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B.B.  作者: 浅野エミイ


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12/16

Vol.11 Over Night

 六月の第一週目に、三年生だけ模試があった。僕は何とか学年平均を維持していたのだが、涼はちょっと点数が芳しくなかったようだ。


「追試はないけど、大学はやばいかも」


 本人も少し気分が落ち込んでいたようだ。


 だが、驚いたのはハルだった。授業中は寝てるし、休み時間はバンド活動をしているというのに、学年十位に入っていたのだった。


「先生を脅したりしてないよね」


 僕が本人に確認すると、


「一応親のいいつけでな、高得点をマークしておかないと、バンドできないんだ」


 と、真っ当な答えが返ってきた。最近は夜もバンド練習しているから、勉強するには睡眠を削らなければならないが、ハルがきつそうに見えたことはない。見た目も不良っぽいのに、心底タフな男である。


 ミブも僕と同じで平均点の位置にいた。理由は、『あまり目立ちたくないから』だそうだ。確かにあまり優秀な成績でも目立ってしまうし、逆に点が低くても追試などで目立ってしまう。いくら西園寺のことがあるからといって、模試の点数まで調整しなくてもいいと思うんだけどな。


「さてと!」


 ハルは両腕を伸ばした。


「練習に行くぞ!」


「おう!」


 僕らは各々楽器を持って、音楽準備室に向った。


 模試が終わってしまえば、一ヵ月後の期末試験まで行事はない。一つあるとするなら、来週の日曜に行なわれる西園寺のピアノコンサートくらいだ。


 今日は模試の結果発表だけで、午後は授業がない。三年生以外は休みだ。僕らは、音楽準備室にいた舞くんとユーイチくんに合流した。二人は休日に関わらず、学校に来てくれていた。   


 僕らのバンドは、もうほとんど歌詞も曲も完成している。あとはコンクールの日にどう動くか、作戦を立てるくらいだ。


「それなんですけど」


 ユーイチくんが挙手をした。


「いつもコンサートの時は、秋川先輩と榊と僕が中心となって準備するんですよ」


 話を聞くと、チケットのもぎりなど簡単なことは書記や一年生がやるが、舞台のセッティングや花などの注文、VIPの接待は三人が分担して行なうらしい。特にVIPの接待は、生徒会長である秋川が自らやるようだ。


「VIPって誰が来るの?」


 僕はミブに聞いた。


「今回は西園寺家の祖父母と、那波が受験する音大の理事長とかが来ると思う」


 西園寺は音大進学希望だったな。それを確実にするため、理事長など権威ある人間を呼ぶというのか。だけど、今回も西園寺はミブに代役を依頼してきたらしい。


「自分の力を使わないで、他人の力で進学しようとするなんて……」


 僕はつい、毒づいてしまった。でも、誰もが同じ事を考えていたらしい。否定はされなかった。


「それで、今回は僕が舞台設営をやることにしました」


 ユーイチくんが話を戻した。確かに当日機材を搬入するのは、相当時間がかかるし、人手も必要だ。それなら前もって搬入しておいた方がよい。アンプやドラム周辺の楽器は特にだ。彼が舞台設営担当なら、うまく手引きしてくれるだろう。その方がありがたい。


「でも、さすがに人手が足りないんですよね」


 僕ら六人で搬入し、音響のチェックなどするのはちょっと大変だ。もう少し人数がいればいいのだが、僕らの計画は丸秘だし、おおっぴらに手伝いをしてもらう人を募集することはできない。


 しばらく僕らは考え込んでいたが、ハルが思い出したように言った。


「ユーイチ、そういえば前言っていた舞のサイト、今はどうなってるんだ?」


 そう聞くと、ユーイチくんは笑顔で答えた。


「基先輩がまた何かやらかすのではないかと思い、運営を続けてますよ。ブログと撮り溜めした写真のアップだけですけど」


 聞いていなかったらしい舞くんは、ユーイチくんを睨んだ。


「ちょっと、ユーイチ。まだ勝手にサイトやってたのか?」


 ユーイチくんは悪びれもせず、にっこり笑って返事した。


「いいじゃないか。お前だって、かなり目立ってるんだよ? この間のネットアイドルランキング、教えてあげたかったよ」


 やれやれと首を振るユーイチくん。その言葉に舞くんは食いついていた。


「え、ランキング? どうだったんだ?」


 さすが幼馴染。うまくあしらっている。そんな二人をおいて、僕らは話を続けた。


「ハル、その舞くんのサイトで何をしようと思ってるの?」


 僕はカバンの中から譜面と、ドラムスティックを取り出した。ハルもギターのチューニングを始めている。


「ほら、前に『親衛隊を作る』って話が出てただろ? それをうまく使うんだ」


 そういえばハルは、前に『親衛隊は警備に使える』とか言っていたな。


「今回は荷物運び兼警備員として動いてもらうんだよ、舞のためにな」


 確か一度だけチラッと家で、舞くんのサイトを見たことがある。その時、親衛隊長として名前をあげていたのは、放送部部長だったな。これを使わない手はない。


「ユーイチ」


 舞くんとじゃれていたユーイチくんが、ハルの方を向いた。


「舞の『シークレットライブ開催』ということで、親衛隊長の放送部部長と、十人くらいの口が堅そうなヤツ……舞の熱狂的ファンに情報を流してくれないか?」


「そういうことですか。了解です」


 ユーイチくんもハルに触発されたのか、ニヤリと笑って親指を立てた。


 その日は夕方まで新曲を嫌というほど練習した。




 そして、コンサート前日。僕らは授業が終わると、当然のように音楽準備室に集合した。いつもと違うのは、僕らのほかに舞くん、いや、『謎の少女M』の親衛隊長とメンバー十人も一緒だということだ。


「しかし本当ですか? 僕らのMちゃんが、西園寺のコンサートの前座で出るなんて」


 親衛隊長は、ユーイチくんに再度確認した。


「ええ、でも一応これは余興。西園寺先輩側は知っていますが、他の生徒には内緒のゲリラライブなので、他言無用でお願いしますね」


 人差し指を口元にあてて、ユーイチくんは囁いた。


「ハァァ、それでもあの子に会えるなんて、幸せだなぁ」


「しかも親衛隊の中でも俺たちだけだもんな」


 他の隊員もやや浮かれ気味だ。舞くんはそんな彼らにできるだけ顔を見られないように、後ろを向いてため息をついた。


「……まぁ、明日までだから」


「りょうちん先輩……」


 珍しく涼が舞くんを慰めていた。


 ユーイチくんは、秋川からの連絡を待っていた。舞台設営は、勘の鋭い秋川が下校した後にやろうと決めていた。秋川の仕事は、当日は目が回るほど忙しいが、前日は大して準備などが必要ではないので、早く帰ると本人が言っていた。そのため、ユーイチは秋川と一緒に下校する約束をしていたのだ。もちろん一緒に帰るのは途中までだ。駅まで見送ったら、「忘れ物をした」と、また学校に戻ってくるというシナリオだ。駅まで見送れば、相当なことがない限り、秋川は帰宅するだろう。この作戦は、ハルが考えたものだった。


「でもさ、普通は舞台設営って、時間がかかるから、秋川とユーイチくんが一緒に帰ること自体不自然じゃない?」


 僕は、ドラムスティックをくるくる回しながら考えた。


「舞台設営と言っても、ピアノをステージの横に置いたら、後は花を飾るだけなんです。それ以外の仕事は、コンサート当日に主に放送部がやることになっていますし」


「そうなんだ」


 生徒会が運営といっても、最初から最後まで全部に関わるって訳ではないんだな。


 そんな話をしていると、秋川からユーイチくんに電話があった。内容は多分、下校の準備ができたとか、そんなものだろう。ユーイチくんはカバンを持って、音楽準備室を出た。僕らも予定通り、楽器や必要なものを持ってコンサートが行なわれる体育館に向った。




 準備は楽器を置くのと、あとは音響のチェックだ。そこは放送部部長をリーダーにして行なわれた。ライブで使う大きめのアンプは、うちにあるやつを姉貴がこっそり車で運んでくれていた。姉貴はこういう悪巧みには、自分から進んで手伝ってくれる。いい性格をしているよ、全く。


 僕らはそれをこっそり体育館に運び、自分のスピーカーを確認した。うん、音は問題なさそうだ。とりあえず、僕らは最終練習ということで、オリジナルの曲を一曲合わせることにした。


「あれ、Mちゃんの代わりはどうするんですか?」


 僕らがバックで演奏することだけ知っている放送部部長や親衛隊の人間は、不安げにハルを見ている。


「ああ、Mは当日来るけど、今日はうちの久瀬が代わりに練習するよ」


 嘘をいけしゃあしゃあと並べ立てる。すると、皆納得したようで、自分の持ち場に戻っていった。


「ハル先輩?」


 舞くんはハルのシャツのすそを引っ張った。


「当日Mが来なかったら、ヤバいよね」


「ああ、暴動が起きるかもな」


 棒付きキャンディーをなめていたハルが、人ごとのように言った。


「それってやっぱり、俺、女装するってことだよね?」


「分かってるじゃないか」


 ハルはそういうと、キャンディーをガリガリと噛み砕いた。舞くんはうなだれて、舞台上にへなへなと座り込んだ。


「嫌ならしなくてもいいが、あとでファンの嫌がらせを受けるだろうな」


とどめの一撃を放ち、ハルは自分の立ち位置へ移動した。


「やるしかないのか……」


 諦めた舞くんは、半ばやけくそでリハーサルに挑んだ。




 しばらくすると、ユーイチくんが戻ってきた。もうその頃には、ほとんど準備は終わっていて、僕らバンドメンバー以外は家に帰ってもらった。


「じゃあ、当日の動きの最終確認をしましょう」


 ユーイチくんはルーズリーフを一枚出した。


 まず、僕と涼は、当日開場である体育館に前もって入っておく。僕らは特段問題児でもないから、入場券を買えば普通に入れるだろう。楽器は舞台袖に隠しておく。


 生徒会や学校に目を付けられているハルと舞は、警備員の格好をして待機。警備員の服をどうやって手に入れるかが問題だったが、何故かハルが二着持ってきた。なんでそんなものを持っていたのかは謎だが、とりあえずこれで問題はない。舞くんは、女装した上で警備員の格好をするという。


 ユーイチくんは、秋川にぴったりついて、あまり舞台の方には行かせないようにする。舞台上は、もうピアノではなく、ドラムセットとシンセサイザーがセットされているからだ。壇上にライトがあたらなければ、見つかることはないだろうが、一応楽器には布をかぶせてある。


 それで、当日は開演五分前にアナウンスが入る。それは放送部部長に頼んだ。それを合図に全員舞台に集合して、幕をあげてしまうという寸法だ。


 舞台があがったあとは、親衛隊に守ってもらい、一曲を完奏する。




「西園寺家の人達、驚くだろうな」


 僕はラーメンをすすりながら、誰にともなく言った。


すっかり遅くなったので、皆で軽く食べてから帰ることになり、僕らは学校の近くの「ほらふき洞」というラーメン屋に入った。この店はかけそばならぬ「かけらーめん」があり、具は入っていないが、リーズナブルな値段で食事ができる。ただ、店自体が狭いので、僕ら六人がカウンターに入ると、もう他の客が入れなくなってしまう。


「当日は、ミブ先輩にコンサート任せて、西園寺先輩自身は何してるの?」


 猫舌らしい舞くんが、麺をハフハフしながらミブに聞いた。


「一応会場に来て、僕がミスらないように監視してるよ」


 ミブは今日はマスクをしていない。もうほとんどうちの高校の生徒は帰ってしまっているだろうし、問題ないと判断したのだった。


「もしかして、ミブ先輩みたいに覆面して?」


 少し冷めた麺を口に運ぶ舞くん。その質問に、うん、と相槌を打ちながら、自分もラーメンをすする。


「だけどさ」


 普段無口な涼が声を上げた。


「僕らのすることは、西園寺の未来を潰すことになるんだよね……」


 その発言に、全員が箸を止めた。確かにそうだ。今まで散々週刊誌などに『ピアノの王子様』なんて書かれ、学校内でコンサートまで開いてもらえていたのに、それが全部代役を立ててやっていたことだったなんて。大スキャンダルだ。もしかしたら、西園寺家から離縁されるかもしれない。学校側からも、損害賠償を請求されたりするだろうし、もちろん音大への道はなくなるだろう。




 そう考えると、僕らのすることは本当に正しいのだろうか……?




 ミブから見れば、勝手に代役をやらされて、自分の手柄を横取りされているのだから、それ相応の仕返しをすべきなのかもしれない。ミブの幼馴染のハルが、西園寺を許せない気持ちもわかる。でも、こんなことをして、救われる人間なんているのだろうか。


「俺は、西園寺にもう過ちを繰り返させたくないんだよ」


 ハルが箸を上下に動かしながら放った言葉は、意外なものだった。


「何言ってんの? ハル先輩、僕らだって西園寺にひどいことをされたの、忘れたの?」


 舞くんは、興奮してテーブルをドンと叩いた。彼のいうひどいこととは、チラシを目の前で破かれたことだろう。その問いにハルは、矛盾した答えを返した。


「俺は西園寺が心底憎い。だけど、解放してやりたい気持ちもあるんだ」


 ハルは真剣な目で天上を見つめた。


「ずっと前にピアノコンテストであいつがミブを騙したこと、一番悔やんでるの、多分あいつ自身だぜ。チラシを破ったのも、自分がそういう好きな活動ができないから、妬んだんだろう」


 麺がほとんどなくなって、スープだけの丼に目をやる。ミブもハルに同調した。


「僕もそう思う。西園寺家に入るということは、クラシックのことを二十四時間考え続けなくちゃいけなくなるからね。確かに、上等な生活は保障されてるよ。でも、そんなものより、自分の好きなことができない生活の方が、よっぽど辛いんじゃないかな」


 だから、ピアノコンサートもミブに頼ったのだろうか。遠い目をしていたミブはハッと気がついたように、残りのラーメンを一気に食べて、言った。


「僕もね、那波のことは結構憎んでるんだよ? でも、ハルと同じく、那波を解放してあげたいんだ」


 ミブはにっこり笑った。顔が上気していたのは、スープを飲んだからだろうか。それとも照れたからなのか。僕は少し、二人の言いたいことが分かった気がした。


 最初は『青春を謳歌するため』なんて言ってたハルだけど、実はそんな思惑があったとはね。単純なヤツかと思ってたけど、実はすごく考えて行動してたんだな。


僕は何だか、その大仕事を手伝えるということに、ちょっとした喜びを感じた。


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