銀の氷風が夜明けを告げる
「ーーハチ、今助け……」
「止めろ! 俺なぞ放っておけ! 奴ら、まだ生きとる。
奴らを先に仕留めいッ! それに、俺はこの通り四肢をもがれ……。
おい、聞いちょるがか?! 蟹爪に触れるな! 内まで抉られ……!」
ベルードはハチの話を聞き、すかさず吹き飛ばしたダルドたちへ目を向ける。
ガラガラと瓦礫を押しのけようとしていた。ベルードは再度周囲を確認する。
ハチの言う通り四肢を奪われ、その背には少女の蟹爪が深く突き刺さる。
その近くに直刀。しかし刀身は無惨にも砕かれ、柄が転がる。
ハチの静止などつゆ知らず、ベルードの片手は自然と蟹爪に添えられる。
すると触れた途端から片手からゆらりと漂うは白い霧ーー冷気であった。
少し力が入ると、パキパキと蟹爪が凍る。先へ先へと冷気が伝わると
追うように蟹爪がベルードの掌中へ収まるようにミシミシと圧縮されていく。
“ーーッ!”
それがみるみる子どもの指ほど細くなると、ベルードはグッと握る。
甲高い音を立てながら氷は砕け、圧縮された蟹爪はパキリと小さく鳴る。
広げた手から離れ、海風に乗るそれは塵となって跡形もなく霧散した。
「……っ?! 傷口が塞が……っちょる?」
「蟹爪を取り出す時に、周りも凍らせてたワケで。
そうすれば内臓も傷口も傷つけずに済む。それと手と足をーー」
ベルードの冷気は海風を押しのけ、奪われたハチの手足を象るように形をなす。
冷気は一気に強まり、まるで樹氷の如く体毛の先までほとんどを作り出す。
ハチは驚きながらも具合を確かめ、何ら狂いなく元の様と知ると立ち上がる。
しかし触れた感覚や風の具合などは全く分からず、氷像の域は出なかった。
「ど、どうなっちょる……?! ベルード、お前……」
「ーーあ!? 流石に刀までは無理なワケで……っ!」
ベルードは直刀をゆっくり手に取るも、ただ表面を凍てつかせるだけ。
不思議なことに、折られた先から元通りに象ることは叶わなかった。
「……そこまでは求めとらん。それに直刀の硬さなぞ、たかが知れーー」
ハチはそう言うも少し肩を落とした。それが本来何なのか分からない。
ただ最初から自分の物ではなく、それの使い方など知る由もなかった。
何かの為に振るい、何者かの為に斬り、そのために使い続けただけの武器。
それ以上でもそれ以下でもない。思い入れなど微塵も無いはずだ。
「たかが武器。獣の牙や爪の真似」と自分に言い聞かせるも少し目線を落とす。
しかし、もう一度折れた直刀を目にすると、どこか寂しさを感じた。
「く、くそ……っ! 女神を……ぼ、僕の両刃をーー!」
「うぇっほうぇっほ! あぁ若、ご無事でっ! 彼奴らめ、まさか若の道具を!
しかしこの状況では……致し方なしッ! 若、よくお聞きくださいーー!」
その時。向こうに出来上がった瓦礫の山が崩れ、中からダルドたちが姿を現す。
急ぎ状況を確認したゴコウは、ダルドを起こして何やら作戦を立て始める。
「……刀、寄越せ。格好ば付かん。折れたが、俺の武器ぞ」
「……戻ったら、サンサの二人かシュヴァルさんあたりに直してもらおう」
ベルードは折れた直刀を手渡す。折れてなお刀身があるように鞘へ納める。
* * * * *
「この僕が、どちらか選べっていうのか!? そんなこと――ッ?!」
「なりませぬ! 全てと欲張れば、元も子もなくなりますぞ!
さぁ若、ご決断を! であればこのゴコウ、この身を捧げましょうぞ!
さすれば若は今一度、より多くを成せる! このゴコウ、信じております!」
「……くそ! なら――ッ!」
その時、ダルドは声を荒げた。何やら叱責するが、ゴコウは首を縦に振らない。
仕える身であるはずのゴコウの真剣な表情に、とうとうダルドは渋々折れた。
ゴコウはダルドに背を向け、息を整えつつ兜の緒を今一度締めなおす。
ゆらりと身体をうねらせ、残った体躯を確かめジリジリと間合いを詰める。
こちらもと相対するベルードたち。ハチも息を整え、ゆっくりと前へ出た。
直刀に手をかけるハチだが、すぐさま手を離して氷の両腕を軽く構える。
横でそれを垣間見、ならばとベルードは深く腰を落としてどっしりと構えた。
足に力が入る。それは直刀防衛のある夜、ハチに教わった基本の歩法がひとつ。
「――若、御達者で!」
ゴコウは一気にベルードたちの前へ躍り出ると、大きく息を吐く。
ぶわっと広がるはあの毒。それはベルードたちを四方八方包み込むように漂う。
「――すまない、先に脱する!」
「応!」とベルードたちは呼吸を合わせ、走り出すレムザに答えた。
レムザが見張りを抱えて倉庫を出ると、内側から暴風を吹き荒れる。
何事かとレムザは一瞬その先を見る。毒の間から見えたのはベルードの姿。
“ズンッ!”
一気に地を踏み締め、周囲を大きく揺らす。まるでナギの使う奥義のよう。
その勢いのまま両腕を大きくゆっくり振り回した。
両腕で巻き起こす風で毒の流れを操り、あちこちへと散らしていく。
両足は大地を掴む大木が如く、ベルードの体勢は安定している。
毒は海風と混ざりてとうとう視界は開けていく。
「うはは! どれだけ風を起こしても無駄! 覚悟ならこのゴコウが上ーーッ!」
ゴコウはより強く吐き出すと、ベルードたちの姿を覆い尽くしていく。
一歩遅れてベルードの動きが大胆となり、且つ激しさを増す。
しかしその姿は毒霧に隠され、風切り音だけがそれを物語らせる。
ふと、ゴコウはダルドの様子を一瞥する。あぁ大丈夫だ。
ダルドはベルードたちから背を向け、何やら支度している。
机をひっくり返し、手当たり次第に書類や品々を集めている。
これならここが自分の死地と決めていい。そう思った。
ーー真刀……ッ!
奴だ。それに気づいたと同時。ゴコウの視界が左右で分かれ、ぐらりと歪む。
身体の奥底までたどり着かんとする冷気が、瞬く間に身体中を走った。
毒が吐けない。力が入らない。それ以上の行動は一切出来ない。
ただ目の前に佇む銀狼。毒霧の向こう側から音もなく現れる。
しかしその姿は、ゴコウには闇夜のごとく黒に染まって見えた。
その性か銀狼の両腕はまるで朝日が如く、より際立って光り輝く。
空の手に収まるは無の刀。しかしそれはハッキリと見え、そこに在る。
氷像の両腕が、躍り出た大百足をギラリと狙い澄ます。
ーー明けの明星ッ!
「おおお、おおおおお……っ!?」
ハチの両腕は、ゴコウの身体を斬り裂いていく。
体節が一つ一つ離れると、それらはすぐさまハチの元へと帰っていく。
それらが全て収まり終えると、ハチは半歩引いて両腕を交差させ、跳ぶ。
戻った両腕に、補うはずの氷腕は外へ押し出され、氷を纏った両腕となる。
それらが合わさると狼の獰猛な爪牙となり、大百足ゴコウをばっさり斬り伏せた。
しかし真刀と銘打った技はかなりの負担であるのか、ハチはぐらりと膝を突く。
だがゴコウはまだ輝きを失わない。残り僅かな力で踏ん張って尚身体を保つ。
「……わはは! 犬ごとき……いいや! 最後の狼にやられるとは!
――だがこのゴコウ、ただでは倒れん! 我が悲願を断ちし者!
老躯いえど侮るなかれ! 貴様を道連れにしてやろう! デヤァーッ!」
自身の身体が砕けるその時。ゴコウは吐いた毒を口に留め、地面へ吹き付ける。
それまで自身を支えた躯体を千切り捨て、首頭だけとなったゴコウ。
ハチの首筋を目掛け、大顎に毒をたっぷりと含ませて噛み砕かんと狙う。
――真刀……ッ!
まだ動くか狼よ。ゴコウは玉砕覚悟でそのまま突っ込む。
しかしハチは笑った。ゴコウのトドメの一撃を前に、諦めてはなかった。
その足元に、直刀の折れた先が後ろへと引っ張られていくのが見えた。
ゴコウの視界からハチの姿が消え、代わりに白い世界が現れる。
そして一気に突きつける黒い世界と、真っすぐ突き抜ける重い一撃。
感覚を奪うような凍てつく冷気と、内へ圧縮される苦しみ。
四方八方から逃げる隙など無い、切り刻まれる鋭い痛みが襲い掛かる。
音もなく、その気配すら周囲に悟らせないほどの速さ。
容赦なく相手を打ち砕き、その存在を一切合切斬り伏せる蹴り。
ベルードの纏う脛当に加え、その踵から足首にかけて輝く白光は
ハチの折れた直刀の先を取り込み、実体を成す。
――滅脚、狼閃ッ!
ここまで本作をお読みいただき
誠にありがとうございます。
作者の都合により、長期休載いたしました。
お待たせしまして、申し訳ございません。
続きます。次話投稿予定は
2026年6月26日(金)あたりです。
お楽しみに。




