初めまして、か?
「――エルハーダ……? エルハーダ、と言ったか?!
そ、そんなバカな!? お前の宿主は女神のはずだ!
それなのに、なぜここに!? どうして僕の目の前に――!?」
見張りが、赤ら顔のエルハーダを宿していた?
なら、あの蟹爪はエルハーダの物だったワケで!?
ダルドの言葉にベルードは驚き、一瞬判断が遅れてしまう。
「呆けとる場合かッ!」とハチが後ろから引っ張り上げるその瞬間。
ふわふわと漂った小さな泡一つがベルードの近くでパチンッ! と破裂する。
”――ドォンッ!”
弾けた泡は、もはや小さな爆弾であった。内から広がるは衝撃と爆音。
その周囲にあるものを一緒くたに、一度に倉庫内の何もかもを吹き飛ばす。
庫内に置かれた品々、積みあがった瓦礫、そして倉庫の壁すらぶち壊した。
間一髪でその場を脱したハチたちだったが、あまりに突然なことに
頭を隠し、その場で伏せながら身を守る事しかできなかった。
「――エルハーダいうたな。詳しく無かが、話は聞いちょる。
海の世界じゃあ知らん奴は居らん、キシマと同格かそれ以上の武人ぞ」
「――いまダルドは、見張りちゃんに宿っているって……」
「海ではなく、地上でもこの程度か」
エルハーダは確かめる様にそう言う。
彼の目の前には、密集した泡で出来た薄い壁が立ちはだかっており
エルハーダ自身はもとい、ダルドもまた衝撃から守っていた。
「――友よ。遅れてすまない。今こそ某は責務を全うしよう」
天井までもが吹き飛び、外の世界と接触したエルハーダは海を眺める。
水平線。先の衝撃で大波が起こっていた。その先に水に浮かぶ何か。
そしてほど近い所から凄まじい鬼気が、エルハーダへ一瞬向けられている。
「貴様か。キシマよ」と小さくこぼし、長いひげを擦りながら息を吐いた。
「……この愚者の女神とやらを、しばし貴様らに預ける。
敵方の子女とはいえ、無下に扱えば此方も容赦しない。
――覚悟しろ。時が来れば子女も、その両刃も返してもらうッ!」
急いで立ち上がって相対せんとするベルードたち。
しかし二人は構えを取るのではなく、少し力を抑えながら様子を伺う。
すぐさま一撃をと浮足立つベルードを止め、ハチは纏った氷を払いのける。
その様子にベルードは戸惑うも、同じく脛当と小刀とが光となって消える。
「(ほう。好機ではなく引き際と弁えたか)」
そんな彼らを見て、エルハーダの表情は少し穏やかになるが
すぐさま元の険しい顔に戻り、ひげを整えながら咳払い一つ。
むんずとダルドを掴むと、赤ら顔のエルハーダは息を吐く。
「――キシマに伝えよ。『海女神さまの慈悲を忘れるな』と。
立ち去れ、小童ども。巨蟹戦法・百花繚乱!」
ほんの少し力を入れた様子だが、その場を呑み込まんとする泡の大波と
荒れ狂う暴風を巻き起こし、ベルードたち諸とも倉庫外へ押し流してしまう。
* * * * *
「――ロバートさん! ここだ、急いでくれ!」
「馬鹿野郎、急かすな! こちとら限界があらぁ!
……おおい! 全力全開で二人を回収したら離れるぞ!」
レムザは必至の思いで見張りを抱え、港近くにまで迫った船を呼び寄せる。
アンバー重工が現場監督であるロバートが慌てて着岸するよう急かしていると
突然、先ほどまで居ただろう倉庫から大きな爆発と衝撃が起こった。
「おおお!? な、なんだってんだ!? おい、どうなってやがる!?
子どもたちを集めてきたと思えば、今度は倉庫から爆発だと!?」
「わ、分からない……。すまない、ロバートさん。この子を頼む」
引き渡そうとすると見張りはレムザの袖を掴んで離さない。
「駄々をこねるんじゃねえ!」と一喝されるが、見張りは聞き入れない。
”ザザーン!”
すると倉庫からもうもうと大量の泡の大波が流れ出て
それに押し流されるベルードとハチの姿が見て取れた。
「……戻るな、このまま乗れ! おおい! レムザの仲間を拾い上げろ!」
「合点!」
レムザは乗り込み、船は倉庫からあふれ出る泡の元へと急ぐ。
* * * * *
「……無事で何よりだ。ダルドは? 何があった?」
ベルードとハチは泡を洗い流し、ずぶ濡れになるもすぐさま整える。
レムザが離れた後、ダルドの元へ赤ら顔のエルハーダが現れた。
それはダルド曰く見張りに宿っていたが、何故かダルドに宿った。
その直前、ダルドに宿っていた大百足のゴコウを倒している。
エルハーダからは子女(見張り)と両刃を預ける旨を
さらにキシマに一言伝えるよう念を押された。
「……見張り。君といたあの蟹とは、どういう関係なんだ?」
見張りは小首をかしげる。そもそも誰かが自身の側に居るという事を
エルハーダという存在すら、どうやら理解していない様子であった。
また、背に生えた蟹爪の事も問い質すも、それも分かっていない様である。
問われたことにうまく答えられず、レムザの表情が曇ったのを察すると
見張りはより一層袖をぎゅっと掴み始めた。
「……質問を変えよう。見張り、あの日の夜の事は覚えているか?
俺とナギ……リーダー・ルナードとライラナ……アナ、それから他の仲間たちと
皆で逃げようって決めた日だ。俺は一番後ろのリーダーを助けるべく
君とアナを残してしまった後、君はどこで、何をしていた?」
「……何を言っているの? 皆で無事に脱出したよ?
レムザ、私と一緒に、楽しく暮らしていたでしょ?
ほら、約束の印だよ? 忘れたの? これでいつまでも一緒だよって」
見張りは長い灰髪をかき上げ、首筋を指し示した。
ロバートには何のことか分からなかったが、レムザとベルードたちは絶句する。
それはかなり大きい、あの赤いバツ印が一つ付けられている。
そのすぐ下。服に隠れて見えなかったが、所々に変色した痣が残る。
そして背中には複数の手術痕で、硬く凸凹になった皮膚が露となった。
「……見張り。俺たちの所へ来てくれ。アナも、リーダーも居る。
他にも紹介したい人たちがいる。今の話を、その人たちに伝えてくれ」
何も疑う余地などなく、見張りは頷いた。楽しみだと言わんばかりに
レムザの腕に頬を擦り付け、無垢な笑顔を浮かべる。
「――レムザさん。これ、ダルドが持っていました。
……多分これがレムザさんのわるいこの力だと思うワケで。
それからもう一つ、奴の研究成果の一部を奪ってきました」
ベルードはポケットに仕舞っていた小瓶を二つ手渡す。
キメ細かい金の粒の入った紫の粉末に、輝き続ける光る何か。
レムザの手で光る小瓶を開けると、それは強く発光しながら飛び出す。
「――久しいな、イズモ。……いや改めて初めまして、か」
光が形を成そうとするその時。ハークたちを置いてきたあの場所から
一本の白い火柱が天に向かって発射される様子を、レムザたちは目撃する。
* * * * *
「逃げるだけか、ハーク! 弾薬も、装備も、知識も、経験も
……俺たちの方が何もかも上だ! 苦肉の策でそれを覆せるか?!」
ここまで本作をお読みいただき
誠にありがとうございます。
続きます。次話投稿予定は
2026年7月10日(金)辺りです。
お楽しみに。




