違和感を与えてしまうんじゃないの? それに——」
べらべらとまくしたてていたディアナだが、黙り込んだリヴィウスの存在にはっと我に返った。
上げていた踵をそろそろと下ろし、一歩後ろに下がり距離を取る。
気まずそうに視線を逸らせば「なんだ、続けないのか」とリヴィウスが平淡な声音で呟いた。
「なんだって……ごめんなさい、はしたなかったわ」
「はしたない?」
「だって。淑女がこんな、べらべらとまくしたてるなんて。……変でしょう」
俯きながらそう返すと、リヴィウスはさも下らないというように鼻で笑った。
「お前ら人間は、性別や身分で好きなものを制限するのか」
「それは……」
「俺からしたらそのほうが不自然だな。ただでさえ肉体に縛られてるのに、どうしてわざわざ他の鎖まで自分で巻きつけようとするのか、理解できない」
答えを教えるのは簡単だが。
そう前置きして、リヴィウスはケープをディアナへと手渡した。
「どうせなら自分で見つけろ。そのほうが、お前は楽しいんだろう」
「……」
手元のケープを見下ろす。今の自分には未知の技術が詰まった、リヴィウスが作り出した世界で唯一の魔道具。
それを追い求めることは、自分には過ぎた我儘なのだと思っていた。
だけど、リヴィウスは下らないという。
そのあまりの無関心さに、ディアナの中でずっと張りつめていた糸が、少しだけ緩んだ気がした。
「——そうね。ならやっぱり、早く契約破棄の方法を手に入れないと」
よし! と気合を入れ直し、ディアナは作戦決行における課題点を指折り確認する。
「すり替える偽物の用意、すり替えのタイミング、姿を見られることに対する懸念点はなんとかなりそうね。
あとはアリバイ作りかしら」
できれば私が短剣をすり替えている間、不審に思われないように『私は別の場所にいた』という目撃情報を作っておきたい。
そう言うと、リヴィウスは賛成しかねるといったように眉を寄せた。
「なくても問題ないだろうが、まああったほうがリスクは減るだろうな。
だが正直一番難しいと思うぞ。誰か協力者を作る気か?」
「そのほうがリスクが高いじゃない。誰にも言うことはできないわ。
でも、これについては良い案があるのよ」
貴方、私に変装できない?
楽しそうに、ディアナはリヴィウスへと尋ねた。




