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B.B.  作者: 浅野エミイ


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10/16

Vol.9 INTERCHANGE

 怒涛の対バンが終わって、のんびりしているのも束の間、ここ県立秋ヶ瀬高校では五月の末に体育祭が行なわれる。


 うちの高校の体育祭は、S県内ではわりと有名だ。毎年多くのけが人が出るうえ、『屋外でも雨天決行』というスローガンを掲げている。ちなみに去年は、半ば台風みたいな大風と殴り雨の中、組み体操の五段タワーを作るなんてこともした。


 でも今は、まったりと体育祭の練習をサボり中だ。本当は体育祭に向けて、基礎体力をつけとかないといけない……のだが、その他に、体育祭の係りの委員だのを決めたりで、正直いうと何かと面倒くさいのだ。クラスで浮いてるような僕らみたいなのは特に、ね。


 しかし、不思議なのは、うちの学校はいわゆる「進学校」であるにも関わらず、やたら体育会系のイベントが多いことだ。入学早々『新歓マラソン』と言って、十キロもの距離を走らされ、それが終われば体育祭。夏には、臨海学校で遠泳。二学期に入れば、五十キロの競歩大会に、水泳・ラグビー・バスケットのスポーツ大会。三学期はスキー教室。この間に普段の勉強や、受験対策をしろっていうんだから、ひどい。でも、イベントは多いし、その分楽しめるんだけどね。


 今日は誰からも連絡無しだったが、ユーイチくん以外の全員が、皆いつのまにか屋上に集まっていた。僕も、初夏のぼんやりと暖かい風に包まれて、昼寝でもしようかなと思っていたところだった。舞くんはユーイチくんに捕まえられそうになったようだけど、何やら生徒会の仕事が忙しいらしく、うまく逃げ切れたそうだ。


 ハルはギターを持ってきていて、早速新曲制作に取りかかっていた。僕達は寄せ集めバンドだから、自分達のオリジナル曲がない。前回のライブも全部コピー曲だった。ハルの心情としては、六月の期限までに『青春した証』みたいなのを残しておきたいんじゃないかな、と僕は勝手に想像していた。


 僕がそれをじっと見ていたら、ハルが一緒に考えないかと誘ってくれた。服飾関係の雑誌を読んでいた涼も興味を持ったらしく、こちらの方へ移動してきた。


 舞くんはいつも通り、何事にも興味津々で、誘うまでもなくこちらに駆け寄ってきた。


 メンバーの中で、ミブだけがドアの上の屋根みたいになっているところで横になっていた。


「おい、ミブも手伝え」


 ハルが呼んでもミブは来てくれない。僕はハルのギターをボーッと聴きながら、ちょっと考えていた。


 僕は本当のところ、ミブがバンドの仮メンバーとなっているのが、ちょっと引っかかっていた。多分、ハルの熱の入れようから見て、ハルは絶対にミブをこのバンドに入れたかったんだと思う。


 ここから先は僕の想像だが、ミブはそんなにバンド活動に積極的じゃなかった。それでお父さんであるウミが加入していた『BREEZE』の『B.B』をプロ並に弾けたらバンドに入ると言った。それにプラスして、『BREEZE』にひけをとらないくらいの個性的なヤツらを揃えたら入ると言ったかもしれない。実際ハルはもちろんのこと、涼も僕も、普段は地味だが、音楽に関しては個性的だと思う。舞くんにいたっては、ボーカル以上にカリスマ性も備えていると僕は踏んでいる。


 一回しかライブはしていないけど、この学校の生徒から、これだけレベルが高い(自分で言うのもおかしいけど)人間を集められたのは、まさに運だとしかいいようがない。だから「できる訳ない」と思って、さっきあげた条件をハルに伝えたんだろう。自分がバンドを組まない常套句として。だけど、それができてしまった。


 そう考えると、前回アレンジだけ協力してくれたことも納得できる。


 バンドをやりたくない理由なんて、いくらでもある。目立ちたくないとか、亡くなったウミみたいになりたくないとか。顔のやけども関係してるかもしれない。冷静に考えてみると、パズルがはまるように、すんなり合点がいく。だから今も、正式なメンバーではなく、仮メンバーなのだ。


 ただ、そうなると、一つ不愉快な考えが頭を過ぎってしまう。僕や舞くん、ユーイチくん、涼、それ以外でも姉貴や元・『SIN』のメンバー達は、ミブを捕まえるための、単なる餌だったんじゃないか。


 ハルのことは信じたい。実際、今まで『任せろ』が口癖で、いつも皆をぐいぐい引っ張って行ってくれた。ただひとりで授業受けて、適当に受験勉強して、バイトして……っていうモノクロな世界から、仲間がいて、面白くて、充実したカラフルな世界に連れ出してくれたのはハルだった。他の皆のことはわからないけど、舞くんも、自分が自由に目立つことができる場所を見つけたと思うし、ユーイチくんは、作ってた詞を世に出すことができた。涼も好きな音楽を練習できる場所を見つけたんじゃないかと思う。


 僕らはハルのおかげで今、『青春』を謳歌しているんだ。


「あーもう、クソっ!」


 僕は頭の許容量をオーバーしたので、一度考えることを止めた。突然叫んだので、ハルや舞くん、涼に変な顔をされてしまった。


 その瞬間、誰かの携帯のバイブ音が鳴った。皆いっせいに自分の携帯を確認する。


 どうやらミブの携帯だったようだ。だが、おかしなことに自分の携帯を取り出しても、出ようとも切ろうともしない。ただずっと、鳴っている携帯を見ている。


「出ないのか?」


 ハルが怪訝な顔をしてミブを見ると、不自然にパッと携帯を隠した。そして、小走りに屋上を出て行った。


「何か変なの」


 舞くんが首をひねった。覆面をかぶっているだけでも怪しいのに、更に不審な行動。やっぱり彼はおかしい。何か理由があるのだろうか。あるのだとしたら、ハルだけが知っているはずだ。


 そのハルも無言で、屋上のドアを見ている。ハルはミブの秘密を知っている。それを僕らに話してくれないということは、やっぱり後ろ暗いところがあるからなのか。


「曲、続き考えるぞ」


 何事もなかったように目線を下の譜面ノートに移して、曲作りを再開する。舞くんも涼も特段気にしていなかったが、僕はなんだか不自然な気がした。




「ちょっと先輩達! あと舞!」


 しばらく曲作りに熱中していたら、体育着のユーイチくんが怒鳴りながら屋上に来た。皆、キレモードのユーイチくんを見て、ヤバい、と感じた。


「今日は、体育祭の全体練習って知ってたでしょう!」


 サボりがバレて、僕らと親しくしているユーイチくんが迎えに来るハメになったのだろう。僕はユーイチくんの怒り方が、何だかお母さんが子供を叱るような感じに思えた。もうすっかり僕らのバンド内の母親的存在だ。


「ん、ユーイチか。ちょうど良かった。曲が大分できたんで、作詞を」


 ハルが譜面を渡そうとすると、ユーイチくんが呆れた様子で言った。


「曲より、学校行事を優先してくださいよ。先輩達、三年でしょう。高校最後の体育祭なんですよ?」


 ハァ、と大げさにため息をつかれてしまった。ユーイチくんの言いたいことは分かるけど、僕は今、学校行事よりも、このメンバーでのバンド活動を優先したい気分なのだ。『B.B』も、一応来月までの期間限定バンドだし、それを思うと一日、一日が惜しいんだ。ハルも同じ意見らしく、ユーイチくんに噛みついた。


「俺らのバンドは六月までの期限付き、って言ったよな。学校行事はまだあるし、今はバンドに力を入れてぇんだよ」


 ユーイチくんは、ハルの言葉を聞くと、少し宙を睨んだ。そして、もう一度ハルの方を向くと、意外なことを言った。


「なんで来月までの期間限定バンドなんですか? 受験終わったら再結成もできるじゃないですか。別に期間決めなくてもいいと、僕は思うんですけど」


 ユーイチくんは正論に、僕はハッとした。今までは受験のために六月までのしばりがあったと思っていたが、受験が終わるまで活動休止というのも確かにありだ。それに、バンドをやろうとハルが言ったのは、今年の二月。仮メンバーのミブを含めて、皆が集まったのなんて、すぐ最近だ。実質まともなバンド活動をするのに、一ヶ月しかないというのは、あまりにも短すぎる。


「期限があるから、ここまで一心不乱にやれるんじゃねぇか」


 そう言っても、まだ何かハルは何か隠している。いや、最初から僕らには何も話してくれていないんだ。でも、なんで。僕らを信用していないのか? 短いながらも、時間を共有してきた僕らを信用してくれていないなんて。


 僕は言葉より早く、ハルのネクタイを引っ張っていた。


「あ?」


 咄嗟の行動に怯むことなく、ハルは僕を見た。むしろ驚いたのはユーイチくんの方だった。


「き、貴志川先輩、どうしたんですか?」


「ハル、僕らのこと、信用してないの?」


 僕は頭に血が上っていたせいか、凄んだ声でハルに聞いた。


「何のことだ」


 ハルは冷静な声で聞き返した。


「このバンドのことだよ! 何のために、バンド組もうなんて言ったんだ!」


「何のために、って、学生時代の思い出作りでだな……」


 ハルは最初僕を誘ったときと同じ事を言おうとした。でも、それは違う。何の確証もないけど、僕はそんな気がした。


 ユーイチくんは、僕がいきなりハルにケンカを売ったと思ったらしく、とりあえず落ち着いて欲しいと何度も僕らを離そうとした。


 そんなユーイチくんに構わず、僕はハルのネクタイを持ったままだ。


「そうじゃないだろ! ハルはミブとバンドをやりたいから、僕らを集めたんだ!」


 根拠がない、ただの想像。そう言われてしまえばそれまでだった。だが、ハルは僕の言葉に反応した。図星だったということか。


「え?」


 ユーイチくんは、僕らを引き離そうとする力を一瞬弱めた。驚いて、その様子をただ見ていた舞くんと涼も、僕の言葉を聞いて立ち上がった。


「どういうことだよ、ハル先輩!」


 舞くんはそのまま僕らの方へ歩みより、ユーイチくんを押しのけて、ハルの顔をのぞきこんだ。涼とユーイチくんも、僕らを囲むように立っている。


 この様子に観念したのか、ハルは口を開いた。


「倫の言うことは少し合ってる。でも、それだけじゃない。」


 僕がネクタイを持っていた手を軽く叩き、外した。そして襟を正すと、改めて僕らの方を見た。いつものハルの目ではない。かといって、バンドや音楽のことを語るときの目でもない。抜き身の刀のような、なんともいいようもない鋭い目つきで僕らを見た。


「お前らのことは信用してる」


「じ、じゃあ……」


 僕は言葉に詰まった。何から聞けばいいのか迷った。バンドのこと、ミブのこと、期限のこと。それと、僕らのこと。全部聞きたい。そうじゃないと、僕らは本当に仲間として認められていないと思ってしまう。もちろん、仲間だからって全てを知っている必要はないとは思う。だけど、どうしても聞きたい。ハルの本音を。


「退学、停学は覚悟しておけって、最初に行ったよな」


 僕らは頷いた。バンドを組むとき、初めに言われたことだ。僕は最初、その言葉を聞いてぐらついた。受験前にそんなことできるか! とも思った。でも、今は何故だか覚悟ができている。それは、やっぱり皆がいたから。楽しいから。面白いから。明日がなくてもいい、なんて思えてくるほどだった。


「六月にライブをしようと思ってる」


「は?」


 突然の発表に、一同目を丸くした。何故、このタイミングでライブの話が出るのか不思議だった。


「ライブ開場は学校の体育館。演るのは最高の一曲だけ。それも演りきれるかわからない。意味、分かるか?」


 六月、体育館、一曲しかできない……。ユーイチくんがハッとしたように大声を上げた。


「基先輩、まさか」


「西園寺のピアノコンサートを乗っ取る」


 ハルははっきりとそう言った。僕は驚く前に、心の奥で「やっぱりそうか」と納得した。ハルが何かをたくらんでるのはなんとなく分かっていた。学校内だけでメンバーを集めるなど、不審な点はいくらでもあった。でも、何でそんなことをするのかは分からなかった。今はハルの口からそのたくらみが何なのか、はっきり聞けた。それだけでも、なんだか大分救われた気がした。だけど、それは僕が知りたい答えではない。


「ライブできるのは嬉しいけど、なんで西園寺先輩のコンサートを乗っ取るの? 普通にハコ借りてやればいいじゃん」


 僕が質問したかったことを、舞くんが先にした。以前から気になっていた。ハルは前からやたら西園寺を嫌っていた。しかし、好きとか嫌いなんて感情だけで、人のコンサートを乗っ取るなんて、いくらなんでもひどすぎる。


「西園寺には何回も注意していたことだ。それを守らないアイツが悪い」


 ハルは呟いた。『何回も注意した』って、どういうことだ。話がぶつ切りで、全く理解できない。ミブのことだってそうだ。西園寺のコンサートを乗っ取ることと、彼とバンドを組むこと。二つの点は繋がらない。


「倫、舞、ユーイチ、涼」


 突然ハルが、僕らに向き直った。


「俺は、確かにミブとバンドが組みたかった。でも、お前らを集めたのは、利用したかったからじゃない。最高に面白いことをやれるバンドを作りたかったんだ」


「ハル……」


 僕らは、こんなにハルの切羽詰った表情を見るのは初めてだった。ぎゅっと拳を握り締めて話を続ける。


「お前らのことも、半ば強引に加入させた。ミブだって、バンドに入りたくないかもしれない。それでも、俺はこのメンバーでライブをやりたいんだ。これは、俺の勝手な夢だ」


 そして、一呼吸おいて、頭を下げた。


「これは俺一人のわがままだ。言われなくても分かってる。だけど、もう少しだけ、付き合ってくれないか?」


 不良で、ゴーイング・マイ・ウェイで、いつも皆を無理やり引っ張っていくハルが、僕らに本気で頼みこんでいる。いつもの彼の態度からは想像がつかない。でも、そこまでするほど、真剣にやっているんだ。そう考えると、ハルには悪いが、ちょっとおかしくなってしまった。


 ミブのことも西園寺との関係も、僕らは全く知らない。それでも、今のハルを見ると、そんなことどうでもいいような気がした。さっきまでの怒りや不安は、どこかに飛んでいってしまった。


 僕はちょっと微笑を浮かべ、頭を下げているハルの肩を軽く叩いた。


「ハルらしくないよ」


 ハルはそのまま頭を上げ、僕の目を見た。舞くんや涼もやれやれ、といった感じで笑みを浮かべている。


「そうだよ! ハル先輩はいつも人の意見を聞かないで、今まで強引にやってきたじゃん!」


「僕なんて、バンド解散させられた」


 舞くんは女装させられたり、涼に至っては、バンドを解散まで追いやった。それなのに、今更泣き言なんて、ハルらしくない。二人もそう思ったのだろう。


「僕は困りますけどね」


 唯一、ユーイチくんだけ、困った表情を浮かべていた。確かにそうだ。西園寺のコンサートは生徒会が運営している。それを堂々と『乗っ取る』といわれてしまったら、どうしようもない。


「でも、僕も一枚かんでますから、もう後には引けません」


 苦笑いを浮かべ、ため息をつく。ユーイチくんも相当毒されたらしい。


「悪ぃな、皆」


 ハルは今まで見たことがないような、笑顔を見せた。僕らもつられて笑顔になった。なんだか嬉しさと楽しさで、胸がドキドキした。皆も同じ感覚だったらいいな、と思った。


 しばらく皆で笑いあっていると、マイクのノイズ音が聞こえた。




『二年の今井優一、久瀬舞、三年の基三春、貴志川倫、月丘涼! すぐに校庭に来るように!』


 


 秋川の声だった。和やかな雰囲気は、突然の全校放送にぶち壊された。そういえば、ユーイチくんが元は僕らを呼びに来たんだ。それがいつの間にか話こんでしまっていて……。ともかくまずい。僕らはダッシュで校庭へ駆けていった。




「呼びにいった今井まで戻らなくなるとは」


 秋川は頭を軽くおさえた。


「すみません、会長」


 ユーイチくんは何度も秋川に頭を下げていたが、他のメンバーは、全く反省の色がない。僕は反省というより、ユーイチくんに悪いことをしたな、とだけ思っていた。ユーイチくん以外のメンバーは、きっと心の中で『ルールは破るためにある』と思っていることだろう。もちろん『人に迷惑をかけない範囲で』だが。


「ともかく、閉会式の練習だけでもしっかり出てください」


 そう言って秋川は、自分のクラスの列に並んだ。同じく僕らも自分のクラスの列の最後尾に並んだ。


 軽快な音楽にあわせ、一年生から入場していく。だが、前々から思っていたのだが、なんでこんな入場やら退場やらの練習をさせられるのだろう。別に当日きっちりできれば、問題ないんじゃないか? 小学生ならこのような練習も必要かもしれないが、僕らはもう高校生。練習する暇があったら、他のことをやっている方が有意義だ。


「校歌斉唱。来賓の方もご起立ください」


 体育祭実行委員長の生徒が、練習なので誰一人として来ていない来賓にご起立を願った。全く、こんな茶番は笑えない。


「ピアノ伴奏は、三年の西園寺那波くんです」


 また西園寺か。『ピアノの王子様』と世間に言われているせいか、露骨に学校の宣伝に使われている気がする。ハルの機嫌がますます悪くなるのが、後ろから見ていてもわかった。


 だけど、ハルはなんでそんなに西園寺を敵視するのだろう。確かに、ビラ配りをしていた時の態度はムカついた。他にも似たようなことをやっているヤツなのかもしれない。だが、一方では、学校のイメージアップとして使われている面もある。それを考えるとかわいそうな気も少しする。


 校歌斉唱が終わって、西園寺がオルガンから離れると、ハルはボソッと呟いた。


「……あのアホが」


 僕はその言葉の意味を知らないでいた。




 体育祭当日。今日は快晴だ。晴れて暑いのも嫌ではあるが、去年みたいな大雨はもっと嫌だ。僕はいつも通り登校し、体育着に着替えて校庭に出た。全くもって面倒くさい。かといって休むとサボりだとバレる。ハルも時間ギリギリに校庭に来た。他の生徒もそうだ。この中の何人が、やる気満々で登校してきたのだろうか。中には本当に楽しみにしていた生徒もいるだろうが、そう前向きなヤツらがうらやましい。


 時間になり、担任が出席を取ったあと、体育祭は始まった。


 始まったといっても、結局僕らは自分の出る何個かの競技以外はずっとクラスの応援席で待機だ。本当は待機じゃなくて、応援しなくてはいけないんだけどね。僕は午前中にムカデ競争、ハルは百メートル走に出場し、あとは木陰でボーッとしていた。涼も大玉ころがしが終わると、僕らの方に来た。


「そういえば、ミブは?」


 涼が僕らに聞いた。最近は僕らのそばにいることが多くなっていたが、今日は一度もミブに会っていない。


 木陰で横になっていたハルが、体を横にしながら言った。


「今日はいねーよ。体育祭には来ない」


「やっぱり、覆面が取れたりするから?」


 僕は冗談めかした。だが、その問いにハルは答えなかった。ただ、無言だった。


 しばらくすると、中間発表が出た。一応今は白が勝っているらしい。僕とハルは赤組で涼は白組だったが、お互いそんなものには興味なかった。


 中間発表後は、すぐに昼休みに入る。午後は棒倒しに騎馬戦、紅白対抗リレー、組体操と、どれも体力を使いまくる競技が目白押しになっている。それがうちの学校の体育祭のメインになっているのだが、競技に出る僕らには、はっきりいって迷惑でしかない。リレー以外の競技は全部肉弾戦。はじめっから殴られに行くようなものだ。競技ではない組体操も、落ちたらけがをする。正直、僕らはけがをしたくなかった。もし腕でも折ったならば、バンド活動に影響するからだ。だが、酷なことに、僕は棒倒し、涼は騎馬戦に出る予定になっている。


 ハルは足が速いので、紅白対抗リレーに出場するらしい。確か舞くんも出るって言っていたかな。舞くんとユーイチくんは共に白組。僕らとは敵同士だ。


 とりあえず僕らは、出たくない試合に備えて腹ごしらえをしようということになり、学校前のコンビニに入った。しかし、今日は外部から体育祭を観にきている人も多い。コンビニは人でごったがえし、買い物できる状態ではなかった。もう少し駅よりに歩いていけば、もう一軒コンビニがあるのだが、坂道の上り下りがあるので、あまり行きたくない。正門前でどうしようかと考えていると、舞くんとユーイチくんが僕らを見つけてとんできた。


「先輩達、お昼まだっしょ?」


 舞くんは、何故かうきうきした調子で話しかけてきた。この混雑ぶりだと、弁当を持ってきてない僕らは、坂道を上り下りして遠くのコンビニに行くか、昼飯抜きということになりかねない。


「まだ、というか、食べられるかな」


 僕が不安そうに言うと、逆に舞くんは喜んだ。


「あのさ、よかったら、俺らと食べない? いいもの持ってきたんだ」


 早く、早くと急かす舞くんに引っ張られるように、僕らは音楽準備室に連れて行かれた。音楽準備室はいつものように楽器が無造作に置かれていたが、窓際の机だけ、きれいに並べられていた。そして、その上には、何だかよくわからない楕円形の機械が乗っていた。


「ユーイチ、あれは?」


 舞くんが確認すると、


「ちゃんと持ってきたよ」


 ユーイチくんはカバンの中から大きな水筒を四本取り出した。僕ら三年生組は、後輩二人が一体何をしようとしているのか皆目検討もつかず、その場にただ佇んでいた。


 舞くんは、楕円形の機械に水を入れ、ユーイチくんは水筒から氷を出してその機械の中へ入れた。二人は黒い液体の入った紙コップと割り箸を僕らに配り、機械のスイッチをオンにした。すると、機械の中の水が反時計回りに流れ出した。


「じゃ、面倒くさいから、一気に流しちゃうよ。」


 舞くんはそういうと、もう一つの水筒から白い紐みたいなものを一気に水の中に入れた。


「これは」


 ハルもさすがに驚いたらしい。これは流しそうめんだ。


「驚きました?」


 いつもは堅物のユーイチくんも、今回は舞くんと一緒に企画したようだ。何も知らされていなかった僕らは、面食らった反面、嬉しかった。


「いただきます」


 僕らは早速手を合わせ、機械に箸を入れた。麺を箸でつかみ、紙コップの中のつゆにつけて口に運ぶ。今日は暑い日だったので、素麺みたいなものはさっぱりとして食べやすい。僕らは二年生組の心遣いに感謝しつつ、競うように素麺を食べた。さすがに僕ら五人全員が満腹になるほどの量はなかったけど、おいしかったし、何より楽しかった。


 十分くらいで食べ終わり、後片付けに入った。二年生が準備してくれたので、片すのは僕ら三人がやることにした。


 機械や水筒をゆすいで、紙コップなどはゴミ箱に捨てた。片付けをしても、まだ昼休みは充分にある。ちょうど音楽準備室にいるということもあり、少し曲作りを進めようとハルが提案した。


「一応、コード進行はこんな感じで」


 ハルは自分のカバンからノートを取り出した。


 僕らはハルを取り囲んで、ノートを見た。コード進行は繰り返しが多く、そんなに難しくはなさそうだ。


「テンポはどのくらいがいいかな。」


「少し速めの8ビートで。ベースもルート音に乗せて八分音符を刻む感じがいいな」


 そう聞くと、僕はすぐにドラムのイスに座って、バスドラを鳴らしてみた。


「ああ。もう少しパワフルでもいいな」


 ハルもすかさずアドバイスをくれた。涼も部屋に置いてあった誰かのベースを勝手に使い、早速弾いてみた。


「涼、ベースラインは変わらないが、テンポが速いから、今回はピックを使ってくれ」


「……わかった」


僕と涼のリズム隊は、正確さは求められるとしても、今回はそんなに複雑なリズムでなくてもいいようだ。だが、この正確さほど難しいものはないんだよな。


「それで、舞のメロディーだが」


 そうハルが言おうとした瞬間、ドアが開く音がした。僕らは咄嗟にドアの方向を見たが、誰もいないし、開いた形跡はない。準備室のドアの音じゃないとすれば、隣の音楽室を誰かが開けたようだ。一同、シン……とする。


「隣、誰か来たのかな」


舞くんが小声で話す。ユーイチくんは腕時計を確認すると、舞くんを見た。まだ昼休み中だということは、誰かが音楽室で昼飯を食べているのかもしれない。別にそれはいいのだが、問題は僕らだ。僕らが練習しているのは『来月の西園寺那波のコンサートをぶち壊すため』のものだ。そのことを知られるとまずい。噂はどこから出てくるかわからないからな。


 舞くんと涼がこっそり準備室のドアを少し開け、音楽室をのぞいた。


「!」


 二人は声を出さないように手で口を押さえ、戻ってきた。


「どうしたの?」


 僕も小声で二人に聞いた。


「西園寺が、ピアノ弾いてる」


 涼が答えた。二人と入れ替わり、僕は音楽室をのぞいた。


 確かに西園寺がピアノを弾いている。しかも、この曲は聞いたことがある。微妙にピアノ用にアレンジしてあるが、間違いない。


「『B.B』……か」


 いつの間にか僕の後ろでその様子を見ていたハルが言った。僕はその声に驚き、振り返った。その瞬間、少しだけ開けていたドアが、ギシッと鳴って閉まった。


「誰?」


 弾いていたピアノを止め、西園寺が声をかけてきた。まずい。ドアを閉めたのはいいが、どんどん足音は近づいてくる。僕は焦った。皆もまずいと感じているのだろう。逃げ道を探そうとしていた。


 だが、そんな中、ハルは一人落ち着いた様子だった。僕を押しのけ、自らドアを開けた。


「ハル」


 西園寺は、自分で開けようとしていた扉が反対側から開けられて驚いたのか、その場で固まった。


「お前、本当にバカだな。また西園寺の身代わりになってるのかよ」


 ハルは西園寺に向って呆れたように声をかけた。僕はハルが何を言っているのか意味が分からなかった。そこに立っているのは間違いなく西園寺であり、それ以外の何者でもないはずだ。舞くんもユーイチくんも涼も、ポカンとした顔で二人を見ている。


 一体、何が起こっているんだ。


 そんな僕らをよそに、午後の競技が始まるアナウンスが校内を流れた。


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