白炎抱えし死神は、独り戦う
鉄槍に身体を貫かれた青髪は、ふらりと足がもつれる。
ハークの方へ力なく倒れ込もうとした瞬間、青髪の身体はフッと霧散する。
鉄槍から伝わるは、確かに貫いた感覚。しかし消え去る瞬間にそれは軽くなる。
「俺が無策でお前と戦おうなど思わない。……赤髪とは違う」
青髪は少し離れた場所から姿を現す。そこに貫かれた痕など全くない。
少し土埃が付いたのか、手で払いながら衣服を丁寧に整える。
首と肩を回して鳴らしてみせると「はぁ……」と気だるそうにため息をつく。
青髪は左手を上げ、パチンッ! と指を弾く。するとどこからか黒い煤が集まり
白竜王レグリシスに匹敵する巨躯のカラスが何羽も空に現れる。
青髪の指示を待たず、ひとつ喧しく哭くと大きく飛び上がった。
それらは一直線に向かう先に、ガライの肩を借りて立ち上がるキシマ。
大カラスに気づき、戦闘態勢に入るナギ。それを止めるシド。
赤髪を心配し、今にも駆け寄ろうとする女王キャサリン。
危険だと止めるガライに、横から何かアイデアを出すキアロ。
それを受けてか、女王の一声に鼠たちが集まり、大カラスに対抗すべく
たくさんの長い尾を持つ一匹の大鼠が立ちはだかっていた。
* * * * *
「ーー俺たちは同盟を結んだ。だから互いの力を使うことができる。
俺の力を使ったから、城の設備も鼠どもの装備も見違えるほど整った。
だが赤髪の力を使えば、俺はお前の攻撃でかすり傷一つ付かない。
どれだけ当てても無駄だ。……諦めろ。相手が悪い」
一瞬、青髪はチラッと誰もいない、とある場所に目を向ける。
すぐにハークへ戻したと同時、その付近でパンッと小さく鳴る。
ひとりでに積み上がった瓦礫が突然、ガラガラと爆散した。
「(ハーク、さっき爆発した所を見ろ。奴の羽根の断片が見える。
ーー思い出せ。奴の羽根、何処がで見なかったか?)」
「(確か……ガルシークの社長たちが使っていた)」
「(青髪の話が本当かは分からねえ。だが、羽根の数だけ攻撃が効かねえなら
それ以上のことをすればいい。翼をもぎ取っちまえッ!)」
「また、愚策でもするのか!」
ハークたちがそう予測する中、青髪は間合いを詰めて迫る。
その掌は真っ赤に燃え上がり、ハークに向かって開かれた瞬間。
閃光、爆発、灼熱、風圧が一点集中。掌から白炎が銃弾のごとく空を切り裂く。
一瞬の出来事だが、ハークは雷の速さで紙一重に辛うじて躱してみせる。
しかし白炎は周囲にまで及び、当てられた竜の鱗は黒く焼き焦がされる。
「ーー挑発が通じない相手じゃあ此の程度だろ。
……二人がかり? 冗談じゃない。あの占い師は俺たち二人でと言ったが、違う。
絶対に勝つためなら、俺たち二人で事足りるッ!
力さえあれば、たかがトカゲ一匹、鉄の武器を複数持つお前に……負けないッ!」
青髪は構える。纏ったローブはゾワゾワと揺らめき、濡羽色の翼となる。
刺青が左腕を覆い尽くし、まるで太陽のごとく左掌に白炎がギラギラ燃え上がる。
あいつだ。自身を弟だと明かした、あの青髪レドニスのようだ。
「ーー俺たちの未来から、お前の存在ごと一切合切……消すッ!」
右腕を支えに、左掌を前に掲げる。何者の瞬きより速い。
巨大な白炎の螺旋は、一直線にハークの影すら消さんと放たれる。
「――させるか、よッ!」
だがそれをハークは間合いを詰め、青髪の左腕を思いっきり蹴り上げる。
たとえ体格差あれど、戦闘経験や直感で一歩前を行く。
白炎の螺旋は周囲の空を焼き尽くしながら、空の彼方へ消え去った。
それを見届けた青髪は一瞬こそ表情が曇る。しかしすぐに歯を食いしばる。
左掌は白から赤へ戻り、埋め尽くした刺青は引き潮の如く引き返していく。
露となった皮膚から水蒸気を立ち昇らせ、ゴウンゴウンと唸りが落ち着き始める。
「(ナギに右腕を折られてから、使っている様子はない。
だから左掌だけで勝負を決めようとした。後は――ッ!)」
ハークは今より有利な肉弾戦に持ち込めると考えたその時。
青髪の口元が緩む。両掌をハークの心臓へ向ける。
「――いつでも、死神は、お前を狙っている」
青髪の背より連なる翼が、両の掌を四方から支えてみせる。
白炎とカラスの羽とが互いに絡まりあい、新たな螺旋を作った。
「――くたばれ。邪魔者……ッ!」
“ガキィィィンッ!”
ハークの心臓に、白炎と暗黒の螺旋。しかしハークの身体を貫かない。
ガタガタと軋ませるは鉄槍二本。竜の腕で構えられる二槍にバチバチと雷が迸る。
二槍を交差させて、螺旋を辛うじて受け止めている。
それを支えんと残りの二槍が推進器の役割を果たしていた。
その背に漂うは、鉄杵ライゼン。ガラガラと雷雲が如く唸りを上げ
絶えず雷を生み出しながら、ハークの膂力を手助けせんと送り届ける。
「ーーなら俺は、研究所の方から、お前たちを連れ戻す……ッ!」
青髪の額に青筋が浮かぶ。しかしその表情は、歯を食いしばって尚
どこか吹っ切れたような笑みがこぼれる。
互いの力は拮抗する。
* * * * *
「……おいおいおいおい! なんで当てられないんだよ!
その為に僕が直々に改造したんだぞ!? 僕がしっかり得た技術の粋だぞ!
飛び回るハエすら撃ち落とせるのに、どうなっているんだよ!?」
ダルド・ヴィガルドはひどく焦り、頭を掻きむしった。
左右非対称ながら綺麗に梳かされた紫髪は、絡まった紐のよう。
口元から涎、目からは涙が溢れ出ていた。その視線の先に、狭い倉庫内を飛ぶ銀色。
ベルードが狼の足を用いて、倉庫内の壁を飛び回っていた。
ダルドの言う子供たちの指先からは酸弾。銃の名手と思えるほどの正確さ。
しかしそれを一歩先へ行き、壁から壁へ飛び移るベルード。
時には倉庫内に置かれた品々を駆使し、酸弾を躱していく。
「クソっ! クソっ! クソっ! 隙を伺っているだろうけど、無理だぞ!?
そのために選ばれた候補たちだ。まだわるいこの力を発揮していないが
それでもこの力量だ。裙呂釿から、北東の噂から、監獄島の中から
あらゆる中から選抜された上澄み、精鋭だぞ! なのに、それなのに!
たかだが一端の奴が、なんで太刀打ちできる!? ……あぁちくしょう!
ま、まさか主使の奴、僕に伝え忘れたのか!? 聞いているのはレムザと
リーダー・ルナード……今はナギって名前になってんだよな。
……ちぇ、なんだよ。自分で名付けたのに、ちょっと格好いいのが腹立つ。
それと……ハークだっけ? ベルードの四名のはずだろ!?
なのに、ベルード! お前が力も、武器も持ってい……ぐふっ!」
ダルドがベルードを目で追うその時、背後から音もなく一つの影が迫る。
レムザだ。長いロープを携え、振り回してダルドへ向かって勢いよく飛ばす。
その先にはプラスチックの球体が網目状に括り付けられてある。
動かない子供たちへロープを伝わせ、だんだん中心へ向かうほど短くなると
球体が思いっきりダルドの頬へと激突した。
ロープが子供たちに巻き付けた瞬間の表情をレムザは見逃さない。
痛みや不快感などと言ったものはなく、ただ目で追っている。
致し方無い方法だったが、感覚まで遮断されている可能性が分かった。
「れ、レムザ――べふっ!?」
ダルドが次に視界に収めたのは、ベルードが逃げに徹したおかげで
破壊されて散らばった木箱の板。それを拾い上げ、問答無用で叩きつける。
あまりに原始的に、上から何度もベシベシと、左右へ素早くバシバシ叩き続けた。
とうとうダルドはその場でうずくまる。それを察知した子供たちは
すかさずレムザへ指を向ける。
「撃つな! 互いに酸弾が当たってしまう!」
レムザは冷静にそう叫ぶと、子供たちはハッとお互いに目を合わせる。
レムザの言う通りだ、と頷きあって一人一人が何とか耐えて見せる。
「(この間にまずダルドを気絶させ……!)」
レムザが板を思いっきり叩きつけた瞬間。ガンッ! と甲高い音。
目の前の男を叩きつけたにしては変である。目を凝らしても何も見えない。
「――何かいるッ!」
「な、なんぞ!? 禍々(まがまが)しか!」
レムザたちの耳に聞こえるはざわざわと何かが這い回る音。
それを耳にした子供たちは、一瞬にして身体から力が抜けてしまう。
ガクガクと子供たちが震えていると、ダルドの周囲から浮かび上がる何者か。
まるで大きなムカデ。体節ごとに黒い鎧を備え、ダルドを守るようにうごめく。
その中から顔を出すは、まるで荒武者キシマが被る兜のようなそれ。
顔全体を覆い隠し、大あごをガシャリガシャリと威嚇するように鳴らして見せる。
「――若のお命を狙うは貴様らか。ならばこのゴコウ、容赦はせん!」
ゴコウと名乗る巨大なムカデは、ダルドを守りながらレムザの前へ躍り出る。
ここまで本作をお読みいただき
誠にありがとうございます。
続きます。次話投稿予定は
2026年4月3日(金)〜4日(土)です。
お楽しみに。




