第二章 足音の深さ
廊下では、足音までが部屋のつづきを引きずるのかもしれない。
客間を出たばかりの足音。
帳場へ急ぐ足音。
庭から戻る足音。
門へ向かう足音。
同じ板の上を通っても、それらは少しずつ違う。
強い弱いだけではない。
速い遅いだけでもない。
声がまだ客間にある人の足音は、どこか畳のやわらかさを薄く残している。
帳場の用へ戻る人の足音は、同じ歩幅でも少しだけ角が立つ。
庭から入ってきた人の足音には、外の湿りや光の遅さがまだ混じっている。
廊下とは、そうした足の違いが、次の場所へ行くまでのあいだだけ同じ板の上に並ぶ場所なのだろう。
第十五作のここまで来て、湊はようやく、その“足音の深さ”を意識し始めていた。
翌朝、宿の中には青葉の光がさらに濃く入っていた。
庭の葉が一晩で急に増えるわけではない。
それでも朝の光の角度が変わるだけで、廊下の板に落ちる色は昨日より少し深く見える。
欄間の影も細かい。
床板の艶に緑が淡く映り込み、その上を通る人の影が前より柔らかい。
青葉の季節になると、廊下はただの通路ではなく、部屋と部屋のあいだにできる細い水路のようなものになるのかもしれなかった。
声や気配や足音が、そこを静かに流れていく。
そして人は、その流れに少しずつ自分の速度を合わせながら次の場所へ移るのだろう。
朝食のあと、汐里は客間から帳場へ戻る廊下を一度ゆっくり歩いていた。
何か急ぎの用があるわけではない。
けれど、その歩き方自体がどこか“廊下の時間を確かめている”ように見えた。
客間の障子を少し閉める。
廊下へ出る。
庭の光を横目に受ける。
そして帳場の前で足をほんの少し速める。
その変化が、とても小さいのに、はっきり分かった。
「今の」
湊が言う。
「ええ」
汐里は足を止めて振り返る。
「廊下でしたね」
「そうですね」
「どうして分かるんですか」
「客間の歩き方のまま帳場へ入らなかった」
「……」
「途中で、少しだけ変わった」
「はい」
汐里は小さく笑った。
「最近、そこが気になるようになってきて」
「どういう意味で」
「部屋で落ち着いた声や気持ちって」
「ええ」
「すぐには帳場の手や声にならないんですよね」
「そうですね」
「だから廊下で少しだけ切り替わる」
「かなり第十五作です」
湊は静かに言った。
そのとおりなのだろう。
客間で声が下りる。
沈黙が残る。
少し先を向く角度ができる。
だが、そのまま帳場の役目へは移れない。
そのあいだに、廊下が要る。
歩きながら、足音の深さが変わる。
手の置き方が変わる。
視線の高さも変わる。
廊下は、その切り替えを急がせないための場所なのだろう。
午前のうちに、近所の女が用事で上がった。
帳場で一言二言交わしたあと、汐里は客間へ通す。
そこで少し話をし、女は帰ることになった。
その帰り際だった。
客間の座布団から立ち上がり、障子をくぐり、廊下へ出る。
そこで女は、すぐ門のほうへは向かわなかった。
廊下の中ほどでほんの一拍、足を遅くしたのだ。
庭の光を受けたのか、話したあとの静けさがまだ身体に残っていたのか。
理由は一つではないだろう。
だが、その一拍の遅れが、客間と門のあいだに廊下という時間があることをはっきり見せていた。
「今のですね」
湊が言う。
「ええ」
汐里も頷く。
「門へ行く前に」
「廊下で少し止まりました」
「どう見えますか」
「客間のあとを」
汐里は庭の光を見ながら言う。
「そのまま急いで消してない感じです」
「……」
「廊下で少しだけ持って歩いて」
「はい」
「それから門へ行く」
「そうですね」
「廊下って、部屋の余韻を運ぶ場所なんですね」
「かなり」
湊は答えた。
昼前、篠原が持ってきたのは、昔の修繕記録の端に書き込まれた短い注釈だった。
板のきしみや窓枠の具合についての実務の中に、妙な一文が混じっている。
――客間前の廊下は、急ぎ足だと少し音が立ちすぎる。
――おかみさんは「ここはもう少し深い音で歩くところ」と言った。
――意味はよく分からぬが、たしかにこのあたりはそういう歩き方になる。
「深い音で歩く」
湊が読む。
「すごいですね」
汐里が目を丸くする。
「ええ」
篠原が頷く。
「かなり春口らしい表現です」
「どういう意味でしょう」
「おそらく」
篠原は少し考えてから言う。
「速さのことだけではない」
「ええ」
「板を強く鳴らさず、しかし気配は消しすぎない」
「……」
「客間のあとを少し持ったまま歩く音、ということかもしれません」
「それ、分かる気がします」
汐里はすぐに言った。
「帳場へ急ぐ音じゃないし」
「門へ向かうまっすぐな音とも違う」
「はい」
「少し中身のある歩き方」
「そうですね」
その“中身のある歩き方”という感覚が、とても廊下らしかった。
人は廊下で、ただ移動しているわけではない。
部屋で受けたものを少し抱えたまま歩く。
だから足音にも深さが出る。
青葉の光がその上に落ちることで、その深さはなおさら見えやすくなるのだろう。
「お母さん」
汐里が言った。
「ええ」
「こういうのも分かってたんですね」
「かなり」
湊が答える。
「部屋を出たら終わりじゃなくて」
「はい」
「そのあと、どう廊下を通るかまで」
「そうですね」
澄江は、部屋の中だけの人ではなかったのだろう。
橋と坂のあいだ、庭と門のあいだ、客間と帳場のあいだ。
人が場所と場所のあいだをどう運ばれていくか、その途中まで含めて見ていた。
第十五作の廊下は、その視線をさらに細やかに浮かび上がらせているのかもしれなかった。
午後、湊は一人で客間から門へ向かう廊下を、わざと少し速度を変えながら歩いてみた。
客間のすぐ外では、まだ足音を深くしたほうがしっくりくる。
庭の光が濃く入るあたりでは、少しだけ外の気配が混じる。
門に近づくにつれ、足音は町へ向かうものへ変わっていく。
同じ廊下なのに、一歩ごとに役目が少しずつ違う。
なるほどと思う。
廊下とは一本の道ではないのだろう。
細く長い中に、いくつもの移り目がある。
だからこそ、人の気持ちも声も足も、そこを通るあいだに少しずつ次の場所へ変わっていけるのかもしれなかった。
そのとき、父のことがまた思い浮かんだ。
客間で少し低い声を残した父。
では、そのあと廊下をどんな足音で歩いただろう。
すぐ門へ急いだのか。
それとも客間の静けさを少し背負ったまま、深い音で歩いたのか。
もし後者なら、父はまた一段、これまでより生活の中の人に見える気がした。
人は話す場面だけではなく、そのあと部屋を出てどんな足音で歩いたかにも残るのだろう。
夕方近く、汐里は廊下の途中で一度だけ立ち止まり、欄間から入る緑の光を見ていた。
帳場へ向かう途中だったはずなのに、すぐには行かない。
その一拍もまた、廊下の時間なのかもしれなかった。
「どうしましたか」
湊が訊く。
「少し」
彼女が言う。
「廊下って、思ったより“通るだけ”じゃないなって」
「ええ」
「どういうところが」
「ここで、声が抜けたり」
「はい」
「逆に少し残ったりする感じがあるんです」
「そうですね」
「客間を出た人が、そのまま別の人にならなくていい場所」
「かなり本質的です」
湊は静かに言った。
それがまさに、第十五作の芯なのだろう。
廊下は、人をすぐ次の役目へ変えない。
部屋で受けたものを少し残したまま、次の場所へ運ぶ。
だから廊下には青葉の光がよく似合う。
濃くなりつつある季節の途中の色として。
夜、ノートにはこう書いた。
――廊下では、足音までが部屋のつづきを少し引きずるのかもしれない。
――客間を出た声や沈黙は、すぐには消えず、深い足音になって次の場所へ運ばれていく。
――澄江は、その運ばれ方まで見ていたのだろう。
――父にもまた、客間のあとを少し背負ったまま廊下を歩いた時間があったのかもしれない。
――第十五作は、部屋と部屋のあいだで人がどう移っていくか、その途中の深さを描く巻になっていくのだろう。




