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少年ハークとわるいこ研究所  作者: きむら
25話(仮)
328/328

不条理を断たんと、若銀狼は疾走る

バツンッ!


何物も断たんとする蟹鋏は閉じられた。しかしそこに何物も残らない。

断ち切ったはずの男の頭も、切った先から滴るはずの血も何もない。

空を断ち切った蟹鋏は、しばし虚空を確かめんと動かそうとする。

しかしなぜかそれ以上開くことも、その場から引っ込めることもできない。


「――間に合った、ワケで……ッ!」


蟹の腕の先ーー親爪と繋がる巨大な腕に、ベルードは鋭く重い蹴りを食らわせる。

反対側まで衝撃が届き、砕かれた甲殻の破片が空へ散らばっていた。


同時。その間を繋ぐ節に、幾重にも走る閃光が突き刺さる。

銀狼ハチの一刀。直刀による刺突が蟹腕の自由を奪おうとする。


一瞬だったが、レムザはするりと零れ落ちたのを見計らって距離をとる。

しかしその足取りは普段とは大分かけ離れ、もはや邪魔になっていた。

ベルードがすかさず肩を貸し、三人はその場から見える海の方へと距離をとる。


「見張りッ!」と叫んで問いかける。一拍置いてようやく事態のおかしさに気づき

離れてしまったレムザをまじまじと眺めて、何故だろうと首を傾げた。


「……まだ動きよるがかッ!?」


自身に起きた事実を理解しつつも、蟹腕は絶え間なく動く。

砕かれた甲殻は内から肉を隆起し埋めてみせ、突かれた節も周囲の肉で補う。

それが空気に触れてわずか数秒の内に、新たな甲殻を作り出した。


「……ど、女神ドール、彼らは恥ずかしがっているだけだ。さぁ行っておいで」


ダルドの言葉に押され、見張りはゆっくりと手を伸ばして前へ進む。

蟹腕はガキンガキンと奮って見せる。しかしハチの目にはその動きが歪に映った。

傷が癒えたように見えても、その内にしっかりと痕は残っている。


* * * * *


見張りの歩きは覚束ない。裸足のまま、とてとてとレムザたちへ向かう。

両の手を伸ばし、穏やかで無邪気な笑顔を浮かべている。

しかしそれに呼応して、まるで弓引くように蟹腕は構えていた。


「……硬すぎる。すぐ治りよる。何か手立ては?」


レムザはもう一度、見張りとダルドへ目を向ける。

ナイフを握ったまま、ダルドは見張りが向かう様子をじっくり眺めている。

光り輝くナイフと呼応するように、蟹腕は生き生きとしているように見えた。


「――ない。あのナイフは、間違いなく鉄の武器だろう。

 ハチ。お前の記憶が正しければ、たかだかエイール伝説の関係者として

 此処に存在したとして、別の生き物の身体をいじれるか?

 それも自分自身の身体とを、姿形そのまま入れ替えれるか?

 妙な術とは言え、あまりに常軌を逸している。だが現実、そうなっている。

 それを可能にしているのは鉄の武器以外、俺は知らない。

 そうなれば辻褄は合うし、話は別だ。ハークかナギが居れば、という状況だ。

 ゴコウも、子供たちも同じ状態と見える」


レムザの見立てに、とうとうハチは直刀を一度収める。

敵を前にして、短くも深呼吸ひとつ。足を少し開いて腰を落とす。

ジリジリと間合いを確かめつつ、居合のような構え。


「――イチかバチか。あの蟹ん腕、根本から叩っ斬る……ッ!」


「ま、待って! 万が一の事があったら……!」とベルードが止める。

だがもうハチは集中している。ベルードの言葉は届かない。


「……ベルード。ハチが蟹腕あれを切り落としたかどうか関係なく

 見張りを確保して脱出してくれ。そのままロバートさんの元へ急げ。

 この場の事を研究所にも伝えれば、奴らの配下の子たちもーー」


「ーーあー、無理っす」とベルードは答える。予想外の答えにレムザは面食らうが

ベルードは首を傾げながら続ける。


「……レムザさん、忘れたっすか? 俺、()()()()なワケで。

 レムザさんに説明してもらわないと、博士もルシェンさんも困るっすよ?

 人身売買リストの子たち把握しているのは、俺らの中だとレムザさんだけ。

 いま逃げた子どもたちだって、顔だけですぐには分からないっすよ。

 そもそも、それをナギ兄が許さない。やったら逆に……」


「……あぁ、それもそうだ。ナギなら、俺が死んでも殴りに来てしまうな。

 ……ならハチの一刀に合わせろ。見張りも無事に連れ帰るぞ」


ベルードは頷く。レムザに肩を貸しつつ、すぐにも駆け出せるよう構えている。

放り投げられても良いよう身構えたレムザだが、何か忘れている気がした。



銀狼と巨蟹の見合い。無音とまではいかないが、しばし静けさが漂う。

海風が彼らを通り抜け、海向こうではロバートらしき声が飛んでくる。


その時。大きな波しぶきが上がる音。風を切り裂きて奮われるは何ものぞ。

何者かの一喝、すらりと身体をすり抜けるは、身の毛もよだつ鬼気。

恐らく、ここから遠い。もしや先ほど残してきたハークたちの居るあの場所。

伝播するその一撃は重く、気圧されて研ぎ澄ましたはずの集中が途切れかける。


それでも尚、狼と蟹は互いを間合いに収め、迫る。


”ドッ!”


――たった一瞬。たった爪の先よりも狭くも、重なる間合い。

ぐぉんと大気を押し退け、最初に動いたのは蟹。

獅子の牙の如く、横一文字に切り裂いていやろうと打って出る。


一瞬たりとも見逃してなるものか。ベルードはハチの姿を視界に収める。

その動き、恐らく直刀を振るって斬り払うまでの所作があるはず。

そう予測して捉えている……はずだった。


「明けの――ッ!」


ハチの口がそう動いた瞬間。瞬きよりも速く、吹き抜ける風も響く音も

その軌跡を象るはずの光も、何もかも置き去りにする。


蟹の爪が開かれたその間に、ピシリと走る小さな亀裂。

亀裂と同時、こぼれ落ちる甲殻の内側から白く薄い板のようなもの。

それも一刀両断されると、蟹爪は本当に閉じることが出来なくなる。


「今だ――!」


ベルードは疾走る。踏み込んだ。レムザを放り投げてでも半歩前へ。

ハチは何か奥の手でも使ったのだろう。でなければあんな芸当は出来ない。

そう確信した。次は自分だ。ハチの技に合わせ、今できる最高の一撃を叩き込もう。


「――なッ?!」


ハチは蟹腕の横を通り過ぎ、灰髪の少女のすぐ近くまで迫っていた。

直刀を逆手に持ちながら、ぐらりとその場で倒れてしまう。

どさりと音を立てたが、数秒の後に少女はゆっくりと横たわるハチに目を移す。


首をかしげる少女。その後ろで、ふらりと姿を現すはダルド。

ただじっと横たわるハチを、細めても分かる冷たい視線を向ける。

小さく舌打ちし、ハチの遠くへと蹴り飛ばした。


「か、身体が……動かん?!」


「――急いたな、野良犬。このゴコウは若の力を賜れば、この通り」


「まだ、生きておったか……!?」


ゴコウの声。頭だけとなったはずのゴコウが、ふらりふらりと宙を漂う。

ダルドのナイフから放たれる輝きに導かれ、ゴコウは姿を現す。

その身体は失うも輝きを纏い、一次的な身体として補っていた。

だがそれだけに留まらない。レムザの太腿を奪ったあの腕がひとつ。

その手にはハチの肩まで迫った右腕が収められている。

ゴコウはすかさず輝きに当てて、実体のある両腕とそれを支えるための

いくつかの体節として迎え入れた。


「気配を、消してたか。この――!」


ベルードはもう踏み込んでいた。「構わず行けッ!」とレムザは押し出す。


だが断ち切られて戦闘不能になったはずの蟹腕が、その身を大きく振り被る。

たとえ爪が動かなくとも、その甲殻の硬さや膂力は失っていなかった。

ぐしゃりと砕かれた音を響かせ、ベルードは倉庫の壁へ強く激突する。


ハチは左腕で身体を起こし、体勢を立て直して再度斬り伏せようと試みる。

だがそれも叶わず、作り出したゴコウの両腕が、ハチの左腕を奪い取る。

みるみる内にゴコウの身体は元通りとなっていく。


「――まだだッ! まだおいは……ッ!」


だがハチはそれでも攻撃の手を緩めない。両腕がなくとも足がある。

残った身体を軸に、ひらりと跳び上がる。宙で躍り出ると、直刀を蹴り上げる。

ばらりと抜かれた直刀の柄を口にくわえてゴコウへ迫った。

迎え撃つゴコウを捉えた瞬間、一気に身体を捻ってダルドへ強襲する。


「――ダメだ! 間に合わない!」


レムザは目撃する。灰髪の少女の蟹腕が、ハチの背後を捉えていた。

ベルードを蹴散らした勢いそのまま、断ち切る力を失くしても尚

手負いの狼を仕留めるのは容易い。叩き落とし、背後から蟹爪が貫く。

倉庫の混凝土コンクリート床をも貫通し、逃げられないよう念入りに押し込む。

蟹爪がバキボキと妙な音が鳴り響かせると、腕はピタリと止まった。


――ガハッ!?


ガキンッ! と甲高い音を立てて、直刀はハチのすぐ先で突き刺さった。



そんな事などつゆ知らず、少女はくるりとお上品にレムザへお辞儀する。

それを後ろで眺めたダルドは顔をしかめる。額に血管が浮き、舌打ちをする。

その目はレムザに向けられ、ぶつぶつと何かをつぶやいていた。


「わっはっは! 野良犬にしては上出来な躯体だ。褒めて使わす。

 おかげで……いくらか若返った気分だ。感覚がとても澄んでおるわ!」


奪った左腕を取り込み、ついにはハチの右足を奪い取る。

両腕も、体節もいくらか元通りになると、ゴコウは上機嫌となる。

力を取り戻したゴコウは、ハチがく直刀へ目を移す。


「――だがその意気、その技はもとい、忌々しきはこの()

 若の御小刀ナイフの前では……なまくら同然!

 若! お力をお貸しくださいませ!」


「――れ、レムザもすぐ始末してくれ。……念入りに、しっかり殺せ。

 ……僕の教えたことを、僕じゃないレムザにしたのが……許せない!」


「――承知! お任せあれ!」


ダルドのナイフが輝き、ゴコウは腕を構える。

突き刺さった直刀は思いっきり殴られ、真っ二つに折れてしまう。

愛刀を壊され、底より湧き上がる怒りから立ち上がるハチ。

だがそれをあざ笑うかのように、ゴコウはひょいっとハチの左足を奪う。


――待って。待ってくれよ。


* * * * *


「クソッ! これなら――!」


様子を伺っていたレムザは、転がったドラム缶を蹴って差し向ける。

しかしドラム缶は大きな音を立て、宙へ放り投げられた。

なんと蟹爪は節から千切れ、内から隆起する肉が新たな爪を形作ってしまう。


まるで試し切りのごとく、飛び上がったドラム缶をバサリバサリと切り伏せる。

だがそれだけでは終わらない。蟹爪はそれをお返しとばかりに打ち返す。


レムザへ飛ばされるドラム缶は重く、断面もまたその切れ味を示す。

運悪く奪われた太腿へ当たると、とうとうレムザは膝をつく。


「――レムザ。再会の握手(ただいま)、だよ?」


小首をかしげる灰髪は、再度レムザへ蟹爪を差し出す。

斬り払ったドラム缶の間から、少女の手はレムザの頭を捉えた。


「(や、やったぞっ! ついに、ついに――!)」


ダルドの意識はすっかりレムザへ向けられる。

真っすぐ脳裏に焼き付けんと目を見開く。あまりの喜びに、手の力が緩んだ。


こぼれ落ちる両刃のナイフ。しかしそれは地面に転がらない。

ナイフは持ち主の手から離れて尚――否、それ以上に輝きを放った。



――待って。待ってくれ。待てよ、待てって言ってんだよ――ッ!


突然の光にダルドは目を眩ませ、何事かとゴコウの目は振り返る。


その理由を、その行き先を最初に知ったのはレムザ。

蟹爪をかき消すほどの光は、一瞬にして右から左へ翔ぶ。


左にはベルード。頭から血を流し、視線が定まらない状態。

だがその意思はハチに、ゴコウに、蟹爪に、そしてダルドに向けられる。


ただ我武者羅なまま、壁を蹴って凄まじい気迫を纏って走りだす。

伸ばした手はハチを助けんと伸ばす。だがその手を断たんとするゴコウ。


「来るか、青二才! このゴコウの相手にならぬ貴様に――!」


「――うるせえ、退けよ! 俺の、大事な相棒ともだちから――ッ!」


ベルードは勢いそのまま飛び上がる。ゴコウはベルードの胴を狙う。

だがゴコウの視界に強い光が現れる。ナイフだ。ダルドの大事なナイフだ。

それがベルードの伸ばした手に収まると、彼はそれをがっしり掴む。


「その手を……退けろ!」


身体を翻し、ベルードの足に光が宿る。光の尾を引いて、打ち込まれる蹴り。

真正面から相対したゴコウの腕は、それを奪うことも、弾き返すことも出来ない。


光の刃。宙を切り裂き、他の輝き(あゆみ)を奪った腕を、すらりと両断する。

まだだ。もう一度付けなおせば。そう思ったが、時すでに遅い。

二連、三連撃。両断された腕は、再生するよりも速く、さいの目状にまで斬られる。

ならばともう片腕を伸ばすも、ベルードの身体はさらに速くなり

片腕が肩ごと斬られ、その場で落下する。


「(まだ片腕なら……、何っ?!)」


斬られた片腕の断面が光を纏っている。まるでダルドの合わせ技を模したよう。

真似したのか? それともそのまま使いこなせているのか?

それを確かめんと、ゴコウは頭を伸ばして片腕を拾おうとする。

しかしその視界は突如揺れる。


「――吹き飛べ。お前も、アンタも、だ――ッ!」


「ぼ、僕のナイ――、ぐふっ?!」


ゴコウの頭を、拾おうとした片腕ごと膝で吹き飛ばす。

その勢いのままダルドのどてっぱらに、光を纏った蹴りをぶち込んだ。

二人は向こうの壁へ激突し、二階の品々が崩れ落ちて生き埋めにする。


「気を付けろ! 見張りが――!」


”ブンッ!”


レムザの声。灰髪の少女の握手は、突然踵を返してベルードを襲う。

あまりの事に少女まで蟹爪に引っ張られてしまう。


「――危ないっすよ」


先ほどとは打って変わって落ち着いた表情。

目で追い、足で蟹爪をいなして、地面へ突き刺さらせる。

宙に放り投げられた少女と、その背についた歪な蟹腕との境目を見定める。


「何となくここ……なワケでっ!」


境目めがけて足を振るい、ふわりと光の刃が通り抜ける。

ポロっと何事もなかったように、少女と蟹腕は切り離される。


少女を優しく受け止め、負傷したレムザへゆっくりと手渡す。


「……ベルード、お前なのか?」


「――そうっすよ。ちょっと俺も何が何だか分からないので

 とりあえず……あいつらを倒してから考えようと思うワケで」


ベルードはすぐさまダルドたちを確認し、ハチの方へ目を向ける。

レムザはふと、ベルードの足に目を留める。


質素で何の変哲のない靴にスラックス。しかしその両足には見慣れないもの。

前面には脛当グリーヴ、そして踵には短剣ダガーナイフのような飾り。

それらが煌々と光り輝いている。それはまるでハークの鉄槍、ナギの鉄籠手のよう。


少女の切り離された部分が手に触れると、もはや蟹腕の名残などない。

ベルードはもしや、鉄の武器を手に入れたのではないか?

レムザはそう直感した。

ここまで本作をお読みいただき

誠にありがとうございます。


今回も投稿遅れてしまい、誠に申し訳ございません。


続きます。誠に勝手ながら、作者の体調と創作アイデアの充電期間として

まず来月5月は丸々1か月お休みします。以降、再開予定は旧Twitterおよび

活動報告、現最新話の後書きなどでお知らせします。


そのため、次話投稿予定は2026年6月内です。


投稿の遅刻がだいぶ続いて申し訳ございません。

次回もお楽しみに。

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