第13話:第三資料庫
多くの職員がラタトゥース捕獲に駆り出されているのか、人は少なくがらんとしていた。
廊下の奥に階下へ降りる階段が見える。慎重に下りると細い廊下に並ぶ扉が見えた。そのうちの一つをリヴィウスが指し示す。
「あの扉だ」
その扉は明らかに他の扉とは違っていた。作りは全く同じだ。木製の戸に真鍮のノブ。
唯一異なる点は、ノブの周囲を囲うように奇妙な文様が浮き上がり光っているところであった。
「これが鍵?」
「そうだ。魔力でできた錠前だな。魔術師が重要施設でよく使うものだ。基本的に魔力を登録したやつしか開くことができない」
「じゃあどうやって開けるのよ」
「簡単だ」
なんでもないと言いたげに、リヴィウスは指先を扉へと向ける。そして小さく円を描くようにくるりと回した。
空中に光の輪が描かれ、その輪が文様に呼応するように同色で光り始める。文様に溶け込むように輪が消えると、突如ガチャリと音を立て扉が開いた。
あっさりと開いた封印にディアナは驚くよりも呆気にとられ扉を見る。心なしか得意げに、リヴィウスは扉を支えディアナへと手を差し伸べた。
「どうぞお嬢様」
「今なにをしたの?」
「魔術式を少しいじった。より具体的に言うと、お前の魔力が登録されていると誤認させたってところか。
鍵が開いた時点で魔術式は元に戻ってるからばれる心配もない。安心しろ」
「悪魔っていうのはなんでもありね」
改めてディアナは部屋の中を見渡す。室内には木製の棚が図書館のように並び、多くの書物で埋め尽くされていた。
床や壁の一部には何かの風景を刻み込んだレリーフがそこかしこにあり、どこか部屋全体が歴史を物語る一冊の書物のようにも感じられた。
古書独特の匂いが鼻腔をくすぐる。あまり人が出入りしていないのか、どこか埃っぽい空気にディアナはローブの裾を口元にあてた。
近くの棚に並ぶ背表紙を覗き見る。教養として近隣諸国の文字を習得しているディアナだが、そこに並ぶ文字は今まで見たこともないものであった。
物珍しさから背表紙に指をかけようと手を持ち上げる。
「魔術書は開くだけで発動する類のものもある。不用意に触らないほうがいいぞ」
が、リヴィウスの言葉にその手を瞬時に引っ込めた。
「そういう重要なことは、もう少し緊張感をもって言ってくれないかしら」
「お前こそ、未知の場所ではもう少し緊張感をもって行動してもらいたいもんだ。
そんなことよりこっちだ」
促され、ディアナは資料庫の奥へと進む。
ちょうど部屋の中央付近、少しだけ開けた場所に閲覧用の机と足の長い小さな台があり、その上には両手に収まるほどの水晶球が鎮座していた。
なぜ資料庫にこのようなものが、とディアナは純度の高い水晶を見つめる。
「これは?」
「検索用の水晶球だ。魔術師はこういう専用の水晶球に情報を記録して管理する。受付にも似たようなのがあっただろう」
「へえ、便利ね。この資料庫の情報がこの水晶一個にすべて記録されているの?」
「すべてといっても概要や題名、年代や著者くらいだろうけどな」
「それでもだいぶ時間短縮になるわ。複数の単語で調べることはできる?」
「できるが、何で検索するんだ」
「『遺跡調査』『悪魔』『ミネルヴァ』でお願い」
ディアナの告げた単語を聞き、リヴィウスは眉を寄せる。
「最初の二つはわかるが、最後のはなんだ」
「さっきアルノルト卿から聞いたのよ。このギルドには、悪魔を研究していた天才魔術師がいたって。
アルノルト卿とオルフォード卿の師匠らしいわ」
「ほー。このご時世にそんな酔狂な。ぞっとするな」
「もう! いいから早く調べて」
はいはい、と言いながらリヴィウスが水晶球に手を触れる。
中心から光が溢れるように柔らかく光ったかと思えば、次の瞬間にはばらばらと文字が浮かび上がり列を成し始めた。
生きているかのように透明な球体の中を泳ぎ回る文字を目で追いながら、ディアナは「いくつあるの?」と尋ねる。
「すべてを満たす資料は十くらいだな。個別の単語での検索結果なら遺跡調査が一番多い。
全部に目を通すのは無理だろう」
「まずはすべて満たす資料をお願い。個別の資料はそれを見てから考えるわ」
水晶球が再び白く光る。すると資料庫のあちこちから呼応するように同色の光が溢れ、複数の本が宙を舞い机の上に乗った。
積み上がる書籍や資料の束を見てディアナは「ほんとに便利ね」と感心するように息を吐く。
「これは触っても平気なの?」
「魔術書じゃないからな」
「じゃあ分担しましょう。貴方はこっち半分をお願いね。私はこっちを」
時間が惜しい。さっさと一冊を手に取りディアナは資料に目を通し始める。
ざっと確認していく限り、ミネルヴァの名は共同研究者の欄に入り込んでいるだけ、というものがほとんどだった。
内容としても一般的な、ヘンリーが話していた象徴的側面の強いものしか出てこない。
カチコチと無情にも進んでいく針の音に焦りは蓄積されていく。やはり簡単に目につく場所にはないのだろうか。資料から目を上げ、ディアナはリヴィウスのほうへと目を向けた。
彼はやはりというか、やる気のない様子で資料をめくっていた。あんな調子で、重要な情報を見逃したらどうする気だ。
文句を言おうかと口を開きかけたディアナは、ふと感じた違和感にぴたりと動きを止めた。
「……」
「どうした。そんな口を開いていても放り込むエサはないぞ」
「ちょっと黙ってくれる?」
感じた違和感を逃さないよう、茶化してくるリヴィウスを一蹴しじっと机の上を眺める。
今、何かが引っかかった。しかしその違和感はほんの僅かなもので、普段ならば気のせいかと流してしまっただろう。
だが、ディアナは自分の直感を信じた。今の違和感は、決して逃してはならないものだ。




