マティアスと外出!! (2)
「時間が勿体無いから次に行きましょう。私は構いませんから」
「閣下が構わなくても私が構うんです!」
マティアスは少し驚いた顔をした。
「そういうものですか…なら、途中で買ったらいいでしょう。さあ、行きましょう」
「えっ?ちょっと、ちょっと待って下さい!」
結局、ジョゼットはマティアスに無理やり手を引かれて、用意してあった馬車に乗せられてしまった。しかも王城から出てしまったのだ。
「ええ――っ!出て、出てしまっていますよ!ほらっ、閣下!駄目ですよ!」
澄まして座っているマティアスにジョゼットは大きな声で叫んだ。
「大丈夫。上司が一緒の場合は許可されます。久し振りに家族の顔が見たいでしょう?」
「あっ・・・」
マティアスはふとジョゼットを見て、ぎょっとした。ぽたぽた涙を流していたからだ。
「ジョ、ジョゼ?」
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます…」
何度も礼を言いながら、ジョゼットはマティアスの胸にしがみ付いて盛大に泣き出してしまった。仕事の為とは言っても家族とは長く会う事も、手紙さえ許されなかったから寂しかったのだ。
泣き止まないジョゼットをどうしたらいいのかマティアスは困ったが、彼女の背中にそっと腕を回して包み込んでやった。その時、心に広がるものはいつもの不確かな感情だった。そして思わず一瞬だったが抱きしめるように腕に力を入れて解いた。
「…さあ、もうすぐ店に着くから泣き止んで。そうじゃないと私まで着替えないといけなくなりそうです」
「きゃっ!ご、ごめんなさい!」
慌てて顔を上げたジョゼットだったが、もう手遅れのようだった。上等の彼の服は涙で染みだらけになっていた。生地が上質な代わりに汚れたら悲惨だった。ジョゼットは真っ青になってしまった。マティアスはいつも機能的でシンプルな服を着ているが、今日は仕事が無いせいか貴族らしい豪華なものだったのだ。たぶん彼の袖の折り返し部分だけでジョゼットの普段服なんて何枚でも買えるだろう。
しかしマティアスは、やっぱりと言って笑っていた。
「城下に行くには派手過ぎるような気がしていたから丁度いいでしょう」
と言って慰めてくれた。
そして街の中心地にある店に到着したようだ。
豪華な正面玄関をくぐってマティアスは早速店主を呼びつけた。
「店主、彼女と私に今から着るものを用意してください」
店の主人が慌てて出て来た。
「これは、これは、シャブリエ公爵様。ようこそおいで下さいました」
深々と頭を下げて顔を上げた店主は、ジョゼットのいかにも泣きましたという顔と悲惨な姿に内心怪訝に思った。しかもマティアスの服…彼が知る限り身なりを乱す事のないマティアスにも同じ思いを持った。だが流石は王家ご用達の大商人の事だけあって顔に出さなかった。
「ジョゼ、好きなものを選びなさい。頑張った褒美に私から贈らせてもらいます」
「そんな申し訳ないです。ちゃんと働いた分はお給金頂いていますし」
マティアスはいいからと言って、ジョゼットを係りの店員に預けたのだった。
しばらくして既製服だから着心地に文句は言えないがマティアスも着替えてジョゼットを待った。奥から出てきた彼女は何でもいいと言ったのに、とてもシンプルなドレスを着てきたのだ。夜会服までとはいかなくても…彼女を着飾らせてみたかったのに少し残念に感じたが、ジョゼットらしいと思った。普通なら何でもいいと言われれば、目の色を変えて贅沢なものを選ぶ女達は多い。そう当然だというように―――
しかしジョゼットが近づいて来るとはっとした。彼女は美人系では無いが愛嬌があり、どちらかというと年齢より幼く見える。だから子供をみる感覚というかそういう気持ちが強かった。ところが今の彼女は少し大人の色香を感じるのだ。どうしたのかと見れば、薄化粧をしていた。店員達に色々されたのだろう。
ジョゼットは、じっと無言で自分を見ているマティアスが気になった。
(顔が変なんだ!)
「へ、変なんでしょう?私…普通お化粧なんかしないから…でも泣き顔がおかしいってみんなが言って…」
「―――いいえ、綺麗で大変結構です。あなたは気に入りましたか?」
ジョゼットは頷いた。そして褒められて頬が熱くなってしまった。本当は初めてつけた口紅は可愛い色で自分は気に入っていたのだ。
「店主、彼女が使ったものは全部用意してください。持って帰ります。ああそれとこれを…」
マティアスはふと目に入った腕飾りを手に取ると、ジョゼットの手首に滑らせた。
「大変結構。ドレスと化粧品ぐらいだけでは褒美にならないですから、それも贈らせて下さい」
ジョゼットは手を取られたのに驚いたが、飾りを付けられるとは思わなかった。硝子玉のようにキラキラ輝く石は当然宝石だろう。小粒な宝石を細い金の鎖で繋いであった。高級なのだろうが形がシンプルで抵抗なく付けられるものだった。手を動かすとサラサラと音がした。しかしこんな物を貰うわけにはいかない。多分今まで働いた給料の何倍もするものだろう。
ジョゼットはぱっと顔を上げてマティアスを見上げた。
「あのっ――」
マティアスがさっと手をかざしてジョゼットの言葉を遮った。
「断るのは受け付けません。では行きましょうか」
ジョゼットは唖然としたが、マティアスはさっさと歩き出してしまった。ジョゼットも仕方なく後に続いて再び馬車に乗り込んだ。
「あの閣下、ありがとうございました」
化粧箱を大事そうに膝の上で持ち、手首を飾る鎖を触るジョゼットは本当に幸せそうだった。暖かい陽だまりのような笑顔の彼女を、マティアスもついつい微笑みながら見つめたのだった。
家の近くに馬車が停まるとジョゼットは一目散に家へ飛び込んで叫んだ。
「母さん!ちび達!」
双子の弟達が母に絵本を読んでもらっていたところだった。
「ねえちゃん!」「ねえちゃん!」
「まあ、ジョゼット」
弟達は飛び上がってジョゼットのスカートにまとわりついた。
「母さん、元気そうね」
「ええ、おまえのおかげよ」
ジョゼットの働いた給金は家に届けて貰っていた。王宮の仕事だけあってかなりの高給だったから母親を医者にかからせる事が出来たのだ。
「でもどうしたの?リリアーヌ様の話しではまだ帰れそうにないと聞いていたけれど」
「そうよ。今日は少し顔を見に来ただけ。上司の監視付きでね」
「上司?」
その会話の途中でマティアスが家に入って来た。低い戸口に背の高い彼は少し屈むように室内に入って来たのだった。粗末な部屋に似つかわしく無いその姿に、やんちゃな弟達もぽかんと口を開けていた。
マティアスが再会を喜ぶジョゼットの母の近くまで来ると挨拶をした。
「はじめましてアルトー夫人。私はマティアス・ドゥ・シャブリエと申します。ジョゼットには本当に良く働いてもらって助かっております」
ジョゼットはお世辞でも良く働いて助かると言われて嬉しくなった。母親も礼儀正しい上司を見て安心したようだ。
挨拶が済んだ後は、他愛無いお喋りをするうちに時間は過ぎた。家族が楽しく過ごす様子をマティアスは始終無言で見守った。ジョゼットはこんな場所に付き合ってもらって申し訳ないと思って様子を窺ったが、彼は意外と楽しんでいる様子だった。ほとんど喋らないが興味津々の弟達が纏わり付けば相手をしてくれていた。そして時々困った顔をするのが可愛いと思ってしまった。
「もう帰らないとね。明日も早いし」
「ねえちゃん、もう帰るのか?」「いやだよー」
弟達が別れを惜しんで泣き出した。
「泣かないの!男の子でしょ?それに今度来る時はお土産を買ってきてあげるわよ」
それを聞いた弟達はぴたっと泣き止んだ。弟達の扱いはお手のものだ。
「じゃあ、母さん、父さんには会えなかったけど宜しく伝えてね」
「ええ、あなたも元気でね。ブリスも会いたかったでしょうね?今日来ると分かっていたら飛んで来たでしょうけど・・」
「ブリスかぁーそうかもね。今度会ったら彼にも私は元気だって言ってね」
「はいはい、言っておきますよ」
マティアスは聞きなれない男の名前に気を止めた。
「ブリスとは?」
「この子の幼馴染で許婚みたいなものです」
「母さん!私たちそんな約束して無いわよ!」
ジョゼットが頬を染めて言った。
「また、そんなこと言って。暇さえあれば一緒にいるじゃない。嫌いだとは言わせないわよ」
「母さん!」
ジョゼットは真っ赤になっている。マティアスは親子の会話を遠くで聞いているような感覚に襲われていた。
(ジョゼの好きな男?許婚?)
別に珍しい話では無い。ジョゼットは子供っぽいといっても妙齢なのだからそういう相手がいてもおかしくないのだ。マティアスにも、ほとんど口をきいたことも無い許婚はいる。それなのに納得しない自分がいたのだ。そして何故か身体中の神経が悲鳴をあげてささくれ立つようだった。
帰り道の馬車の中は重苦しい沈黙が立ちこめていた。ジョゼットは何故マティアスが急に不機嫌になったのか分からなく戸惑ってしまった。さっきまで上機嫌だと思っていたのに…今は鉄仮面というよりももっと冷たい氷の仮面のようなのだ。
そしてそれは次の日もそれは融けることが無かった。資料室は〝魔の―〟では無く〝永久凍土の資料室〟と名を変えそうだった。しんと静まり返った室内は話し声一つしない。マティアスが話さないからだ。そして始終無言で指示をするのだ。言わなくても分かるだろうとその瞳は語っていた。話しかけるのを許可されたジョゼットでさえも声をかける勇気が無かったぐらいだ。
そういう日が続く中、独身者でジョゼットと同じように王宮に寝泊りをしている者達で、仕事が終わってから集まろうという話が持ち上がった。仕事が一段落したから食堂で騒ぎたいらしい。それに他の部署の連中も便乗するとか…ジョゼットも当然誘われていた。しかしその日に限ってマティアスが彼女を名指しして居残りを命じたのだ。それは久し振りに聞く彼の声だった。
「ジョゼ、俺が代わってあげるよ」
今日の集まりを知っている妻帯者がこっそり言った。彼女が楽しみにしていた会に参加させてやろうと思ったようだ。
それを耳にしたマティアスはその部下に冷ややかな視線を向けた。
「ジョゼットにと言いましたが聞こえなかったのでしょうか?」
聞こえていると思わなかった部下が驚いて飛び上がった。
「い、いえ…申し訳ございません」
残業は言われた事を終わらせればいいのだ。だから誰がしてもいいと思っていたのだが、彼にはそれが通じなかったようだ。しかも皆が帰った後もマティアスは残っていた。広い資料室にジョゼットとマティアスの二人だけになってしまった。
そこへお気楽なジェラールが久し振りにやって来た。ジョゼットは本当にこの王子はちゃんと仕事をしているのかと思ってしまう。いつもふらふらしているからだ。それにいい加減な王子が堅物のマティアスと仲がいいのも不思議だった。
だから王子はマティアスの様子がおかしいのも直ぐ気が付いたようだった。
「マティアス、いったいどうしたんだ?」
「別に何もございません」
「何もないという感じじゃないだろう?」
マティアスは厄介なと思った。ジェラールがこう言い出したら納得するまで聞くだろう。だが〝何が?〟という問いに答えられる答えが、自分でも分からないのだから仕方が無いのだ。今もこんなことをする自分が信じられないと思っていたところだ。今日の集まりは事前にしっていた。もちろんジョゼットが誘われていることも…それを邪魔したのだ。
黙秘するマティアスから聞き出すのを諦めたのかジェラールはジョゼットに話しかけた。
「ジョゼは居残り?相変わらずこき使われているんだなぁーかわいそうに。今日なんか、お楽しみ会があったんじゃなかった?」
「えっ!王子ご存知なんですか?」
「もちろん。王宮の出来事はこれでも把握しているからね。時々やっているみたいだけどいつも賑やかで私も参加したいぐらいだよ」
「あれは賑やかという上品なものではありません!」
ジェラールが意地悪そうにマティアスを見た。
「あれ?やっぱり知っていたんだ。今日の会のこと――で、ジョゼに意地悪しているんだ」
「えっ?意地悪って?」
「居残りさせてジョゼを行かせないようにしているんだろう?なあ、マティアス?」
「……」
「そんな…酷い」
「そうそう酷いよね。ジョゼがかわいそうだなぁー」
マティアスは愉快そうな顔をしているジェラールの肩を捕らえると、有無を言わさず隣室の小部屋に連れ込んだ。
「王子!いろいろ言うのは止めて下さい!」
「怒っている?珍しいな。まあ最近では珍しくも無いらしいけど…天変地異が起きるとか、妖魔の大群が襲ってくるとか言われているそうじゃないか?愉快、愉快」
マティアスは黙った。しかしジェラールはその話題を止めるつもりは無いらしい。
「ところでジョゼを行かせなかった理由は…あの男ばかりの馬鹿騒ぎで彼女に何かあったらいけないと思う保護者的思い?それとも彼女に言い寄る男達に嫉妬した独占欲?」
マティアスはジェラールが何でも、恋や愛に結び付けたがる性分だということを十分知っている。だから黙秘して何も答えなかった。自分でも消化しきれていない感情をかき回されたくなかったからだ。




