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B.B.  作者: 浅野エミイ


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11/16

Vol.10 EXPOSE

 体育祭は結局白組が勝った。そんな勝敗は関係ない。誰一人けがをしなかったことがなによりだ。


 閉会式は西園寺が予定通りピアノ演奏をした。僕の頭の中は、ハルの言葉が何度も繰り返し流れていた。「西園寺の身代わり」ということは、音楽室でピアノを弾いていたのは、西園寺であって、西園寺でないのか? 地球には同じ顔の人間が何人かいると聞いたことがあるが、日本、それも同じ高校にいるなんて、そんな偶然ありなのか? もう何だか頭の中はぐちゃぐちゃだ。


 二年生ズと涼も、昼休みからずっと、狐につままれたような顔をしている。


 ハル以外の面子は体育祭が終わると、駅前のファーストフード店に集まった。もちろん、昼休みの西園寺のことを聞くためだ。二人は何か話があったらしく、僕らだけ先に店に入った。


 四人でハンバーガーを食べながら待つことになったが、誰一人しゃべろうとはしなかった。誰もがどういう状況なのか、理解できていなかったからだ。


 しばらくすると、ハルと西園寺がトレイを持って入ってきた。


「待たせたな」


 ハルは相変わらずマイペースだ。後ろから来た西園寺、と呼ぶのには違和感がある人間はハルと一緒に奥のテーブルに座った。


「ちょっと、ハル先輩! この人のこと、説明してよ!」


 舞くんは二人が席につくと、早速ハルに突っかかった。でも、僕らも同じ気持ちだったので、誰も止めなかった。


 僕らの目は、ハル達の方に向けられた。そんなことを気にせず、ハルはシェイクをすすっている。西園寺(?)の方が、逆におどおどしていた。


 ストローから口を離すと、ハルは周囲を軽く見回した。


「今から話すことは、学校内外問わず、トップシークレットだ。いいな」


 小声で僕らに確認した。無論、全員が頷いた。


「おい」


「え」


 西園寺であって、西園寺ではないと思われる人物(もう僕も何が何だかわからないけど)が、ハルの方を向いた。


「お前がどう思うか、どう考えているのか知ってから実行しようかと考えていたが、もうやめだ。俺のことを恨んでも構わない」


 ハルは真剣に彼を見つめ、その後また全員のほうに向き直った。


「ちょっ、ハル……もしかして……」


 彼が言う前に、ハルは僕らに言った。




「こいつは西園寺那波じゃない。壬生城井波だ」




 場が凍りついた。西園寺じゃなく、いつも覆面している壬生城だって……? そもそも覆面だって、やけどが目立つからかぶっていたからだし、いや、その前に、西園寺とミブに、何の関係があって同じ顔なんかしているんだ。


 ミブは突然の暴露にうろたえてはいたが、少しすると覚悟を決めたらしく、キッと前を見つめた。


 ハルはそれを横目で見ながら、小声で説明を始めた。




 ミブと西園寺の関係は、僕らの予想できないようなものだった。


 西園寺家は、クラシックの名家であり、祖父は指揮者、祖母はピアニストであった。その二人の間にできたのが、『BREEZE』のウミだ。


「ってことは」


 ユーイチくんが口を挟んだ。


「そう、ミブと西園寺は、ウミの息子。双子の兄弟だ」


 衝撃的なことをさらっと告げ、僕らが驚きのリアクションを取る前に話を続けた。


 ウミはクラシックの道には進まず、ロックバンドを組みたいと祖父母に話したらしい。すると、そのことに激怒した祖父母は、ウミを勘当した。


 ウミはキーボーディストとしても有名になったが、それ以上にアレンジセンスが抜群だった。


 最初はスタジオミュージシャンをやったり、色々なバンドの助っ人として出ていたが、最後は『BREEZE』という今でも語り継がれているバンドに加入した。だがある日、妻と一緒に交通事故に巻き込まれ、亡くなった。それはミブが小学校五年生の時であった。


「さっきからミブ先輩の話が多いけど、西園寺先輩も双子だったら一緒に暮らしていたんじゃないの?」


 舞くんは疑問を投げかけた。


「ミブと西園寺は、離れて暮らしていたんだ」


 西園寺那波は、昔は体が極端に弱く、生まれたときから病院で過ごしてきたらしい。だからハルは、隣に住んでいたミブだけが幼馴染だったのか。


「那波はずっと病院で暮らしていたから、父や母のことをあまり覚えていないんだ。お見舞いもなかなか行けなかったし。二人とも忙しい人だったからね……」


 ミブは西園寺を庇うような、哀れむような口調で言った。


 ハルは一口シェイクを吸うと、また話に戻った。


 両親が死んでしまった後は、ミブと那波が残った。当然、小さい子供達を引き取るかどうかでもめたらしい。二人の親戚は父方の祖父母のみ。だが、ウミを勘当していることや、ウミの妻……要するに子供二人の母親のことを嫌っていた祖父母は、『どちらか一人だけを引き取る』と言い出した。


 子供のうちどちらか選ぶなら、西園寺家を継げる音楽の才能がある方がよいということで、祖父母はピアノコンテストで順位が上の方を引き取ると言った。この事で小さい子供達は、西園寺家の跡継ぎとして暮らすか、養護施設で暮らすか、運命が大きく分かれてしまうことになってしまったのである。


 ミブはショックとプレッシャーで、コンテスト前の日、耳が聞こえなくなった。それでも指がタイミングや曲を覚えていたので演奏には差支えがなかったのだが、彼のそばには悪魔がいた。


『ミブ、演奏の順番が、急遽変わったらしいよ』


 そのような文面の紙を、那波から受け取ったミブは、那波の出番のときに舞台に上がった。そして、本当はミブの出番だという時に、那波は舞台に上がったのだった。


「それって、西園寺がミブを騙したってこと?」


 僕は驚いて、つい大声を上げてしまい、舞くんと涼に手で口をふさがれた。


 ハルはもう一度周囲の人間を確認してから、小声で続けた。


「そうだ。つまり『入れ替わった』んだ」


 ミブの演奏の評価は、誰もが素晴らしいというものだった。また、父譲りのアレンジセンスは目を見張るものがあった。それに対して那波の方はというと、普通の子供より若干うまい程度のもので、ピアノコンテストの勝敗は決まっていたようなものだった。


 しかし、ミブが耳の聞こえない状態であることと、一卵性でそっくりな顔を利用して、順番の入れ替わりに成功した那波は、ミブが今ままで受けていた評価を自分のものにした。また、西園寺家の唯一の跡取りという、絶対的な立場を手に入れることに成功したのである。


「もしミブが大きな失敗をしても、『順番を勝手に間違えて弾いた』と言えばバレないだろうしな」


「ひっどぉい!」


 舞くんは一通りハルの話を聞くと、テーブルを叩いた。僕も舞くんと同じ意見だった。だが、西園寺側に立ってみれば、病弱な自分が安心して暮らせるところを求めていたんじゃないのだろうか。それに、ミブに対しても嫉妬の感情もあったはずだ。自分は両親にもなかなか会えず、病院住まいなのに、ミブは元気に外で遊んだりできる。その上、ピアノやアレンジのうまさでも自分は勝てない。僕が西園寺だったら、どう考えただろう。


「じゃあ、覆面をかぶって正体を隠しているのも……」


 涼はポテトを一本かじりながら言いかけた。


「西園寺の命令だろうな」


 ハルは言って、ハンバーガーにかじりついた。今流行っているパティが三枚入っているやつだ。


「だけど、そんな面倒くさいことしないで、西園寺は音楽科のある違う高校に行けばよかったんじゃないの?」


 僕は素朴な疑問をミブに問いかけた。ミブはストローで中のコーヒーを混ぜる手を止め、僕を一瞬見た。そしてまた、ストローで紙コップの中をかき回す。


「なんていうのかな。僕もだけど、那波もプレッシャーに弱いんだ」


 ミブは僕の目を見ないで答えた。


「音楽科のある高校に進めば、確実に成果を出さないといけない。ただでさえ、西園寺家の跡取りってことで注目されるからね。でも、県立の高校でなら、成果はそこそこでも何も問題ないだろう?」


「それに」


 ハルがミブを代弁するように、続けた。


「うちの学校は一応進学校だし、万が一音楽の道が絶たれても、融通が利くってことだ。せいぜいあるのはピアノコンサートみたいなイベントぐらい。それも双子の片割れが同じ学校に行くと知れば、入れ替わることも可能だろ」


 しゃべるだけしゃべると、またハンバーガーに戻る。


 これだけ聞いていると、本当に西園寺は策士だな、と感心してしまう。それが例え人を傷つけているとしても。


「もしかして、ピアノコンサートはずっとミブ先輩が出ていたんですか?」


 ユーイチくんが身を乗り出して聞いてきた。するとミブは、こくりと頷いた。練習だけは西園寺が出て、肝心な本番はミブが出ていたらしい。この間、対バンのチラシを配っていたときに『練習していた』なんて言っていたが、あれは単なるアリバイ作りだったって訳か。


 ユーイチくんは生徒会で何度かコンサートの手伝いをしていたはずだ。その彼も、入れ替わりに気づいてなかったのか。でも、そんなにしょっちゅう会うような、親しい先輩でもないし、気づかなくても当然だったかもな。


「そう言えば、基先輩は、壬生城先輩と西園寺先輩をどうやって見分けていたんですか?」


 ユーイチくんは、ハンバーガーをかじっているハルに聞いた。


「ミブの左目の下に、切り傷があるんだよ。俺が昔けがさせちまってさ」


 そういえば、整った顔に小さくなってはいるが、切り傷らしきものがある。言われなければ気づかないくらいのものだ。でも、このハルがつけた傷がなかったら、二人が入れ替わってることも気づかなかったのかもしれない。


「それにしても、何でそこまで西園寺の言いなりになってたのさ! ミブ先輩もキレるときキレなきゃダメだよ!」


 舞くんはムキになってミブに詰め寄った。


「でも、那波の気持ちも分かるからさ」


 フッとため息をついて、目線をそらした。


 ミブの気持ちもなんとなくわかる。自分が健康体だったり、ピアノやアレンジがうまいことに対して、西園寺への罪悪感があるのだろう。


 長い沈黙が流れた。


 それを破ったのは、ハンバーガーを食べ終わったハルだった。


「だけど、本当にそれでいいのか? お前と離れて、那波は一人でクラシックの名家でやっていけるのか?」


 ミブはハルの問いかけから逃げるようにうつむいた。


「本当に那波のことを思うなら、そろそろ引導を渡してやるしかないぜ」


 ハルの目はこちらが萎縮するくらい真剣だった。


「お前らも手伝ってくれるんだよな?」


 ハルはニヤリといつものように笑って、僕らを見渡した。『手伝う』といったら、アレしかない。僕は内心呆れつつも、半笑いで答えた。


「ったく、ハルはそういう大切なことを先に言わないから悪い。やってみるしかないでしょ」


 舞くんにいたってはノリノリだ。


「俺だって! 退学・停学上等だ!」


 ユーイチくんは、そんな舞くんを心配しつつも、


「一蓮托生でしょ。僕だって、やるときはやりますよ」


 と、嬉しいことを言ってくれた。


「客の驚く顔が堪能できそうだ」


 涼はそうひと言呟いて、フフッと軽く笑った。


「ミブ、お前は?」


 ハルは最後に聞いた。ミブはゆっくり顔を上げると、僕らを見てはっきりと言った。


「皆が絶対忘れない、最高にインパクトがあるライブにしたい」


 誰から始めたのかわからないが、僕らは右手を重ね合わせ、掛け声をかけた。




『Go Play Music!』


『Fu!』

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