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告白

 それから特に変化の無いまま時間だけが過ぎていた―――


『ジョゼットの居残りの件は女の子が男ばかりの酒盛りに参加するのは危ないと思ったからそうしたんだよ』


と王子が弁解していた。それをした肝心の本人は何も言ってくれない。子供扱いされているようで腹が立った。ジョゼットはムカムカしながら、相変わらず氷の仮面のようなマティアスの前に立っていた。仕事の指示を待っていたのだ。

 

その時、彼の机の端に私物の手紙が目に入った。無造作に開いていたその手紙は、動いたマティアスの袖に触れて下へ落ちた。ジョゼットはあっと思いそれを拾ったが、ついその文章を見てしまった。暗記能力はそれこそ一瞬見るだけで覚えてしまうので、読むつもりは無くても目に入れば読んでしまうのだ。だからその能力が疎まれる事も度々あった。その手紙に綴られた文章はマティアスの婚儀の詳細だった。普通なら見なかった振りをしてやり過ごすのだが、思わずそれを口にしてしまった。


「閣下…ご結婚されるのですか?」


 マティアスは彼女が拾った手紙をチラリと見た。それは新しく就任した大神官からのものだった。

「ええ。そうみたいですね」

「そうみたいって…まるで人事みたいなんですね?」

「昔から決められていた事ですし、神殿も落ち着いたという事でしょう。そろそろ本格的に話しを進めているようですね。私にとって仕事に支障がなければどうでもいい事です」


 ジョゼットは自分の結婚をどうでもいいと言っているマティアスが信じられなかった。彼は本当に仕事以外無関心なのだ。そう思うと自分の事も仕事に役立つから気にかけてくれているだけだと思ってしまう…これが終われば思い出しもしない存在になりそうな気がして来た。だからマティアスから少しでも違う言葉を聞きたくて問い続けた。


「閣下はご結婚相手の方を愛しておいでですか?」

「愛?ジェラール王子は大いに推奨しますけれど…私自身それを必要と思った事はありません。でも主君が妃は一人だけだと言っていますから、私も一人だけにするつもりです。だから大切にはするつもりです――あなたもブリスと近々なのでしょう?私の事より自分達の将来を考えたらいい…」


 マティアスはいつものように淡々と言っていたが最後の方は低く更に冷たかった。


「閣下は寂しい方ですね!そんな方に祝福されたら嫌なので言いますけれど、私とブリスはそんな仲ではありません!彼とは気の合う友達というだけだし、ブリスはちゃんと好きな子がいます。母が一人で盛り上がっているだけなんです!だから私の心配は無用です!」


 ジョゼットは腹が立ってマティアスに食ってかかると、次の仕事を彼の手からもぎ取るように奪い自分の持ち場に戻って行った。

マティアスはその態度に唖然としたが心は浮き立つものを感じていた。

そしてその時から永久凍土の氷が融けたようだった。

しかし逆に太陽に向って咲く向日葵のようだったジョゼットが笑わなくなってしまった。資料室は一難去って又一難という感じだった。



 ジョゼットは休暇を貰っても相変わらず王城から出られない。でも今ではすっかり打ち解けて友人になったフェリシテの宮殿に遊びに来ていた。彼女は以前王子宮に住んでいたが、今はジェラール王子がユベールとして住んでいた場所に移っている。正統な王子が現れたから王子宮にいた彼女が彼と入れ替わったのだ。婚儀が済めばまた移る事になるのだが一応けじめとして面倒な事をしているようだ。


「ジョゼ、なんだか元気が無いみたいね?どうしたの?」

 同じような台詞をリリアーヌからも以前訊ねられた。

その時は仕事が首になって落ち込んでいたのだが…今は…

「私って駄目ね…すぐ顔に出るから。みんなもどうしたんだろうって私のこと窺っているし…嫌になっちゃう」

「私で良かったら相談にのるわよ。本当にどうしたの?」

 ジョゼットは情けない顔をして大きな溜息をついた。


「フェリシテって本当にきれいよね…羨ましい。私ったら背は低いし胸は無いし童顔だし…そのうえドジだし…とりえなんか変な特技だけで全く駄目…ねえ!フェリシテ、教えて!閣下があなたの夫候補だった時ってどうだったの?あなたはどう思った彼の事!」

「な、何を急に、閣下ってマティアス様のこと?」

 ジョゼットが必死な顔をして頷いている。

「も、もしかしてジョゼ、マティアス様のこと好きなの?」


 フェリシテは彼女がというより…マティアスがジョゼの事を気にしているという話しはジェラールからは聞いていた。


「うん…そうみたい。はじめは嫌な奴としか思ってなかったんだけど…何か気になって…やっぱり好きかなぁーと。でもやっぱりあいつは嫌な奴だったのよ。自分の結婚のことなんてたぶん書類の一枚読むよりも大事じゃなくて、奥さんになる人なんかスカートをはいていれば何でもいいと思っているのよ!」

 酷い例えだがそうかもとフェリシテは思った。

「マティアス様は結構、淡白だから…」

「淡白?そんな言葉じゃ足りないわ!無関心無感動の鉄仮面男よ!でも、でもね。私、あの人がフェリシテの事を本当は好きなんだろうなと思っていたの。だから私、フェリシテには敵わないと思っていたし…そりゃフェリシテとは実らない恋だろうけれど、だからってあれは無いと思うわ!だから私、女として許せないのよ!」


 フェリシテは彼女が言いたい事は良く分かる。自分もそう思っていたからだ。


「ジョゼ、あなたの言う事は分かるわ。でも名門貴族ってそういうものらしいのよね。私も同じような事を王子から聞いた時なんてとっても怒ったのよ。王子なんかもっと酷かったわ。女は若くて丈夫で子供が産めればいいし、それで美人なら特をするみたいな事を言ったのよ」


「さ、最低!何それ!」


「でしょう?本当に嫌な考えよね。でも王子は今ではそういう風に思っていないわ。マティアス様だって考えは変わるわ」

「そうかしら?はぁーでもそうだとしても身分違いだし由緒正しい許婚が結婚間近で控えているものね。そして心に秘める人はフェリシテだなんて私に全く望みなんて無いものね」


 フェリシテは何も言えなかった。マティアスが自分の事を想っているとは思わないが、それ以上に二人の間の障害は大きいと思ったのだった。身分違いは本当に大きな障害だろう。それもマティアスは一級の王族だ。彼らは血統を最優先させると聞いている。それは長い王国の歴史の因習であり、違えることの出来ないものらしい。だから王族の婚姻は管理され、それに反する者と結ばれたい場合はその義務を果たした後に娶るのが普通だった。


だが庶民では逆に不道徳だと思う。当人同志がそれでいいなら構わないというところだろうが、自立心の強いジョゼットには絶対無理な話だと思った。でも…

「それでいいの?ジョゼ?それと誤解しているみたいだけど、マティアス様が私に抱いている感情は女性に対する特別な感情とは違うわ。私もこういうのは疎いからよくジェラールに怒られるんだけどね〝君は迂闊過ぎる!〟ってね」


「どういうこと?」


「好感以上の感情を持つ人に、私が期待を持たすような接し方をするって言う訳よ。それにそういう人達にはジェラールったらまるで子供みたいに立ちはだかって徹底的に諦めさせるのよね。それは見事なものよ。呆れるくらい独占欲が強いんだから…時々本当に困ってしまうのだけどね。そこでなんだけどマティアス様には、その矛先は向いてない訳よ。彼はジェラールの敵では無い証拠でしょう?」

 ジョゼットは怪訝な顔をした。

「でも、前にフェリシテと閣下が楽しそうに話しをしているのを見て王子は〝浮気現場発見〟とか言っていたわよ」


 フェリシテは、クスリと笑った。

「それってふざけて言っていたでしょう?」

「ええ、そんな感じだったけど…」

「あの人が本気ならそんな言葉を言う前に、凄い形相をして一目散に飛んで来るからそれは見当違いよ。結局私の言いたいのはマティアス様にとって私は特別な対象では無いというのがジェラールの見解」

「うーん。あの如何にもそういうことに慣れているというか…経験豊富そうな王子が言うのなら間違いないでしょうね…」

「私としては気分がいいものじゃないけれどね」

「それもそうね!でも何だかすっきりした気分。ありがとうフェリシテ。私、今思ったんだけど…このままじゃ自分らしく無いから言いたい事言ってみるわ。それでどうこうなりたいと思う訳でも無いし、なる訳でも無いならあの鉄仮面をちょっとビックリさせるのも面白いじゃない?う~ん、でもあの人なら驚かなくて〝くだらない〟って一言いう確率が高いかもね。そして淡々と言うのよ〝次はこれをしてください〟って」


 ジョゼットはそう言って笑った。いつもの彼女の明るい笑顔だ。


「ジョゼ、言うのは辛いけれどマティアス様は…」

「分かっているわよ。あんなに真面目で国家思いの人が自分に課せられた義務だとか、定められた軌道から絶対に逃げないし外れない人だというのは分かっている。あの人を困らせるつもりも無いのよ。あっ、変な言い方ね。私の事なんて便利な目次か、しおりぐらいにしか思って無いから困る事は無かったわ」

 覚悟を決めているジョゼットにフェリシテはそれ以上何も言えなかった。ただ彼女が傷付かないで欲しいと願うだけだった―――


 翌日のジョゼットはまるで雲が晴れて眩しい太陽が顔を出したかのような明るさだった。周りは皆驚いたがほっと安心した。そして変わったと言えば前より遥かにマティアスへの笑顔が違うぐらいだろう。それを見ればこういう事に敏感な者は直ぐに気が付くものだった。現にレジスが早速、ジョゼットへ耳打ちしてきたのだ。


「ジョゼ、お前さあー閣下の事好きだろう?」

「うん、そうよ」

「うん、そうよって…また何てややこしい人を…」

「ややこしいって?んーそうよね。確かにややこしいわね。でも仕方が無いじゃない。好きになったのはしょうがないもの」

「はあーお前って…まあいいけどさ。で?どうするんだ?妾希望なわけ?」

 ジョゼットはむっとした。


「違うわよ。そんなんじゃないもの。私の単なる自己満足。それにあの人がそういう面倒な事すると思う?私だって嫌よ」

「それもそうだな…」

「でしょう?それに愛妾になれるほど自信は無いわ」

 ジョゼットはそう言って襟元の隙間から自分の小さな胸を覗いた。

「ばぁか!そんなん無くたってジョゼは可愛いって!俺の嫁さんになって欲しいぐらいだ」

「ふーん。ありがとう。素直に受け取っとくわ」

 そして二人は笑った。


「何楽しそうに話ってんだ?」

 楽しそうに耳打ちしあう二人に側にいた仲間が聞いた。

「ああ、ジョゼを俺が嫁さんに貰ってやるって話しさ!」

「もう!レジス違うでしょう!勝手にそんな事言って!」

 周りを巻き込んでどっと笑いが湧き上がった。

 しかしそれに水を差したのはマティアスだ。


「静かに。騒ぐ者は出て行きなさい」


 凛と響く声で静かに言うと途端に資料室は静まり返る。

 ジョゼットとレジスはお互いに目配せして持ち場へと戻って行った。

 マティアスは奥で楽しそうに二人が顔を突き合わせて話すが気に入らなかったのだ。

 そしてそれぞれが報告を済ませ帰宅する中、最後はジョゼットだった。報告は済んだのに彼女は帰る気配が無かった。ふと気になって顔を上げるとジョゼットが満面の笑顔を返してきたのだ。


「閣下、少しお話しても宜しいですか?」

「―――少しなら構いません」

「あのですね、私、閣下が好きです!」

 マティアスは最近では慣れてきたが、ジョゼの突飛な行動や話し方には内心驚かされる。今日は特に驚いた。


(私が好きだと言ったのか?好き?)


 マティアスの中で数式のようなものがカチリと合った感じがした。しかし表情は変えず口から勝手に言葉が出た。

「ありがとうございます。話しはそれだけですか?」

 ジョゼットはやっぱりね、と思ったが覚悟していたので落胆はしなかった。

「はい、それだけです。では失礼します!」

 そしてにっこり笑った。するとマティアスの顔が見る間に険しくなってきた。これは予想外だった。無視するかちょっとは驚くかと思っていたが…そして大きく溜息をついた。

「それだけとは…続きは無いのですか?例えば愛妾にして欲しいとか…皆さんはよくそう言われますが?」


 ジョゼットは、むっとした。

「すみません、閣下。お気を悪くさせたみたいで。別に何かを期待している訳では無いです。でも閣下ってお気の毒ですね?そんなこと言う人しか周りにいなかったのですか?安心してください。私はただちょっと言いたかっただけなんです!」

 彼女のあっけらかんとした言い方に、マティアスの中でまた数式がカチリと合った。

「言いたかっただけ?理解できません。そのような事を言うのは何か答えが欲しいから言うのでしょう?他のご婦人がたの方が利に叶っていますが、あなたのやっている事は理解し難いです」

「あーそれもそうですね。私って滅茶苦茶ですね。う~ん、でもそう思っただけですし…じゃあそういう事ですから、お先に失礼します!」


 あっさりと帰ろうとするジョゼットをマティアスは引き止めた。

「私も話しがあります。本当に丁度良かった。私もどうしたものかと少し悩んでいましたが、あなたのおかげで全て解決できそうです」

「何がですか?」

「あなたのその頭に入った機密の漏洩防止です。その為には極端な話し、王宮に一生留まって貰わないといけないと思っていました」

 ジョゼットは青くなった。確かに家族との連絡さえも許されない厳重さは、それが真実だと告げているようだった。


「わ、私!誰にも何も言わないわ!」


「そうですねそう信じたい所ですが意見は皆一緒ではありません。保障が無いのです。そこで保障をつくりましょう。あなたは私が好きですし私の役にも立ってくれる。だから私の物になって下さい」


(役に立つ?私の物になれ?それって…恋人になれってこと?)


 かなり微妙な言い方だがジョゼットは不安になって聞いた。

「それじゃ…今決まっている婚礼は取り消しするのですか?」

 マティアスが珍しく驚いた感じで瞳を見開いた。

「婚礼の取り消し?何故?ああ言い方が悪かったですね。あなたにはそう…湖畔にでも館を建ててあげましょう。きっと気に入ると思います」


 ジョゼットは嬉しく飛び跳ねていた鼓動が止まったかと思った。

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