5 コサージュの行方
「エレノア、三日後に五人目との顔合わせがあるから空けておくように」
アレクシス様との顔合わせの数日前。ディナーの後のティールームで、わたくしはシュタイン伯爵である父から家族への連絡事項のひとつとしてそう告げられました。
「はい」
顔合わせも五回目となると、どうしても今回の方もまたリリアの方が良いとおっしゃるのでしょうという、諦めが先に立ってしまいます。
それでもわたくしは、次期当主として婚約者候補と対峙しなければなりません。
わたくしはリリアの期待するような眼差しを感じながら、五人目の候補との顔合わせに備え、中庭でのお茶会の指示を出しました。
*――*――*
顔合わせ当日、出掛ける予定もないのに、リリアがハウスドレスからデイドレスに着替えていると報告を受けました。
一人目のことがあってから、わたくしは予めリリアが婚約者候補に接触しても、無理に止めずとも良いと執事に指示を出しています。
リリアの『真実の愛』探しを利用しようと考えたのはわたくしです。ならば出会いを制限しても仕方無いからです。
じき約束の時間になりますが、これまでの方同様、ヴァルハイト様もリリアと話し込み、遅れてくるに違いありません。
わたくしはテーブルにつくと、読みかけの本を開きました。
本来ならそのようなことはしないのですが、二人目の時に四半刻ほど待たされて以降、わたくしはお茶会が行われる中庭に本を持ち込むことにしたのです。
ですが意外なことに、ヴァルハイト様は時間通り、中庭に現れました。
こちらの家に婿に入る予定とはいえ、ヴァルハイト侯爵家は格上です。わたくしはカーテシーをし、ご挨拶を致しました。
──この方はリリアには会わなかったのでしょうか。
いえ、油断は禁物です。一回目はリリアも自身を印象付けることに徹しているようで、皆様短時間の遅刻です。二回目、三回目と、ヴァルハイト様もこれまでの方のようにならないとも限りません。
わたくしは判断を誤ってはならない立場です。ヴァルハイト様の一挙手一投足を見逃さないためにも気を引き締め直しました。
「その本、『ラインハルト子爵の回想に見る領地経営の十視点』ですよね。私も読みました。私には無い視点もあり、なかなか興味深かった」
ですが、席にかけるなり、ヴァルハイト様の視線が先程までわたくしが読んでいた本へと移りました。これまで、わたくしの読んでいた本に興味を示す方など一人もおられませんでしたのに……
「そうなのです! 領地経営にこのような見方があるのだと、自身の視野の狭さを思い知らされ、領民のため領地のため、次期当主としてまだまだ学ぶ必要があるのだと、改めて考えさせられるのです!」
わたくしは、うれしさのあまり思わず立ち上がり、前のめりでそう叫んでしまいました。
ヴァルハイト様が目を瞠り、紅茶を淹れてくれていた侍女の持つ茶器がわずかに音を立てました。
いくら嬉しかったとはいえ、これは淑女として失態です。わたくしは俯き、静かに腰を下ろしました。
「あ、も、申し訳ありません。わたくしったら……」
「いいえ。ご令嬢からはよく話が退屈だと言われるのですが、シュタイン伯爵令嬢とは話が合いそうで安心しました」
ヴァルハイト様は、わたくしの無作法を咎めることなく、そう言って優しく微笑まれました。
そして、その流れで好きな本の話題で盛り上がり、共に読んだことのある本であればその感想を述べて意見交換をし、まだ読んだことが無い本であればそのあらすじを伝える……これまでの方にはない、有意義な時間を過ごしました。
「実はシュタイン嬢とのお近づきの印に、と思ったんだが……」
ふと、ヴァルハイト様が少し躊躇いながらそう言うと、上質なオーガンジー生地でバラを模した花をシルクのリボンであしらったコサージュを取り出されました。
女性に贈る品と言えばアクセサリーか花ですが、家族や婚約者ではない令嬢にジュエリーを送るのはマナー違反です。
そして生花を送るということは、枯れる前に新しい花を贈りますという意味が込められる為、婚約者候補でしかない令嬢に送るには不向きとされています。
そういった理由から、この国では生花の代わりにコサージュを送ることは、当たり障りの無い、よくあるプレゼントなのです。
ですが……
色は、可憐なパウダーピンク。
「エレノア嬢がブロンドであるとだけ聞いていたもので……」と気まずそうに微笑むヴァルハイト様に他意が無いことはよく分かります。
ですが濁りのないその桃色は、普通のブロンドやリリアのような眩いプラチナブロンドの髪に飾れば、お人形のように愛らしく引き立つでしょうが、わたくしの様に深みのあるアンティークゴールドの髪に合わせれば、コサージュだけが滑稽に浮いてしまいます。
ヴァルハイト様の歯切れの悪さから、彼もそう思ったのだということが分かります。
ですが、とても可愛らしいコサージュです。髪にさえ飾らなければ問題になどなりません。
「──ありがとうございます」
わたくしは、ヴァルハイト様の気持ちが嬉しくてお礼を述べました。
それと同時に、誠実そうなこの方なら、リリアに惑わされることなどないかもしれない……わたくしの中に淡い期待が芽生えたその時です。
視界の隅に影が落ちたかと思うと、
「まあ、可愛らしい! 私にも見せてくださいな」
「!」
横からリリアの手が伸びてきたのです。
リリアは勝手にコサージュを手に取ると、日の光にかざし、碧くキラキラした瞳で見入っていました。
「お姉様が羨ましいですわ! 婚約者の方からこのような素敵な贈り物を頂けるなんて。──でも……」
リリアは悲しそうに目を伏せました。でもコサージュはしっかり握って手放しません。
「お姉様はこのようなお色、好まれないでしょう? 折角の贈り物ですのに、付けてさえもらえないなんて、アレクシス様も、コサージュも可哀想ですわ……」
この色が髪に似合わないと思ったことは確かですが、コサージュは髪に飾るだけのものではありません。
わたくしは、あまりにも酷いリリアの言動にショックを受け、何と答えたらよいかわからなくなってしまいました。
なのに──
「そちらは貴女に差し上げましょう」
「っ!」
言葉を失うわたくしをよそに、コサージュを抱きしめるように胸に抱えるリリアを見て、ヴァルハイト様はそうおっしゃったのです。




