6 リリア・シュタイン
「リリアちゃんは可愛いわね」
(そんなの知ってる。だってみんなそう言うもの)
だけど、そんなこと言う子は可愛くないの。
だから、少し照れた感じで「ありがとうございます」って、にっこり笑うのが正解。
他にも知ってる。
髪や肌のお手入れを頑張ると、もっと可愛くなれるってこと。
ドレスや靴、そしてアクセサリーを使い分けたら色んな『可愛い』を楽しめること。
だけど、可愛いを維持するにはお金がかかるの。
だから、この可愛らしさを保つため、お金持ちな人のお嫁さんになる必要があること。
お姉様はいつも勉強ばかりで、ブローチの代わりに本を欲しがる変わり者。
綺麗なのに着飾らないなんてもったいないって言ったら、将来お姉様か私のどちらかが伯爵を継ぐことになるから、おしゃれより勉強が必要だって言うのよ。
「リリアも一緒に勉強しましょう? あなたが伯爵家を継ぐことになるかもしれないし、そうでなくても知識はあった方が婚約にも有利に働くわ」
そう言って、お姉様はいつも私に勉強をさせようとするの。
「お姉様みたいに一日中勉強するなんて絶対嫌よ。私は伯爵家なんて継がないわ!」
お姉様みたいな生活なんて耐えられない。そんなに勉強ばかりしていたら、髪や肌のお手入れが出来ないじゃない。
現にお姉様は、髪をひとまとめに結ってるだけで、なんの装飾もつけていない。伯爵家なんか継いだら、可愛い私はきっとボロボロになってしまうわ。
私はその足でお父様のところに行くと、はっきり伝えたわ。私は伯爵家を継ぎません。私はいつまでも可愛くいられるように、お金持ちの人のところにお嫁にいきますって。
頑張った甲斐あって、手入れを怠らなかった私は、可愛く、美しく成長したわ。
だけど私ならもっと美しくなれるはず。
色々な美容法や流行りを研究し、その方法を探していた私は、市井で流行っている一冊の物語に出会ったの。
その物語は、決して結ばれることが無いはずの王子様と男爵令嬢が出会って惹かれ合い、数々の『障害』を乗り越え、最後には結ばれて幸せになるというお話だったわ。
それを、『真実の愛』と呼ぶんだって。
そのお話が結末を迎えたとき、王子様から愛されている男爵令嬢は、他の登場人物の誰よりも輝いていて、可愛らしく、そして美しく描かれていたの。
そこで、私の美しさを保つためにはお金だけではない。愛されること──『真実の愛』が必要なのだと気付いたの。
だけど、伯爵令嬢である私に、『障害』──身分差の恋は難易度高め。
ちょうど中位貴族の我が家では、身分差の恋をするなら王族か平民かの二択になってしまうから。
王族であれば、ドレスに宝石……私に相応しいものを手に入れられると思うけど、もれなく王子妃教育という勉強漬けの日々を送らなければいけない。──無理だし、普通に嫌。
そして平民なんかに嫁いだら最後、私の美しいプラチナブロンドは一日でその艶を失ってしまうと思うの。
「身分差以外の『障害』でないとダメね」
物語の中で男爵令嬢は学園というところに通っていたわ。
そこには事あるごとに二人の前に立ちはだかって『障害』となる、『悪役令嬢』と呼ばれる令嬢がいたの。
この令嬢は王命で決められた王子様の『婚約者』で、二人は協力して婚約者の悪事を暴き、『断罪』して、婚約破棄に持ち込んだの。
「……!」
そうなのね! 婚約者のいる方が私の真実の恋の相手だったのね!
そのことに気付いた数日後。お姉様の婚約者が我が家にやって来ると聞いたわ。
このタイミングで政略で決められたお姉様の婚約者が来るなんて……
「──これが運命なのね」
私は『真実の愛』の相手が屋敷に来る日を楽しみに待っていたわ。待ちきれなくて、エントランスホールで出迎えたの。
──でも、何かが違うわ。
だって彼らは私が声を掛けて微笑み、ちょっとした相談事を持ち掛けただけで、なんの苦労もなく手に入ってしまった。
障害のない『真実の恋』など存在しない。きっと彼は私の『真実の恋』のお相手では無かったの。
次こそ私の運命の相手よ。
次の方に違いないわ。今度こそ、巡り会うのよ。
そしてお姉様の五人目の婚約者がやって来るということを耳にしたのは、食後のお茶の席だった。
今回の方は、エントランスホールに現れた時の立ち振る舞いから、これまでの方とは全然違うことが分かったわ。
「ごきげんよう。はじめましての方ですわね」
私は窓から差し込む光を背に、階段の上から声を掛けたの。今の時間だと、私の緩やかに波打つ髪が光を反射して、とても美しく彼の瞳に映るだろうから。
「え?」
ほら。彼が私の美しさに言葉を失っている間に、私はエントランスホールを駆け降りたわ。
今度こそ、私の真実の愛の相手に違い無いという期待が、胸を熱くする。
足が軽い。
トクントクンと心臓の高鳴りが聞こえる。
私は彼の前までくると、彼と視線を合わせ、可愛らしくカーテシーをして見せたの。
「シュタイン伯爵家次女のリリアと申します」
私の名乗りに、彼は深い息を吐き、笑みで答えてくれた。
「私はヴァルハイト侯爵家のアレクシスと申します。今日は婚約者となるエレノア嬢との顔合わせで伺わせていただきました」
侯爵家! 素敵!! それに、これまでの方なんて足元にも及ばない程、美丈夫な方よ!!
「まぁ! お姉様の婚約者の方でしたのね。……こんなに素敵な方と婚約出来るなんて、お姉様が羨ましいわ……」
私は期待を込めて、彼──アレクシス様を見上げた。
もう、私のことを好きになったかしら。
運命ですもの。一目惚れだってあり得るわ。
だって、私はもう貴方が好きだもの!
「……」
彼は私の言葉に何も答えなかった。
ううん。答えられなかったの。
だって彼はお姉様の婚約者。いくら私のことを愛しく思っていても、表に出せない。当然よ。
これまでの方とは違う。
あぁ、これが『障害』なのね!
あぁ、やはりこの方が真実の愛のお相手!
運命の出会いにお互い言葉を失い、立ち尽くしていると、執事がアレクシス様に声を掛けた。
「ヴァルハイト様、お時間です。どうぞ、こちらへ」
「あのっ……また、お会い出来ますか?」
別れ際、私が声を掛けると、アレクシス様は切なそうな笑みを浮かべ、何も言わずにその場を離れたの。
運命の出会いを終えた私は部屋に戻っても落ち着かなかった。
折角『真実の愛』の相手に出会えたのに──
「そうだわ!」
『悪役令嬢』であるお姉様には私とアレクシス様の恋を邪魔して貰わないといけないのだから、私もお茶会に参加した方が良いのではないかしら。
お姉様だって私たちが目の前で仲良くしていた方が、邪魔をしやすいだろうし……
私はお茶会に参加するために、中庭に向かったの。




