第14話:指先で辿る真実
机の上にあるものは積み上げられた資料、メモをするために使用する羽ペンと用紙、昔ながらの明かりを灯すランプ。
資料は遺跡調査の報告書を年代別にまとめたもので、積み上げられかなりの分厚さになっていた。
表紙と背表紙は硬い紙でできており、散らばらないように紐で綴じられている。吸い寄せられるように、ディアナはその背表紙へ触れる。そして違和感の正体に気付いた。
「これだけ、シルキーの糸が使われているんだわ」
シルキーは綺麗な水と森林のある場所にしか生息しない蚕の一種だ。シルキーが紡ぐ糸から作った紐はとても丈夫で、炎でも焼き切れない。
その丈夫さと、どのような色にも綺麗に染まる特性から、貴族の衣服などにもよく使われている高級品だ。
間違っても、調査報告書を綴じるために使うような品ではない。
確かめるために、検索には引っかからなかった遺跡調査報告書も見にいく。本棚に並べられたそれらは、確かに普通の閉じ紐が使われていた。
「なんでこの年代だけなのかしら」
「たまたまあったんだろ。担当者が見栄っ張りだったんじゃないか?」
「こんな代物、たまたまあってたまるもんですか。それに、魔術師がこの紐を使うことはないわ」
断言するディアナに、リヴィウスは眉を寄せる。
「なんでそう言い切れる」
「これは魔道具の素材だからよ」
魔道具で意図通りの効果を発揮するには、素材の相性がとても大切になる。
例えば防火・防寒効果を付与したストールを作りたい場合、ただ単純にそれぞれの魔術特性を持つ素材を掛け合わせただけでは、打ち消し合ってしまってうまく効果を付与できない。
ところがシルキーの糸はそのような相性の悪い魔術特性というのがほぼ無く、どのような魔術特性も受け入れ、純度の高い効果を発現してくれる。
そのため昔から、ローズベルト商会では織物系の魔道具を開発するときに重宝していた。
そのような歴史を持つ素材なので、魔術師は当然良い顔をしない。
魔術特性を宿していないシルキー製のハンカチすら手に取らないほど、一時は魔術師家系の貴族による不買運動が起こっていたほどだ。
そんな素材を個人的に使用するならまだしも、魔術師ギルドの公的な資料となる遺跡調査報告書を綴じるためには使わないだろう。
「年代的にもまだ魔道具への当たりが強い時代だもの。こんなものがばれていたらきっと大目玉だったんじゃないかしら」
だからこそ、違和感があったのだ。この資料を綴じた魔術師は、なぜシルキーの綴じ紐を使用したのだろう。
不思議に思い開く。中身はその他の報告書とあまり変わりない。
日付と携わった人間、調査場所、時間、発掘されたものなどがまとめられているだけだ。
パラパラとめくっていると妙な感触があった。まるでページの間に何か挟まっているような。その部分を開く。
挟まっていたのは数日分の遺跡調査報告書だった。綴じた後に見つかり、面倒で挟み込んでいたのか。小さな落胆と共に閉じようとしたディアナの目に『ミネルヴァ』の文字が飛び込んできて、その手を止めた。
「この数日間は、ミネルヴァが報告書を作成していたのね」
手書きの彼女の文字は滑らかな筆記体で書かれており、とても優美だった。
すらすらと淀みなく紡がれる文字はびっしりと報告書の欄を埋めており、彼女の調査に対する熱意が窺えた。
寸分のズレもなく一直線に並んだ文字が続いたかと思えば、少しだけ乱れた線が欄外に引っ張られ持論や注釈が好き勝手に書き足されている。
これでは報告書ではなく研究ノートだ。少し呆れるが、彼女の悪魔に向ける情熱はどこか親近感を覚える一方で、とても眩しく見えた。
親しみか哀愁か。複雑な感情を胸に、ディアナはその文字列を指でなぞる。
「……?」
そっと鼻を近づける。先程は気付かなかったが、普通のインクの匂いに混じり僅かに独特な甘い香りが鼻腔をくすぐった。
慣れ親しんだ香りに、ディアナははっと顔を上げる。
「これ、魔導インクだわ!」
驚きがそのまま口をついて出る。何度も嗅いだ香りだ。間違いない。
「魔導インク?」
「お祖父様が開発した特殊なインクよ。特殊加工したレンズを通して見ると、暗闇でも光って見えるの。
……ミネルヴァが、なぜこのインクを使っているのかはわからないけれど」
ヘンリーの話や悪魔を研究するあたり、魔術師の型にははまらない人物だったんだろう。
魔道具という存在を容認していたのかもしれない。いや、ここまで来ると歓迎かもしれない。
ただ妙なことに、報告書すべてが魔導インクで書かれているわけではないようだった。日付や名前は香りからして普通のインクだ。
なぜ、わざわざインクを使い分けているのか。
「――ミネルヴァは、なにかを隠しているんだわ」
「わざわざインクを使い分けてか? だがここには特殊なレンズなんてない。どうやって光る文字を区別するつもりだ」
「そうね。普通なら解読用の魔道具がなきゃわかりっこないわ。……普通なら、ね」
そっと文に触れる。紙に染み込んだインクの僅かな引っ掛かりは、普通の人にはどれも同じように感じるだろう。
だが、ディアナにはわかる。その感触の違いが。
だって何度もなぞった。
何度も試した。
初めて見たレンズ越しの光輝く文字に心躍った幼い頃。
いったいどうしてそうなるのか。どんなものに書いてもそうなるのか。
驚きと興奮と。知りたいという、どうしようもなく溢れてくる気持ちを抑えきれず、ただただ指先を黒く染めた日々。
優美な筆記体に触れる。途切れない文字に違和感はない。見た目だけではどこに手を入れているかなど、まるでわからなかった。
手近な用紙を手に取り、ディアナは指先の感覚だけで文字を拾い上げていく。彼女の意思を。
時間はもう気にならなかった。ディアナの思考は、ただ目の前の謎だけに向かっていた。
用紙に文字が、意味のある文が綴られていく。最後の一文に触れ、羽ペンを置いた。
『真実を欲する者よ。夢を辿れ』
ある。
確信が、興奮と共に全身を突き抜ける。
その感情のままに、ディアナは椅子から音を立てて立ち上がった。




