第15話:光の筋に導かれて
「ある! あるのよ! ミネルヴァが隠した資料は、確かにこの資料庫の中に!」
勢いよくディアナは振り返り、壁にもたれかかって静観していたリヴィウスを見つめた。
用紙を突きつけ、「もう一度検索して」と頼む。
「今度のキーワードは『夢』よ。ミネルヴァは夢を辿れと言ったわ。なら、それが次のヒントのはず」
「そう、うまくいくとは思えないけどな」
あまり気乗りしない様子のリヴィウスだが、ディアナの頼みを断るつもりはないらしい。
水晶球に手を伸ばすと、先程のように淡い光が灯る。だが、今度は先程のように文字は浮かび上がらず、弱々しく明滅して消えてしまった。
期待のこもった目で水晶球を覗いていたディアナは、その変化に困惑する。
「なにも出てこないじゃない」
「どうやらこの資料庫に『夢』というキーワードで引っかかる資料はないようだな」
「まさか! そんなはずないわ。ならわざわざ『夢を辿れ』なんてキーワードは残さないでしょ」
こんな風に思わせぶりな手掛かりを残しておいて、空振りにするなんて酷い話はない。
ディアナの言葉に、リヴィウスは「そうは言ってもないものはない」と辛辣だった。
「他の場所にあるって可能性だってあるだろ」
「ミネルヴァはわかる人にはわかる方法で暗号を隠しているのよ。魔術師ギルド全体なんて、途方もない範囲に資料を隠すとは考えられないわ。
キーワードが隠されていた、この資料庫の中に限定しているはずよ」
それなら可能性はあと一つだ。
そう言って、リヴィウスは水晶球に手を触れる。
「そもそも、水晶球に登録されていないかだな」
まさかの可能性にディアナは目を丸くする。
「水晶球に登録していない? そんなことあるの?」
「別にありえない話じゃない」
リヴィウスは水晶球をこつりと叩く。
「これは自動で情報を保存しているわけじゃない。
魔術師が一つ一つ自力で登録する必要がある。
杜撰な管理をしているギルドなら、登録漏れがあってもおかしくない」
「登録漏れ……」
嫌な予感がディアナの心に生まれる。
登録漏れではなく、ミネルヴァが意図的に登録しなかったならばどうだろうか。
シルキーの綴じ紐といい魔導インクといい、ミネルヴァは普通の魔術師なら気付かないような方法で資料への手掛かりを残している。
つまり、水晶球という正攻法では辿りつけない方法で資料を隠したのだとしたら。
「——ミネルヴァは、敢えて水晶球に登録せず、インクの痕跡で探させようとしているのかしら」
次に思い付くものといったら、やはり魔導インクだ。手掛かりを記したインクと同じインクで背表紙に文字を書き、資料を登録せずにこっそり隠しておく。
手掛かりを発見した人物は、そのまま魔道具を使用して、光り輝くインクを手掛かりにその資料を発見できる。
流れとしてはスムーズだ。試す価値はある。
だが今ここにインクを判別する魔導具はない。
ディアナは周囲を見渡す。資料庫の資料は膨大で、この中に隠された資料を指先の感覚だけで探し出すのは至難の業だ。
胸に希望が宿ったからこそ、その現実は重くディアナへと圧しかかった。忘れていた時間への焦りが再びじわじわとディアナをいたぶる。
もう騒動を起こしてから結構な時間が経った。そろそろラタトゥースも捕獲され、ディアナがいないということに気付く人物が現れてもおかしくない。
「絶対、ここにあるはずなのに……っ」
悔しい。震える声でディアナは拳を強く握った。
もっと時間があれば。文字を判別できる魔道具があれば。
もう少しで届くはずの希望は、今のディアナにはとてつもなく遠かった。
「せめて、屋敷にレンズを取りに行く時間があれば……」
「――つまりは、そのインクを使った資料がわかればいいんだな」
諦めることもできず、かといって次の一手も思い付かず途方に暮れているディアナに、不意にリヴィウスが問いかけた。
俯いていたディアナは驚いてリヴィウスへ目を向ける。彼はそれ以上何も言わず、「貸せ」とディアナに手を差し出した。
「え?」
「インクの情報が欲しい。もう一度見せてみろ」
戸惑いながらもディアナは手元の報告書をリヴィウスへ渡す。
受け取り、しばらくじっと見つめていたリヴィウスは、興味が失せたようにぞんざいにその報告書を放る。そして、手を前へかざした。
途端、リヴィウスの手と足元に円形の術式が展開する。羅針盤のような見た目のそれは、緩やかに回転したかと思うと一瞬光を強めた。
雫のように落ちた光が、線となり床を伝い進む。ディアナはその線を目で追った。
ある本棚に当たり、一箇所に光が灯る。
「見てみろ」
リヴィウスの言葉に従い、ディアナは本棚へと駆け寄り光の根源を覗き込んだ。
そこには一冊の冊子があった。背表紙には『夢の旅路』と書かれている。引き出すと、役目を終えた光は消えた。
背表紙をなぞる。独特の甘い香り、特徴的な感触。確かに、魔導インクの使われた冊子だった。
「……どうして?」
困惑したまま、ディアナはリヴィウスを見る。
戸惑い、言葉が続かないディアナの視線を受け、リヴィウスは首を傾げるが「ああ、」と合点が言ったように呟いた。
「インクの成分が解析できれば、どんなに膨大な蔵書数だろうとどこにあるか探すのは簡単だ。これくらいなんてことない」
「違うわよ。そうじゃなくて――」
「無駄口叩いてる暇があるのか? さっさと資料を確認したらどうだ」
見当違いの答えを返すリヴィウスに訂正しようとするが、彼の言葉に口を閉じる。
確かに今はその通りだ。改めてディアナは資料を見つめた。
それは一般的な家庭に伝わる寓話集のようだった。寝かしつけに使われる、夢物語を集めたものなのだろうか。
およそ魔術師ギルドの重要書類が眠る資料庫には、相応しくない代物だった。
表紙には上部に夜空を彩る星の光が散らばり、その下に左右へ垂れ下がるレースと、その向こうに寝台で眠る少女が描かれている。
レースの模様はとても緻密で、それだけでも一種の芸術作品のように見えた。
表紙の下方には一言だけ文が添えてあった。
『未来を受け入れ、過去を求める者に、夢への扉は開かれる』
妙な文だった。普通は逆だろう。
過去を受け入れ、未来を求める。
敢えて逆に書いてあるところに、ミネルヴァの意思を感じた。
「複数の魔術がかけられているな。こんな見た目でれっきとした魔術書ってわけだ。
開いたら何が起こるかわからないが――どうする?」
「決まってるでしょう」
表紙に手をかける。緊張と期待、二つの感情に心臓が高鳴るのを感じながら、ディアナは表紙を開いた。




