9 生花
「ヴァルハイト様、お待たせしました」
リリアが嘘をついたことを彼に告げるのは我が家の恥を晒すようなものです。
今更の様な気もしますが、リリアがいくら無作法な行動をとったとしても、わたくしまでそれに流されるわけにはいきません。
「お姉様、酷いですわ。婚約者であるアレクシス様をこんなにお待たせするなんて──そんなだから、これまで四回も婚約破棄をされたのよ」
リリアはわたくしがヴァルハイト様に告げ口をしないことを分かっているのでしょう。そう言って目を伏せると、ゆっくり顔を上げ、潤んだ瞳でヴァルハイト様を見上げました。
「私はアレクシス様とお話しできて、とてもうれしいですけど……」
リリアの中ではヴァルハイト様はもちろん、これまでの候補の方々も皆わたくしの婚約者で、わたくしは四度婚約破棄をされた令嬢ということになっているようです。
当然そのような事実はありません。リリアはわたくしが傷物であるとヴァルハイト様に知らしめたかったようですが、彼も父である侯爵から事前にそういった説明は聞いている筈です。
彼がリリアを想い伴侶にと選ぶのであれば、婚約者なのか婚約者候補なのかなどという些事、どうでもよいのです。
なので、反論は致しません。
リリアの『真実の愛』を利用するとは、そういうことなのですから──
そう考えたとき、なにかが胸につかえた感じが致しました。
「ヴァルハイト様、先日と同じ中庭にお茶の席を準備しておりますので、ご案内いたしますわ」
わたくしは、リリアに言葉をかけること無く、ヴァルハイト様を応接から連れ出しました。
リリアは、わたくしという『障害』のその対応を、さぞかし喜んでいることでしょう。
*――*――*
リリアがわたくしたちのお茶会に二度目の乱入した日、お父様からリリアに注意がなされました。
流石にお茶会まで邪魔されては、わたくしがヴァルハイト様の人となりを知ることが出来ないと判断されたようです。今回リリアが嘘をついてまでヴァルハイト様を連れ出したことの理由の一つです。
それからというもの、遠くから視線は感じても、リリアがお茶会に直接乗り込んでくることは無くなり、三度目のお茶会からはゆっくりお話が出来るようになりました。
領地のことや好きな本のこと、好きな飲み物や食べ物……会話は多岐にわたり、五人目にしてはじめて、婚約者候補との顔合わせに相応しい時を過ごせています。そしてその時間を楽しいと感じているわたくしがいるのです。
お茶会ではこれまでの方と違い、リリアの話題が一切出ないことも一因かと思います。
ですが、リリアの嘘に簡単に騙されるヴァルハイト様……いつリリアの方が良いのだと言い出すのか、警戒もしておりました。
その日はヴァルハイト様が、時間になっても東屋に現れませんでした。
(またリリアに足止めされているのでしょうか……)
それならそれで構わないはずなのですが、何故かわたくしの足は自然とエントランスホールへと向かいました。『候補』でしかない方を自らエントランスホールへ迎えに行くのは正しい行いとはいえないことは分かっています。ですが、足が勝手に動くのです。
中庭には四季咲きの薔薇が咲き誇っております。
ふと、リリアの声が聞こえ、そちらへと視線を向けました。
そこに二つの影が見えました。リリアと薔薇を手にしたヴァルハイト様です。
わたくしは、大人しく東屋で待っていなかったことを、後悔しました。
生花を送ることには特別な意味があります。
「わぁ、アレクシス様、ありがとうございます! とっても嬉しいです!!」
少なくとも、東屋を動かなければ、彼が生花をリリアに贈るところなど見なくてよかったのですから……
わたくしは二人に背を向け、そっと立ち去りました。
ヴァルハイト様の肩越しにわたくしを見ていたリリアが笑みを浮かべていたのを、わたくしは知りませんでした。




