Vol.12 First&Last GIG
コンサートは午後一時からだったが、僕らと親衛隊の皆は午前九時にはすでに集まっていた。
音響の最終調整をするためだ。十時には秋川たちが登校してきてしまうので、手早く行なわければならない。
「その前に、これ。姉貴から」
僕は今日のためにと、姉貴が貸してくれた耳にかける形のトランシーバーを皆に渡した。携帯よりこっちを使う方が便利だろう。皆はそれを装着した。
ハルや涼は、ギリギリまでギターやベースをいじっていた。音がずれないか心配だったのだろう。ミブも、キーボードのセッティングを確認していた。僕はというと、そんな皆の様子を見ながら、いよいよ本番だ、という何ともいえない緊張感の中で、少しでもリラックスしようとお茶を飲んでいた。
楽器や音響の確認が終わったら、ユーイチくんは秋川を正門まで迎えに行った。ここから先は、ユーイチくんが秋川にべったりくっついて、動向を僕らに伝えてくれる。
放送部部長はこの後正式な仕事があるので、舞台に残り、親衛隊も一時解散となった。残った僕らは、音楽準備室で休憩することにした。
「はぁ、もう緊張して、昨日は眠れなかったよ」
僕が言うと、警備員の服に着替えていた舞くんが笑った。
「何言ってんの? 俺なんて、ライブハウス以外で歌うの、合唱発表会以来だよ。きっしー先輩の方が場数踏んでるんだから、自信持ってよ」
そう言って、背中をバシンと叩かれた。後輩に元気付けられるようじゃ、僕もまだダメだな。
舞くんとハルの着替えが終わった頃、誰かが音楽準備室の扉をノックした。
「姉貴、何でこんなところに来たの?」
ドアの前にいたのは、姉貴だった。あまりに突然だったので驚いたが、一応陣中見舞いに来てくれたようだ。
「倫、いつもここか屋上にいるって話してたのを思い出してね。はい、鯛焼き持ってきたよ」
鯛焼きを僕に渡すと、そのまま警備服を着た舞くんに近寄っていった。
「舞くん、今日もかわいいコスプレねぇ」
舞くんは、姉貴のことを最初の方は「きれいで美人なお姉さん」と慕っていたが、ライブで何度か女装させられてからか、少し及び腰になっていた。
「あっ……ありがとうございます」
喜んでいいのか分からず、とりあえずお礼だけ言っているようだ。そんなびくびくしている舞くんを見て、姉貴のSの血が騒いだのか、突然舞くんに抱きつこうとした。
「いつもながら、かわいいわねぇ」
「姉貴! 未成年淫行だぞ!」
今日は、ユーイチくんという保護者がいない分、僕が舞くんを守らないといけないと思い、姉貴から舞くんを引っぺがす。
「もう、なによぅ。せっかくメイクしてあげようと思ってきたのにぃ」
姉貴は当然ながら機嫌を損ねて、愚痴ってきた。それでも僕は相手にしない。
「メイクなら、僕でもできるから」
「俺も、できればきっしー先輩にやってもらいたい」
舞くんが僕の後ろから小さい声で主張した。そんな様子を見て、姉貴は仕方なく降参してくれた。
「しょうがないなぁ。ま、今日はめったに入れない男子校にいるわけだし、十分見学させてもらうわよ。あと、舞台楽しみにしてるからね」
そう言い放って、姉貴は音楽準備室を後にした。
「お前ら、鯛焼き食わないんだったら、俺食うぞ」
ハルと涼は、姉貴からの差し入れを早速開けて食べている。
「あ、先輩達! ずるいよ!」
さっきまで怯えていた舞くんは、そんな様子もどこ吹く風で、鯛焼きを二つ確保して、早速頭から食べていた。
正午。僕と涼は偵察もかねて、こっそり舞台袖まで来ていた。特に生徒会にバレたわけでもなさそうだし、これから本番まであとは待つだけだ。ユーイチくんからも連絡がないということは、聡い秋川にも今のところバレていなさそうだ。
「念のため、舞台の付近は立ち入り禁止にしておいてもらってよかったよ」
涼とそんなことを話していると、後ろから声がかかった。
「えーと、貴志川先輩と月丘先輩ですよね」
思わず僕らは振り返った。そこには、生徒会の榊がいたのである。今、榊に舞台を見られたら、きっと秋川に伝わるだろう。ここはどうにかして舞台から遠ざけないと。
「さ、榊くんだっけ。何か用?」
僕は声が上擦るのをガマンし、用件を聞いた。
「ピアノがちゃんと舞台にセットされてるか確認するように、会長に言われてきたんです」
これはマズい。もうすでにグランドピアノは今いるところの反対の舞台袖に移動されていて、出ているのはドラムとキーボードだ。
「え、と、それなら、僕らが代わりにやっておこうか? 暇だし」
僕はうろたえながら提案した。この提案に乗ってくれるなら問題ない。だが、榊くんは譲らなかった。
「いえ、言われているのは僕ですから」
舞台の入り口をふさいでいる僕らを押しのけて、前に進もうとする。僕と涼は、そんな榊くんのシャツの裾を引っ張って、何とか止めようとする。
「あ! そ、そういえば、さっきユーイチくんが呼んでたよ?」
咄嗟に涼が嘘をつく。ユーイチくんなら、そのくらいは察してフォローしてくれるだろう。しかし、それでも榊くんは強行突破しようとした。
「今井くんでしたら、舞台を見た後すぐ行きますから」
僕らの言葉に全く耳を貸さず、榊くんはどんどん舞台に近づいていく。本格的にヤバい。
「さ、榊くん、そういえば、音響は大丈夫だったの?」
「お客さんのほうは?」
必死に舞台へ登ろうとする榊くんを止める僕らだったが、逆に榊くんに不審を抱かせてしまった。
「先輩達、舞台に何かまずいものでもあるんですか?」
単刀直入に聞かれてしまった。僕らは「あー」とか「うー」とか言って、何とかごまかそうとするが、そのごまかしは余計に不信感を煽っただけだったらしい。僕らが引っ張るのを無理やり振り払い、榊くんは舞台袖に上がった。
「これは」
バレた。榊くんにバレたということは、生徒会長である秋川に伝わるに決まっている。そしてゲリラライブももちろん中止。その後はゴリ山他先生からのお小言が待っているだろう。あぁ、もう最悪だ。
僕と涼は、その場に座り込んだ。何日も練習してきたのに。バンド全員が一丸となって、今までやってきたのに。ハルや舞くん、ユーイチくんもそうだが、ミブには本当に悪いことをしてしまった。
僕ら二人は、榊くんが引導を渡すのを待っていた。
「ゲリラライブでもする予定だったんですか?」
榊くんは極めて優しい声で、僕らに訊ねてきた。肯定も否定もできない。ここで何かしゃべったら、僕ら以外の親衛隊の皆にも迷惑をかけてしまう。二人して、ただ黙っていた。
「生徒会としては、こういうことってすごく困るんですよね」
ため息をつきながら、頭を軽く触る。そして、うーんと唸る。
「見つけたのが僕でよかったですよ。会長だったら、即中止にしてたでしょうね」
一瞬、榊くんの言いたいことがよくわからなかった。僕だけでなく、涼も言っている意味を理解していないような顔をしていた。一体どういうことだ?
「秘密ですよ。僕、こうやって誰かが派手に舞台壊してくれるの、待ってたんです」
僕らにだけ聞こえるような小さな声で、彼は囁いた。あまりに突然のことだったので、まだ事態が飲み込めていなかった。
「校内行事だとか、お偉方だとか、クソ食らえですよ。先輩達、今日はここで暴れてくれるんでしょう?」
そういうと、舞くんほどではないがかわいらしい顔で、にっこりと笑った。まるで悪魔の微笑だ。
榊くんはその場で携帯を出し、秋川に電話した。
「会長ですか? 舞台は問題なくセットされていましたので」
電話を切って、また僕らに笑顔を見せる。
「これで一応、会長の足止めはできたと思いますよ」
これって、榊くんが、僕らの手伝いをしてくれたってことか? 秋川に忠実な後輩だと思っていただけに、驚きは十割増しだ。
「でもいいのか? 僕らの仲間ということになるぞ」
涼が言った。そうだ。後々今日のことが問題になったら、『舞台に何の異常もなかった』と言った榊くんにも、その責任が追及されてしまう。
「大丈夫です。僕が舞台を確認した後、何者かが舞台をいじった、ということにすれば、問題ないでしょう?」
僕は正直驚いた。榊くんがそこまで考えているとは。末恐ろしい後輩である。
「それに、前言ったと思いますけど、僕、ロック大好きなんですよ。先輩達が何をしでかすのかわからないですが、僕、期待してますから」
笑顔で手を振りながら、榊くんは舞台を後にした。僕と涼は、お互い顔を見合わせた。
「いいのかな?」
「その場で電話もかけていたし、大丈夫じゃないか?」
榊くんは胡散臭かったが、もうすぐ開場だ。今から舞台を作り直すなら、早急に秋川に相談しなくてはならない。だが、それをしなかったということは、少しは信用してもいいのではないだろうか。皆に言うと変に心配するだろうということで、このことは僕らの胸にしまうことにした。
とうとう開演十分前。秋川は、真ん中付近の前から三列目にいた。老夫婦やいかにも偉そうなおじさんを案内している。きっと老夫婦が西園寺の祖父母、偉そうな人間は、音大の理事長やその他音楽関係のお偉方だろう。その横には、申し訳なさそうにユーイチくんが立っていた。
そんな中で僕らみたいなバンドが演奏するなんて、今から足がすくんでしまう。
「客は客だろ……」
涼が緊張し始めている僕の肩を軽く叩いた。確かにそうだ。僕だって、サポートだけど何回もステージに上がってきたんだ。今頃緊張するなんて、らしくない。
涼はこんなときでも冷静沈着だった。元いたバンドがすごく人気で、ワンマンライブもやったことがあるくらいだから、いちいちお客の熱気に押されたりはしないように訓練したのだろう。
「ごめん、遅くなった」
トイレに行っていたミブも、僕らに合流した。今日もミブは覆面着用だ。やっぱりいまだに素顔をさらすのは勇気がいることなのだろうか。
「西園寺本人は見つかった?」
僕はさりげなくミブに聞いてみた。
「うん、さっき中庭で会った。いつも通りに頼むって。あと、後ろのほうで見てるって言ってたから」
後ろに居てくれる方が僕らにとってはありがたい。演奏を始めてしまえば、混乱は間違いなし。そうなれば、後ろにいる西園寺が舞台に上がることはできないだろう。
僕と涼は、舞台裏で一安心した。まだ幕は上がっていないので、そのままスタンバイしていてもいいのだが、万が一ここでバレたらしょうがないということで、隠れることにしたのだ。
舞くんとハルは、警備員の格好をして、会場の出入り口に立っている。舞くんの手には、拡声器が握り締められている。これをマイク代わりにして、この子が会場を乗っ取るなんて、誰も想像してはいないだろう。そう考えると、子供みたいになんだかドキドキわくわくする。
一応予定では、そろそろハルが舞台に上がってくるはずだ。開演ブザーと同時に幕が開き、僕らが登場するという寸法だ。舞台の前と袖には、十人の親衛隊が立ちふさがっているので、そう簡単には演奏をやめさせられないはずだ。
『西園寺那波コンサート、まもなく開演です!』
開演五分前のアナウンスが鳴った。ハルは警備員の帽子を脱いで、ギターを肩にかける。僕もドラムのスティックを持ち、いつでも準備万端だ。涼はスタンドに何個かついているピックを確認していて、ミブは曲のデータを呼び出していた。あとは舞くんだ。
「あいつ、何してるんだ?」
ハルは舞くんがいないことに焦りを感じたらしい。僕の時計が正しいなら、あと三十秒で幕が開く。なのに舞くんは舞台に上がってきていない。かといって、メンバーはもう定位置についてしまっているので、舞台袖まで見に行く余裕もない。
「こうなったら、開演まで待つ。それで間に合わなかったら、舞なしで始めるからな」
ハルの言葉に、全員が頷いた。
開演のブザーが鳴った。一瞬客席がシン、とする。幕がゆっくりと上がっていく。放送部部長の舞台演出により、照明が熱いほどに僕らを明るく照らす。
僕らは涼を見た。この曲のイントロは涼のベースから始まる。四小節終わったところで、ハルのギターと僕のドラムが入る。そしてまた四小節すぎると、ミブのキーボードが重なっていく。本当はそのあと、舞くんのボーカルが入るんだけど……。
『Hear The Sound Of Us!』
後ろのドアから客席の間を全力疾走しながら、舞くんが拡声器を使い絶叫した。舞くんはダッシュで舞台までくると、警備員の帽子を投げ捨て、ひょい、と舞台に上がった。金髪ツインテールのカツラをつけている舞くんは親衛隊から大喝采を浴びて、舞台中心に移動した。
ここから僕らの音楽が始まった。
『情熱の弾丸を 今すぐ撃ち込むぜ
夢なんてみてる暇はない 目をそむけるな
今しかない この時代ときを体全体で精一杯感じて
傷つこう 何も恐れるな 高く速く遠く飛び出せ!』
一番が終わると、舞台下がざわつきはじめた。パンフレットに載っていないゲリラライブだ。そりゃ、当然皆驚くだろう。秋川と、西園寺の祖父母、お偉方は、もう何がなんだか分からない様子で、あっけにとられていた。二番が終わる寸前に、我に戻ったのか、秋川が舞台を中止させようと袖の方まで登ってきた。が、舞くんの親衛隊に阻まれ、前に進めない。
あとは最後のサビを残すだけだ。すると、今度はゴリ山先生他、教員が乗り込んできた。さすがに親衛隊でも、教員を相手にはできなかった。僕らの演奏をやめさせるために、舞台へ上がってきた。それでも僕らは最後まで抵抗した。そして、何とかラストまで曲を演奏することができたのだった。
だけど、サプライズはこれから。舞くんは教員を押しのけて、ミブの方へ駆け寄った。
「皆さん! 覆面男の正体は!」
そう舞くんが叫ぶと、ミブは覆面を脱いで客席側に投げ捨てて、大声で叫んだ。
「僕は、西園寺那波の双子の兄貴、壬生城井波だ!」
制服の襟を汗でぬらしながら、ミブは拡声器で体育館全体に響くような大声で叫んだ。




