第19話:最強悪魔の反撃
「さて、少しは楽しませてくれるか?」
不敵な笑みを浮かべながら、リヴィウスが指を鳴らす。その途端、彼の周りを囲うように炎の矢が出現し、ゴーレムへ襲いかかった。
矢が射出されると同時に、ゴーレムもまた地を蹴り突進する。
鏡面のように磨かれた体表は襲いくる炎をことごとく弾き返し、哀れな獲物を挽肉にしようとその速度を上げた。
死を誘う突進をリヴィウスは避けようとせず、姿勢を低くし地面へ片手を付く。触れた部分が白く光り、次の瞬間地面が勢いよく隆起し、リヴィウスを持ち上げるように即座に石の壁が出現した。速度を増したゴーレムはその壁を凶悪な破壊力でもって打ち砕く。
破片が散る。鋼鉄の腕が、その鋭く尖った瓦礫を掴み、宙に投げ出された逃げ場のないリヴィウスを穿ち地面へと縫い付けた。
ディアナは声にならない悲鳴を上げ、思わず顔を覆う。瓦礫の下の惨状を思うと、視線を向けることができない。あれほどの大きさだ、半身なんて潰れてしまっているに違いない。
「助かる。ちょうどいい素材ができた」
しかし、聞こえてきた声は平然としていた。
瓦礫に埋もれながら、それでも挑発的にゴーレムを見上げたリヴィウスは伸ばしていた指を下へ向ける。
ゴーレムの背後、天井付近に浮かんでいた大小さまざまな岩のナイフが、回転しながら次々とその切っ先をゴーレムに向け止まった。
一拍の後、篠突く雨の如く容赦のない礫がゴーレムへと降り注ぐ。
その一部が、腕の関節を的確に狙い撃ち抜いた。
火花を上げ、左腕が力なくだらんと垂れ下がる。
「魔力回路を切断した。これで左はお荷物だ。
──さあ、どうする?」
気が付くと、瓦礫の上にリヴィウスが立っていた。それを認め、ゴーレムは右腕で動かなくなった左腕を掴む。
嫌な音を立てながら左腕を引きちぎろうとするゴーレムに、リヴィウスは「そうだろうな」と一人頷いた。
「重心がぶれるくらいなら切り離す。お前の立場なら、俺だってそうする」
それが狙いだからな、と呟くリヴィウスの声は、一際大きく鳴り響いた金属音に搔き消された。
分離した腕が白く光る。指先から板金が剥がれ落ちるように細かな欠片となり、その欠片が今度は形を変え次々と組み合わさっていく。
複数の部位に分かたれていた金属鎧は、直線的で無機質な形へと姿を変えていき、丸みを帯びていた指先からは鋭利な光が生まれようとしていた。瞬く間に漆黒の腕はその巨体に相応しい大剣へと姿を変える。
それは切り裂くというよりも、叩き潰すといったほうが正しい使い方に見える剣だった。分厚い刀身が獲物を映し出す。
見るからに重量のありそうなそれを片手で構え、ゴーレムは今度こそその切っ先で侵入者を貫こうと躍りかかった。
風を切り裂き、瞬きの間に距離を詰めた黒鉄の刃は、激しい音を立てリヴィウスの胴を貫こうと迫る。
「!」
そこで、初めてゴーレムに感情のようなものが浮かんだ。穴を開けるどころか胴を両断する勢いで迫った大剣は、まるで見えない壁に阻まれているようにあと一歩先へ進まず、獲物の直前でその動きを止めていた。
大剣を見下ろし、動揺するようにその巨体を大きく揺らす。引き戻そうとするも大剣はピクリとも動かない。その様子を目と鼻の先で眺めていたリヴィウスは、にやりと口角を上げる。
「どうした? ああくれるのか。だけど悪いな。それは、俺には武骨すぎる」
長い指を立て、指揮棒を振るよう優雅に揺らす。
すると、あれだけびくともしなかった大剣がくるりとその矛先を変えた。
己を向くその凶刃に、眼孔から覗く光が明滅する。その光を眺めながら、暗闇に浮かぶ一対の月が、楽しそうに細められた。
「返そう」
言葉と共に撃ち出された黒い一閃は、ゴーレムのコアを正確に射抜いた。
強固な防護術も、炎を弾くその鎧も、己の一部である強靭な刃を防ぐには足りなかった。
ガラスの割れるような音と共に、細かな赤が散る。背部まで貫いたその衝撃は衰えず、ゴーレムは向かいの壁まで吹き飛び激突した。全身に張り巡らされた魔力回路が一瞬光り、その効力を無くし暗くなる。
霧散していく魔力を求めるよう、ぎこちなく片腕を動かしたゴーレムは重力に従いうなだれ、その機能を完全に停止した。
物言わぬ塊と化したゴーレムを一瞥し、それ以上の興味を失いリヴィウスはさっさと背を向ける。そして通路の陰から様子を窺っていたディアナのほうへと悠々と歩き戻ってきた。
「……終わったの?」
「見ての通りだ。コアを破壊したからな。もう修理もできないだろう」
「……」
「おい?」
「えっ、ああ……聞いてるわ。ごめんなさい」
助かったのか。いや、助けてくれたのか。
ようやくその事実を認め、ディアナは複雑な表情でリヴィウスを見つめる。
まったく迷う様子が見られなかった。炎での反撃も、その後の立ち回りも、すべてはディアナの安全を優先するものだった。
ディアナは迷ったというのに。
ヘンリーとの面会時、リヴィウスとの約束を放棄しかけたことを思い出し、途端に自分が恥ずかしい人間のように思えた。そっと目を伏せ、唇を噛み締める。
「……その、ありがとう」
せめて礼はきちんと伝えよう。小さく呟くと、リヴィウスは少しだけ面食らったような顔をした。
「驚いた。文句か罵倒しか知らないのかと思ったら、ちゃんと礼の言葉も知ってるんだな」
「貴方、人が真面目に話してるのにそんな言い方するわけ」
「ああそれくらいがちょうどいい。あまりに神妙な態度を取られると、何か悪いものでも食ったのかと逆に心配になる」
これである。悪魔に礼を尽くそうとしたのが間違いだった。
揶揄うようなリヴィウスの態度に、胸中の罪悪感は一瞬にして消える。
どうやらこの悪魔を慮るのは無駄なことのようだ。
地に伏したゴーレムに視線を向ける。それはピクリとも動かず、完全に停止しているようだった。
ディアナはようやく息を吐き力を抜いた。
「やられちゃうかと思ったわ」
「失礼な奴だ。いくら制限されているからって、あれくらいあしらうのは造作もない」
だから役立たずは訂正しろ! と未だ根に持つ悪魔を無視し、ディアナは通路の向こうに煌めく半透明の膜へと近寄る。
ゴーレムを退けたのはいいが、根本の問題は解決していない。結界術を施されたこの先へ行くことができない今、いったいどうやってここから脱出すればいいのだろうか。
後をついてくるリヴィウスへ目をやる。すらりと伸びる両足は健在で、怪我どころか土埃一つついていなかった。
「本当に、傷一つ付かないのね」
「言っただろう。悪魔には物理も魔術も効かない」
「そうなのね……」
言葉にすれば簡単だが、実際目の前で見るとその異質さが際立つ。
過去、悪魔を従える魔術師が重用されたわけである。そして、現在悪魔契約が禁忌として歴史から葬られていることも十分理解できた。
魔術も物理攻撃も効かない存在など、人が管理する社会では脅威でしかない。
改めてディアナは結界術を見上げた。両側から垂れ下がる鎖と、白く光る文様に触れようとして、先程のリヴィウスの様子を思い出し躊躇する。
それに気付いたのか、「お前は大丈夫だ」とリヴィウスが背後から補足した。
「あれは悪魔を退ける神聖術の部分が俺に反応しただけだ。入るのは無理だが、触れるだけなら何も問題ない」
「そうなの」
安心して手を伸ばす。揺れる幕は頼りないのに、触れれば確かに手応えがある。不思議な感覚だ。
初めて触れる結界術に、小さな感動を覚えるディアナの腕の中で、抱えていた白木の箱がほんのりと熱を持った。
「えっ――?!」
突然目の前に光の文字が浮かぶ。戸惑うディアナの目の前に、見覚えのある筆記体が浮かび上がった。
『未来を受け入れ、過去に進むか』
まただ。ついさっき見た、似たような文を思い出し、ディアナは目を見開く。
突然の反応に驚いて距離を取ると文字は消え、もとの穏やかな幕がゆらゆらと揺れるだけとなった。手元の箱を見下ろしながら、ディアナは思わず呟く。
「これ、ミネルヴァが張ったものなのね」
はっと気付き後ろのゴーレムを見やる。まさかと思いながら、ディアナは恐る恐る口を開いた。
「もしかしてこれも?」
「いや、これは別の魔術師のものだ。術式の型が違いすぎる」
「そう。それならよかった。……でも、じゃあ誰がこんなところにゴーレムを置いたのかしら」
「さあな。普通に考えればこの結界術を守るためだろう。守る理由はわからないがな」
一つ希望が見えたと思えば、新たな謎が次々と提示され、ディアナは頭を抱えてしまった。
もう正直今日はお腹がいっぱいだ。そろそろ帰してほしい。
ディアナの願いが届いたのかそうでないのか。ちょうどそのタイミングで再びけたたましいベルの音が鳴り響いた。ヘンリーの執務室で聞いたものと同じ、耳をつんざく警報にディアナは思わず両耳を塞ぐ。
「今度はなに?」
「どうやら勘付かれたらしい。もう退いたほうがよさそうだな」
「退くっていっても出口がないじゃない」
それを探しているというのに。
そんな不満を込めてリヴィウスを見ると、彼は天井を指差した。
「蔓に隠れてわかりにくいが、換気用の空気穴がいくつかある。敷地内のどこかには繋がってるだろう」
「空気穴? 確かに風は吹いてたけど。でもそんなんじゃ通れるのはせいぜいネズミ程度――」
話しながらまさか、とディアナはリヴィウスを見上げる。そこには、やけに良い笑顔の悪魔がいた。
楽しそうに「そうだな」と言いながら、にんまりと笑みを深める。
「安心しろ。大きさを変えるというのは、そこまで難しくない。魔術師よりも役立たずの俺でも、十分実行することが可能だろう。
なに。お前はただ、俺に身を任せていればそれで済む」
コイツ……!
「いつまで根に持ってるわけ?!」
「なんのことだか。さあ、いつまでもここでグズグズしている暇はないぞ。
暗い穴の中には何が潜んでいるかわからないからな。怖ければ目を瞑っておけ」
「いや、ちょっと、待って本気……?」
「俺はいつだって真面目だが」
嘘だ!と叫びたくとも、じりじりとにじり寄る悪魔から逃れる術はなく。
そこから先のことは、話したくない。
これにて『魔術師ギルド編』完結です!
次回からは、『競売編』となります。
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