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B.B.  作者: 浅野エミイ


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Vol.8 VS『SIN』

 舞くんはご立腹だった。


「なんで勝手にバンド名決めちゃったんだよ。それに、僕らだけ逃げるハメになるし」


 ユーイチくんと二人で正門でチラシ配りをしていたところ、ゴリ山先生に見つかって追いかけられたらしい。仕方なく駅前でチラシを配ることにして、僕らは移動した。


「バンド名ぐらいいいじゃねぇか」


 ハルは、先程からぶつくさ文句を言っている舞くんにうんざりしたのか、おざなりな返事をした。


「とりあえず、今日は八時くらいまでチラシを配って、その後うちの事務所で写真撮影するから」


 僕は姉貴から言付かったことを皆に伝えた。本当はメンバー全員の写真の他に、デモ・テープも必要なのだが、今回は僕の顔に免じて(と、言うと反感をかいそうだが)無しでいいことになった。


 今度は駅の西口と東口に分かれてチラシを配ることにした。東口はうちの高校、西口には姉貴のライブハウスがあるから、宣伝の効果はかなりあると思う。


 それに舞くん効果だ。先程正門前でチラシを配っていたところ、やっぱり何人かの生徒に声をかけられたらしい。ハイトーンボイスではあるが、近くでしゃべってしまうと男だとわかってしまうため、ライブ前の声出しはNGってことにしていた。それでも寄ってくるヤツは多かったので、ライブのチラシとユーイチくんの作ったソーシャルネットワークサイトのURLを手渡した。ここからのチケット販売は、かなり期待できそうだ。


 舞くんとユーイチくんは、東口でうちの高校の生徒をターゲットに、僕とハルは、西口で若者全般にチラシを配ることにした。


 またハルと二人になったので、先程姉貴に邪魔された話を聞こうと思った。


「さっきの壬生城くんのことだけど」


 チラリとハルを見ると、目が合った。


「あー、さっきのな。やっぱりやめた。話すの」


 チラシを配りながら、ハルは言った。僕はせっかく事情を聞けると思ってたから、拍子抜けした感じだ。でも、こうも言ってくれた。


「ミブが正式にメンバーに入ったら、話してやる」


 うーん、そんな日が来るのだろうか。とりあえず僕は、目の前にどっさりあるチラシを配ることに専念した。


 そして予定時間の午後八時。僕とハルは舞くん、ユーイチくんと東口で合流した。やはりチラシを配るのは骨が折れる。ティッシュや化粧品の試供品ならまだもらってくれる人がいるだろうけど、僕らが配ってるのは単なる紙にすぎない。まだ箱にどっさりとプリントアウトしたチラシが残っている。


「ま、明日もあるからね」


 僕は周りの士気が下がらないように、フォローした。しかし、その後聞こえた声は、そんな僕のフォローを完全に無に返すようなものだった。


「明日もこんなくだらないことをするのか」


 後ろを振り返ると、生徒会長の秋川と榊が、チラシを一枚拾っていた。


「久瀬くん、だよね? そこの女の子は」


 持っていた紙束で顔を必死に隠していたが、榊は同学年ということもあり、お見通しだったようだ。パッと見だと普通の(金髪・ゴスロリは目立つけど)女の子だが、やはりまじまじと観察されるとバレてしまった。


「へぇ、ライブやるんだ。君たち」


 秋川の背後から手が伸び、チラシを奪った。その手は、天才ピアニストと呼ばれている西園寺那波のものだった。


「西園寺」


 ハルの機嫌が明らかに悪くなった。彼の存在自体、ハルは許せないらしい。西園寺自体はニコニコと微笑んでいるのだが。


「何でお前ら、今頃下校してんだよ」


語気を荒げて聞く。


「僕は校内リサイタルの練習。二人はそれに付き合ってくれてたんだ」


 西園寺は笑顔を絶やさずに説明した。西園寺は毎年一月、六月、十一月に、学校内でピアノリサイタルをする。なんでも祖父母が学校に多額の寄付をしていて、西園寺を音大に進ませる前に箔を付けるさせるため、無理やり行っているとか、オープンスクールの時期に合わせて学校の『売り』にしているとか、色々な説がある。どれも噂の域を超えないが、実際西園寺のピアノリサイタルは評判がよく、毎回満員御礼だそうだ。


「君たちはどんなジャンルの音楽をするの?」


 西園寺はハルの機嫌が悪いことにも気づかず、聞いてきた。


「クラシック以外だ」


 西園寺がクラシック畑の人間だと知った上で、嫌味たっぷりにハルは答えた。


「ふぅん」


ハルの嫌味をさらっと受け流して、チラシをじっと見つめた。ひとしきり見終えると、笑顔を絶やさずに僕達の目の前でチラシを破り捨てた。天使の微笑みで悪魔のような行動。僕はそう感じた。


「どうせ、ウルサイエレキ音ばっかり集まるライブでしょ?」


 さすがにこの行動、言葉には全員ムッとした。ハルなんか拳を震わせている。僕はハルの肩に手をおき、飛びかからないように静止させることで精一杯だ。今ここで西園寺を殴ったら、僕らのバンドは始まってもいないのに終わることになる。それだけは絶対したくない。まだまともなステージにも立ったこともないし、何よりハルが最初に言っていた『青春』を感じていない。


 舞くんもかなり頭にきているらしく震えていたが、こちらはユーイチくんが抑えていた。そんな僕らの気持ちを逆なでするように、西園寺は続けた。


「ともかく、お金にならないような音楽なんて、やるだけムダだと思うけどね」


 西園寺は僕らに言いたいことだけいうと、駅の階段方面へ向っていった。


「榊、僕らも帰るぞ」


 秋川は西園寺に続いたが、榊はしばらく僕らを見ていた。秋川がエスカレーターに乗ったのを見計らって、全員にこっそり話しかけた。


「何だかすみません」


「謝ることないよ」


 僕は今まで出したことのないような冷徹な声で返答した。怒りではらわたが煮えくり返りそうだったが、頭はやけに冴えていた。榊くんが謝る必要はないんだ。謝る必要があるのは、西園寺なんだから。


「でも、僕はロック、好きですから」


 榊はそういい残すと、秋川を追いかけていった。


誰もが言葉にできない怒りを胸に抱いていた。当然ながら、その日撮影した写真には怒りでゆがんだ顔が並んでいた。




 それから三日後、涼も含めた僕らは、ユーイチが作詞した『サザエさん』と、東田のアレンジした『夜桜お七』も練習に加えていた。ユーイチくんの詞は意外とダークで、実は彼自身、自分でも気づいていないけど、本当は相当なパンク野郎なのではないかと思わせるほどだった。


 ミブ(苗字がいいづらいということで名前で呼ぶことになった)の『夜桜お七』はさすがハルがご執心なだけあって、かなり格好よい仕上がりになっていた。演歌をラウド系に作り変えてしまうから、すごい才能だ。


 今日の練習には、ミブも参加していた。一応アレンジャーとして、演奏がおかしかったら即直したいと考えているらしかった。


 僕らは最初、『サザエさん』を演奏した。個々人で練習はしていたが、合わせるのは初めてだ。


 それでも、初めてにしてはうまくまとまっていたと思う。ユーイチくんのぶっ飛んだ歌詞も、曲に合っている。


 次に、初めて演奏する『夜桜お七』だ。ミブのアレンジは格好いいのだが、これを再現するのはかなり骨が折れる。それでもドラムはまだマシな方だ。ハルのギターパートなんて、ありえないほどの高度なテクニックが必要だ。それでもそんなアレンジをあえて入れたということは、それだけハルを信用しているのだろう。


 ミブは、僕らにも細かなアドバイスをくれた。彼は元はキーボード担当だが、他の楽器にも驚くほど精通していた。いつもワンマンなところが目立っていたハルも、ミブの言うことは素直に聞いていた。


 ライブまでの日数もちょうどあと半分だ。それでも、一番初めよりは、バンドらしくなってきたような気がする。一応ハルや僕、涼はバンド演奏経験者だし、舞くんも初心者ながらも自己練習したり努力している。舞くんは涼がわざとヘマしないか心配だったようだけど、こっちの練習にも毎日欠かさずでてきてくれるし、『キューティーハニー』のソロに関しては、手にマメができるほど練習している。無論、その成果は出てきているようだ。本人が以前、「どんなバンドでも手を抜かない」と宣言したことは忠実に守っている。


 練習自体もそうだけど、皆で同じ目標に向って頑張るというのは気持ちいい。それに最近は、なんとなくではあるが、バンドの一体感を感じるようにさえなってきた。


「ユーイチくん、チケットの販売と、舞くんのサイトってどうなってるの?」


 今日はノートパソコンを持ってきているユーイチくんに、詳細を聞いてみた。


「結構アクセスされてますよ。『謎の少女M、ライブハウスに出演!』っていうアオリのおかげみたいです」


 それは僕が考えたキャッチコピーだった。ユーイチくんによると、もうかなりノルマ枚数に近い数が売れているらしい。この短時間でよくここまでできたな、と感心している。まぁ、チケットの購入者の大半が男性、しかもうちの高校の生徒だっていうのはしょうがないことだが。


「それと、ちょっとこれは先輩達にお知らせしておきたいことなんですが」


「コミュニティで『謎の少女Mの親衛隊を作ろう!』っていう計画があるらしいんです」


 練習していたハルも手を止めて、パソコンの画面を三人で見る。ファンがそれだけ集まっているのは喜ばしいことなんだけど、舞くんが男だってバレた時はどうするんだろう。もしかして暴動が起きるんじゃないか?


 僕のネガティブな妄想とは対照的に、ハルはポジティブな案を出してきた。


「それならこっちで正式なコミュニティを作れ。『親衛隊』なんだから、ある程度ファンにも縛りが必要だ。いわゆる『ファンの規律』だな。それに……」


 少し間を取って続けた。


「『親衛隊』は警備に使える」


 おいおい、警備に使うって一体何を考えているんだ。僕らはただのバンドじゃないか。それに男所帯だから、守ってもらう必要もない気がするし。相変わらずハルの考えていることは分からない。いや、わからないんじゃない。僕らの考えの先を行っているのだ。




 五月に入って、すぐゴールデンウィークが始まった。それでも僕らは誰も登校してこないとをいいことに、音楽室や屋上でライブの練習をしまくっていた。涼はもちろん『SIN』の練習もあるし、中立な立場なのでずっと一緒という訳ではないが、それでも僕らの演奏はうまくなってきていた。ミブも途中何度か来たが、僕らに指示したり教えたりすることは少なくなっていた。


 ゴールデンウィーク最終日。チケットのノルマを達成することができた。なんだか喜ばしいことが続いていた。


 この勢いなら対バンに勝てる――僕は心の中でそう思った。




 そして、対バン当日。舞くんは着替えとメイクを姉貴がする関係で事務所へ行ったが、僕らは『SIN』と楽屋で一緒になった。一応、形式的だが挨拶はちゃんとする。僕らが適当なTシャツ&ジーパンなのに対して、『SIN』はゴシック系の衣装で統一されていた。涼もそれっぽい格好をして、今日は前髪をあげている。七人も楽屋に入ると、さすがに狭い。


「ったく、何が『TEAR‘S企画 夏へ向けての挑戦状・花いちもんめ対決!』だ」


 人口密度が高いせいでイラついているシノブが、ぶつくさ呟いていた。ちなみに今回のイベントのタイトルは、言わずもがな姉貴がつけました。


 僕とハル、ユーイチくんは、ただ座って出番を待っていた。ユーイチくんはバンドには直接的に参加はしていないが、もう立派なメンバーだと思っている。


「そういえば、ミブ先輩は?」


 楽屋には来ていない。するとギターをチューニングしていたハルが、こちらを見ないで言った。


「ライブハウスって混むだろ? あいつそういうところ好きじゃないから」


「どうして?」


 僕は素直に聞いたのだが、答えはあっさりしたものだった。


「覆面だよ」


「は?」


 横で聞いていたユーイチくんが、すっとんきょうな声をあげた。つまるところモッシュとかフロアの派手な動きに巻き込まれて、覆面が取れるのが嫌だ、ということらしい。前はやけどの跡がひどいからかぶってるって聞いてたけど、相当ひどいのかな。初夏を過ぎてもあの覆面をかぶってると、逆に蒸れて良くない気もするけど、ミブの心情も理解できる。僕も小学校の時に、顔面をけがして顔半分包帯で巻かれていたことがあるのだが、その時の周りの反応はひどかった。同級生の女の子は「恐い」というし、同じクラスの男子からは「包帯男」なんて呼ばれる。大人からは「かわいそうね」と同情される。全てが鬱陶しかった。ミブもそんな気持ちなんじゃないかな。


 僕がそんなことを考えているうちに、舞くんが楽屋に来た。涼以外の『SIN』のメンバーは、舞くんが男であることは知らないはずだ。ハルのアドバイスで、舞くんは楽屋の中では声を出さないことになっている。舞くんは『SIN』のメンバーを無視し、ユーイチくんの隣に座った。


「おい、謎の少女さんよ。先輩に挨拶くらい普通するだろ?」


 シノブは舞くんを下から上までなめるように見ながら言った。舞くんはそんなシノブを軽く一睨みした後、完全無視を決めこんだ。


「チッ」


 後ろのほうで舌打ちが聞こえた。あとはライブの時、拡声器でごまかせるかだ。拡声器は、舞くんの持っている迫力を出すほかに、声質をぼやかす効果がある。舞くんの歌が下手とかそういう意味ではないけど、声質をぼやかした方が曲にマッチすることもある。そういった意味では、今回のライブにはうってつけのマイクなのだ。


 ステージ袖からフロアをのぞいてみた。開演五分前ということもあり、フロアはほとんど人で埋め尽くされていた。お客は男女半々……いや、若干今は男性が多い。僕らのバンドが先だからだろう。ゴスロリ服に身を包んだ女性も多くいた。多分、その人達は先日のライブも観に来ていて、僕らがどんなバンドなのか見定めにきたというのもあるだろう。


 しばらくすると開演時間になり、フロアが暗くなった。次の瞬間、ステージにライトがあたる。最初にステージに上がったのは、姉貴だった。姉貴は今日のイベントのMCも務めているのだ。


「皆さんお待たせしました! 『TEAR‘S企画 夏へ向けての挑戦状・花いちもんめ対決!』いよいよ開幕です!」


 姉貴はいつも以上にテンションが高かった。お客が予想以上に集まって、単純に嬉しいのだろう。


「今回は『花いちもんめ』というタイトル通り、負けたバンドのメンバーを自分のバンドのメンバーにすることができます」


 そして、今回のルールを説明する。白いボールは僕ら、黒いボールは相手の票だ。二バンド終わったら、お客から良かった方の色のボールをカゴに入れてもらい、勝ったほうのバンドのみアンコールで再演できるのだ。


「それでは先攻、『B.B』の皆さん、お願いしまーす!」


 いよいよ僕らの出番だ。僕らはステージの横で、ハルを中心に円陣を組んだ。


「Go Play Music!」


 ハルが叫ぶと


「Fu!」


 と、全員で気合を入れた。この気合の入れ方は、ハルの提案だった。あるバンドのDVDを見たとき、メンバーがやっているのを真似たらしい。でも、本番前に声を上げると、確かにやる気が上がるように感じた。


 ステージに上がると、ライトが僕らを照らし出す。立ってるだけでも砂漠にいるような熱さだ。何度ステージに立っても感じる。でも、その熱さが僕は好きだ。熱いのに、もっと熱が欲しくなる。


 一曲目は『キューティーハニー』だ。舞くんが涼に目で合図する。涼はハルと僕を見た。よし、いける。


 僕は二度、バスドラを叩いた。それに合わせて涼のベースが正確にリズムと音を刻んでいく。僕とハルはそれに続く。イントロが終わると、舞くんの歌が始まった。お客のノリも悪くない。やはり聞き覚えがある曲はノリやすいのだろう。最前列には舞くんの熱狂的なファンが集まっていた。間奏に入ったとき、舞くんは客をあおったつもりなのか、かわいくウィンクを飛ばしていた。


 僕は立ち上がってクラッシュシンバルを二回鳴らした。そのままのノリを引き継ぎ、『線路は続くよどこまでも』に入る。最初練習したときは、かなりのアップテンポで皆のペースがめちゃくちゃになっていたけど、今はしっかり足並みが揃っている。お客もどんどん熱を上げていく。誰が始めたのか分からないが、合いの手まで入ってきた。


 二曲目が終わると、一旦舞くんは水を飲んだ。僕も汗を軽くタオルで拭いた。その間も舞くんへのコールがとまらない。男だってこともバレていないようだ。


 コールが一段落すると、ハコがしん……となった。そして、ハルのギターソロが始まる。『夜桜お七』だ。ハルのギターは何とも表現できない艶やかな音をかもし出していた。それに静かだが重圧感のあるバスドラを重ねる。舞くんはそれに合わせて厳かに、丁寧に歌い上げていく。フレーズが終わると、涼のベースが入り、一気にテンポが速くなった。サビに向けてどんどん速度を上げる。サビに入ると舞くんは歌というよりシャウトに近い感じで歌っていた。


 最後は「散らしてたまるかよ!」という叫びでしめた。


 ここまでの三曲はパーフェクトと言っていいほど、完全な出来だった。今まで練習してきた中で一番揃っていた。あとはラスト一曲をやりきるだけだ。


「ラストは、日曜聞くと鬱になるという有名曲! 行くぜ、『S』!」


曲紹介をした後、舞くんが一瞬下を向いた。息を整えているのだろう。おさまると、舞くんはハルにゴーサインを出した。


 ハルのギターが「ギュィイーン」と雄叫びを上げる。ゆっくりと、しかし濃厚に音をつなげていく。例えるなら、風船をどんどん膨らませていく感じだ。空気がパンパンになるところまで音を響かせる。それを僕のクラッシュシンバルの音で破裂させると、ギターとベースの早弾き競争が始まる。


 お客はこの前奏だけだと何の曲かもわからないだろう。しかも、タイトルは『S』という、聞いたことがないものだ。だが、終盤に向けて、ボルテージが上がってきたのは肌で感じることができた。


「ワン・ツー!」


 と舞が叫ぶと、やっと聞きなれているはずのイントロが流れる構成だ。だが、詞は違う。聞きなれたものではなく、ユーイチくんが書いたものだ。




『旦那をくわえたメス猫 追っかけて


包丁片手に 殺意の主婦S


皆が叫んでる 警察追われてる


ふざけるな オレはピエロじゃねぇ!』




 書いていた本人が言っていたことだが、あまりにも最悪な歌詞すぎて自己嫌悪になったらしい。


「こんなひどい替え歌、小学生でもしないですよ」


 そう言って、苦笑いしてたっけ。そんなユーイチくんの表情を思いながら、全身でドラムを叩いた。ハルも、舞くんも、きっと涼も同じ気持ちだと思う。そうであって欲しいとも思った。




 こうして僕らの演奏は終わった。ステージから楽屋に戻るとき、お客を見た。結構幅広いジャンルの曲をやったので、皆楽しんでくれたようだ。


舞くんコールも、僕らバンドへのコールもなかなか止みそうもなかったので、もう一度ステージに出ておじぎをした。


 顔を上げた瞬間だった。僕は、ここにいるわけのない人間の顔をしっかり見た。




「お疲れー!」


 楽屋に戻ると姉貴が迎えてくれた。このまま『SIN』をすぐ出してしまうと、涼が休む暇がないので、十分休憩を入れてくれたのだ。


「いやー、マジで面白かった! あんな変なセットリスト組むのなんて、あんたらくらいよ」


 僕の背中をバンバン叩く。さっきまでドラムを叩いてたから、肩が痛いのにな。でも、体の疲れは多少あっても、精神的に充足していた。何よりもノーミスで出来たこと、練習以上の力が出せたことが嬉しかった。それは他の二人も同じ思いだったようだ。ハルはもちろん、普段は髪を下ろしていて表情が読めない涼からも、笑顔がこぼれていた。


「さぁて、次、行きますかね!」


 十分経ったところで、また姉貴がマイクを持ってステージに立った。今度は『SIN』の出番だ。


「次は女性ファンの皆さん、お待たせしました! 『SIN』の皆さんでーす!」


 先頭をきってシノブが手を振りながらステージに上がっていく。涼はいつも左位置に立つので、登場は最後だ。


「あ、始まったね」


 舞くんがステージの方を見た。どうやら『SIN』は、オリジナル曲を四曲やるらしい。今日は対バンってこともあってか、生贄とかそういうMCはないようだ。


 僕は『SIN』のやっているような曲も嫌いではない。今回は舞くんが生贄に選ばれたり、同じ学校の涼くんがベースをやってるってことで色々あったけど、普通に知ることができていたらファンになってたかもしれない。まぁ、あのMCがどうにかなればの話ではあるけど。


 ユーイチくんも実はそうなのか、今はフロアの方に行っているようだ。投票もそこですると言っていた。そうすれば、一点分こちらに多く入るだろうということも踏まえているらしい。


「あ、そういえば」


 僕は目の前で上裸になり、スポーツドリンクを飲んでいたハルに声をかけた。


「西園寺がフロアにいたよ」


 僕はおじぎしたとき、ステージの上から西園寺を見たことを話した。だが、ハルはまともにとりあおうとはしなかった。


「お前、メガネかけてないだろ?」


 確かにライブの時は外すけど、それでも明るいステージの上からだとフロアは見渡せる自信はある。


「それか、他人の空似ってヤツだ」


 そう呟いて、舞くんと一緒に、ステージの音に耳を傾けていた。




『SIN』が四曲終わって、姉貴がボールの入ったカゴを持ってきた。どうやら楽屋で数えるらしい。僕らはテーブルの上に置いていたペットボトルなどを他の場所に移した。


 チケットの枚数を確認したところ、両グループとも三十人のノルマは達成していて、他に十二人が当日券で入ってきたらしい。


「じゃあ、数えるわよ」


 姉貴がボールを白と黒に分けていく。見ていると、結構五分五分な感じだ。やはり結果は半々といったところだった。


「白が三十七個、黒が三十五個。僅差だけど白の勝ちね」


 その結果を聞いたとき、心の中でガッツポーズをした。ポッとでのバンドが、ワンマンでやるバンドに勝つなんて、滅多にないことなんじゃないかな。そう思うと喜びもひとしおだ。


 喜びに浸っていると、シノブが異議を申し立ててきた。


「待ってください。こんな僅差なら、もう一度投票してもらったほうがよいのでは?」


 僕らに対してと姉貴に対しての態度の違いがあからさま過ぎて、逆に笑えた。しかも、負けたからもう一度投票してほしいと言っている。ここまでくると、少し哀れな気もしてくる。


「でも、もう決まったことですから」


 姉貴も笑顔で返す。確かに決まったことではあるが、姉貴の本音としては『もう一回集計すんの、面倒くさいんだよ!』といったところではないだろうか。それでもシノブは食い下がってきた。


「じゃ、じゃあ、俺らにも投票させてください。俺らはプレイヤーでもあるが、客でもある」


 む、これは厄介なことになってしまうぞ。あっちの人数は、シノブ、リュウイチ、カツミ、ケン、それに涼の五人。僕らの方は、ユーイチくんがさっきフロアで投票したから、ハル、舞くん、僕の三人。向こうは三十五票プラス五票で四十票、こちらは三十七票プラス三票で同じく四十票になる。そしたらドローゲームだ。そうなったら延長戦で逆転負けなんてこともあるかもしれない。


「あ、姉貴、これはもう決まったことだし……」


 僕が口を挟もうとしたら、ハルがそれをさえぎった。


「いいですよ。やりましょう」


 そういって、白と黒のボールをひとつずつ、全員に配っていく。ハルがそういうなら仕方ない。だけど、どうなっても僕は責任取らないからな。


 僕らは他の人の投票が見えないように、壁側を向いた。一人ずつ、カゴに入れていく。僕も投票した。無論、白に入れた。


 姉貴が全員入れたことを確認して、いっせいにカゴを見る。


「……」


 僕らは声をなくした。黒のボールは白のボールの中に一個だけ埋もれていた。


「お前ら、どういうつもりなんだよ!」


 キレたのはシノブだった。他のメンバーは涼を含め、全員僕らに投票していたのだから、キレても無理はない。


「リュウたんもカツみんもケンケンもりょうちんも! あんなに楽しくやってきたのに、何でだよ!」


 そう叫んで壁を殴る。緊迫した場面なのに、何故かシュールなコメディでも見ている気分になるのは、彼らに付けられたおかしなあだ名のせいだろうか。


 メンバーは全員、シノブと目を合わせないように下を向いている。そんな中、涼だけがシノブを見つめていた。


「ノブっち、僕らが白に入れたのは、理由があるんだ」


 シノブは涼を睨んだ。少し涙目になっているのは、気のせいじゃないだろう。


「ノブッち、最近ずっと練習来なかったじゃないか。合コンとか……ともかく女の子と遊ぶことしか考えてなくて」


 涼は苦しそうに自分の胸のうちを開ける。


「それは! だって、バンドやってたらモテたいだろ!」


 その台詞で舞くんはオチた。楽屋を出て、廊下で声を殺しつつ笑っている。まあ、シノブのいうことは否定しないが、こんな場面でそこまでストレートに言われたらなぁ。


 涼は続けた。


「僕はもっと練習したかったし、ライブもやりたかった! それなのに、ノブッチはリーダーなのに練習も出ないし。そんなのってないよ!」


「正直、DTMにまたハマりだしちゃってさ。いや、やっぱいいよ。電子音」


 そう言ったのは、リュウたん、いや、キーボード担当のリュウイチだった。ちなみにDTMというのは、デスク・トップ・ミュージックのことだ。最近はソフトも色々出て、すごいなと思う。


「俺は、そろそろ結婚しようと思っててさ。悪いけど、今日でバンド抜けて、仕事探すわ」


 ドラムのカツミは意外と堅実なタイプの人間らしい。この結婚宣言は、他のメンバーも驚いていた。


「ケンケンは、残ってくれるよな?」


 シノブがどんどんかわいそうなヤツに見えてきた。もうギターのケンにすがりつくような声で引止めにかかっている。が、ケンはシノブにとどめを刺した。


「シノブ……お前、俺の彼女に手ぇ出しただろ」


 場が凍りついた。これは最悪なパターンだ。シノブはとうとう床につっぷして泣き出した。なんつー修羅場だよ。


「とりあえず、あんたらの勝ちだから、アンコール行ってきなさい。客待たせてるし」


『もうどうでもいい』的なニュアンスを含めた姉貴の声だったが、それが僕らの背中を押した。


 僕、ハル、舞くん、涼の四人で再びステージに立った。


 フロアからは歓声と悲鳴が聞こえた。きっと中には、たったいま分解されてしまった『SIN』のファンもいるだろう。だけど、ここから先は僕らだけのステージだ。時間はかかったが、やっと正式メンバーとして涼を迎えることができたし。


 舞くんが、拡声器を通して、お客に涼を紹介する。


「えーと、今日からうちの専属ベーシストとなりました、りょうちん先輩でーす!」


 その言葉に、ファンは悲喜交交の反応だ。舞は涼に聞いた。


「えーと…、でもマジでいいの? りょうちん先輩。俺らのバンド入っちゃって」


 涼は静かに答えた。


「いいんだ。それに、何だかこっちの方が面白そうだし……」


その答えに、歓声と悲鳴が入り混じる。とりあえず、この場を収めるために一曲何かやらないと。そう思ってハルを見た。だが、ハルはギターをかけたまま、棒立ち状態だ。まさか。


 嫌な予感が的中した。ハルがドラムの方に下がって、僕にこそっと言った。


「すまん。アンコールのこと忘れてた」


「えぇっ?」


 と言っても、ハルばかり責めるわけにはいかない。僕だって、勝者はアンコールがあることをすっかり忘れていたのだから。涼は二つのバンドの練習をやっていたし、舞くんだって、発声練習を頑張っていた。ユーイチくんも一生懸命に手伝ってくれた。ミブのアレンジあってこその勝利でもある。誰一人として責めるわけにはいかない。


「舞くん!」


 ドラムのイスから立ち上がって、舞くんを呼んだ。


「きっしー先輩、何?」


 まだ気分が高揚しているのか、ウキウキした口調だ。とりあえず僕は、舞くんを混乱させないように今の状況を説明した。その上で訊ねた。


「ともかく誰でも知っていて簡単に歌える曲、ない?」


「うーん、ラストだし、やっぱあれかな」


 舞くんは僕にその曲名を伝えると、涼にも耳打ちした。僕は舞くんが言った曲名をハルに伝えた。そろそろお客も待ちくたびれている。ただでさえ集計で揉めて、時間が押してるからな。


 僕はメンバーの様子を確認して、舞くんに合図した。


「それじゃ、最後の曲行くよ! 『蛍の光~Ver.TEAR‘S』!」


 即興で『蛍の光』なんてやるとは思わなかった。でも、今はやるしかない。ハルと涼に呼吸を合わせて、心の中で「せーの!」と叫んだ。


 正しくリズムをつかんで、頭の中で数えてたはずだったのに、演奏はバラバラ。舞くんとお客の声だけがハコの中に響いた。あれだけ本編ではうまくやれたのに、最後の曲は、一番メチャクチャだった。


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