殺身成仁、讃えしは深紅の鎧
ベルードの放つ真刀滅脚・狼閃は、ゴコウの頭蓋を吹き飛ばす。
飛びかからんと放った毒霧も空となり、頑丈な兜は砕け散った。
しかしゴコウの首はまだ形を保ったまま、そのまま壁へ激突する。
蹴りの勢いに毒霧は吹き飛ばされ、その先で見えたのはダルドの姿。
ガンッ! と叩きつけられ、ずるりと壁に沿って落ちるゴコウの首。
ベルードたちから背を向けたままのダルドは、少しその右方へ目を向けた。
「わ、若……。後は、任せ……ましたぞ……」
突然ゴコウの首が現れ息絶える様子だったが、それから目を背けて机に向かう。
まさに今、自身の机に置かれた品々をひっくり返し、鞄へ詰め込んでいた。
書類の束に、大小様々な瓶に詰められた何か。それから数枚の写真。
とにかく目についたものを片っ端からぶち込んでいた。
――あれはッ!?
その中にひと際光り輝く瓶詰がベルードたちの目に飛び込む。
ハチにはただの瓶詰に見えたが、ベルードはすでに走り出していた。
見慣れた感覚。直感。だが言えるのは、今すぐ取り返さないとならない。
未だ漂う毒霧を払いのけ、伸ばした手はその瓶を狙う。
襲いかかるベルードの手に、ダルドの肩は竦んでしまいそうだった。
だがそうしてはならない。歯を食いしばり、それを鞄にぶち込んだ。
別のを取り出すと、コルクに指をかける。
また毒か? ベルードは焦りと義務感を覚えるが、異様に頭は冴えている。
ダルドはその瓶を開け、こちらに向かって払うようにばら撒く。
見るにかなりキメ細かい紫の粉末に、いくらか金粒が混ざり合うもの。
それに一瞬でも立ち止まったのを見計らい、ここから脱する。
ダルド自身が一番よく知る工房で、避難経路など用意しているはずだ。
壁や床にそれらしい脱出路がうっすらと見える。それのどちらかを選ぶだろう。
「これでも喰ら……、なっ!?」
ダルドはコルクを外そうとするが、慌てた為かツルリと瓶が弾き出される。
コルクが締まったまま、ベルードへ向かって弾丸のように飛び出した。
あまりに突然のことだったが、ベルードはすかさず伸ばした手にサッと収める。
素早くズボンのポケットへ押し込み、ダルドへ間合いを詰めた。
“ドッ!”
ダルドの腹部に拳を打ち込む。ダルドは意識を失い、その場でぐらりと倒れた。
「(あれはどこに――ッ!)」
ベルードは鞄を奪い、ガサゴソと首を突っ込む。どこだ。あの瓶はどこだ。
一向に見つからない。ダルドが今にも意識を取り戻そうとしている。
「――探すなッ! そのまま持って出ろ!」
ハチが叫び、振り返る間もなくベルードはその場を後にしようとする。
しかし肩紐を掴んで駆け出そうとするその足を、ガッシリ掴むものが居た。
ダルドだ。意識を失いかけたが踏みとどまり、ベルードを逃さんと掴んだ。
「――女神も、ナイフも、今回の勝ちをくれてやる……ッ!
だが、それだけは、ダメだ……! ぼ、僕の大切な成果だ!
お前たちの手に渡ろうと、それが何なのか理解できるはずがない!」
「は、離せ……!」
「……い、嫌だね! 全部はダメだ。それは返して……もらう!」
二人が鞄を取り合う中、ガランと甲高い音が小さくひとつ鳴り響く。
鞄の紐が張ったその時、ズンッ! と二人にのしかかる重圧。
白竜王レグリシスが操るそれと似るも、その主たる者から感じるは純然たる殺気。
――老臣の忠義に目覚めたか、若とやら。
その一言。誰のものでもない、低く恐ろしい声。
聞く者の背筋を凍らせ、心臓をワシ掴まれるような恐怖。
ベルードとダルドとを分かつように、天から振り下ろされるは一本の長刀。
長い柄の先に太く平べったい、まるで炎の揺らめきの様な刃を持つそれ。
肩紐がバツンと大きく断ち切られ、中身が宙に放り投げられる。
ベルードは咄嗟に散らばった瓶全てに目を通す。
ようやくひとつ、あの不思議な感覚のある瓶を見つけ、サッと取り返した。
「盗賊の類か。ならば、断ち切らねばなるまい――ッ!」
「――逃げいッ!」
ハチの声と同時にベルードは身を引く。地面に突き刺さる長刀がひらりと動き
目にも留まらぬ素早い突きが、ベルードめがけて一斉に押し寄せる。
だがそれは宙に散らばる瓶一つ一つを傷つけることなどない。
今にも落ちる軌道を読み切り、その隙間を突いて放つそれは業の域だった。
「うぐっ!?」
ベルードは逃避に徹するも、腕を足を胴体を、果ては耳や鼻めがけて来る。
斬られてなお血は出ず、滲むことさえなかった。切り傷だけが身体に刻まれていく。
だがとうとう突きの一つがベルードの脇腹近くを貫くと、すぐさま手元が変わる。
グイっと回して、腰骨を断ち切って腹を横一文字に切り裂いてやろうとする。
「今死ぬワケには、行かない……ワケでッ!」
ベルードはひらりとそよ風に乗る葉の如く身体から力を抜く。
すると脇腹を突いた刃と肉体とに隙間が出来ると、両足に力を込める。
一気に踏み込み、刃先と柄とを繋ぐ金具めがけ、膝蹴りを食らわせた。
「むぉ……!? やりおるか、賊よ」
蹴りは見事当たり、金具にヒビが入ると衝撃が柄へと伝わっていく。
向こうはすぐさま長刀を引っ込める。代わりにプカプカと泡が漂った。
泡は瓶を包み込み、ゆらゆらそのまま宙に浮かぶと、長刀の柄がそれらを絡めとる。
「――賊にしてはやりおる。聞かせてもらおうか、お前たちは何者だ」
「――ベルード。そして、ハチ」
「ベルード、それからハチか。覚えておこう。ならば某の名を覚えよ」
長刀を大きく振り回し、毒霧を吹き飛ばして姿を現すは深紅の巨躯。
ガラガラと鳴り響かせるは鈍重な深紅の鎧。長刀を持つその手は大岩のよう。
ベルードたちを見下ろすように現れるは、長く立派なひげを伸ばした大男。
首にはジャラジャラと数珠のようなものが軋む音を響かせる。
見上げた先に見える顔は真っ赤に染まり、大きな両眼はベルードたちを捉えた。
「――某はエルハーダ。海女神さまをお守りするは某の務めなり」
エルハーダ。聞いたことがある。ベルードは思い出す。
それは荒武者キシマが話に出した「赤ら顔のエルハーダ」ではないか、と。
ここまで本作をお読みいただき
誠にありがとうございます。
続きます。次話投稿予定は
2026年7月3日(金)辺りです。
お楽しみに。




