23 エレノアの気持ち
事故後、リリアの修道院行きと、ヴァルハイト様の傷が癒えるまで、顔合わせのお茶会は開かれませんでした。
それは、彼の傷の治癒の他に、部屋に軟禁されたリリアがヴァルハイト様の気配にどういう行動を起こすか分からないいということ。
お茶会が継続されていることを知れば、またわたくしに危害を加える可能性があること。
わたくしや他の家人も少なからずショックを受けており休息が必要だったことなど、様々な理由がありました。
その為、久しぶりに開かれる本日のお茶会が、顔合わせ最後のお茶会となります。
「いよいよ明日が最後の茶会だな」
昨夜、両親とティールームで過ごしていた時、お父様がそう切り出されました。
リリアのことはシュタイン伯爵家とヴァルハイト侯爵家で内々に収められていますが、大切なご子息をあのような事件に巻き込んでしまったのです。
わたくしは、きっとヴァルハイト侯爵家はこの話を辞退するだろう思っておりました。
しかし、先方からそのような話はなく、明日を迎えることになったのです。
「エレノアは彼をどう思っているんだい?」
そのタイミングは最悪で、わたくしが紅茶の入った白磁のティーカップを持ち上げ、口をつけようとしたところでした。
「あつっ」
「あ、すまん」
「あなた……」
「失礼しました……」
紅茶が熱かったわけではありません。
この件は、今後の伯爵家の在り方が決まる、大きな決断と言っても過言ではありません。ですので、このような場で世間話のように切り出されるとは思っていなかったのです。
わたくしは、ティーカップを戻すと、両親に向き直り、居住いを正しました。
「──正直申し上げますと、わたくしにはわかりません。
ヴァルハイト様ご自身は、誠実な方であると思います。命も助けていただいたからかもしれませんが、とても頼れるお方であると思います。それに……──お話ししていて、とても楽しいとも思います。
ですが、次期当主として伴侶を選ぶとなると、どう判断すれば良いのか分からなくなります」
婚約者の選定すら出来ないなど、次期当主失格といわれるでしょうか。
私は身を固くし、お父様の言葉を待ちました。
「そんなに堅苦しく考える必要はない。リリアの様に『真実の愛』などと言われても困るが……」
「コホン」
お母様はひとつ咳払いをすると、チラリとお父様を見てからわたくしの方を見、こうおっしゃいました。
「一生のことだから納得して答えを出すことは重要よ。
けれど、そんなに難しく考えずとも、ヴァルハイト様を誠実な方だと感じ、共にいて楽しいと思えるのであれば、答えは出ているような気がするけれど」
「ですが、それはわたくし個人の感情であって、次期当主としてのわたくしの判断ではありません」
「では、次期当主としてのあなたは、ヴァルハイト様が婿として何が不足していると思うのかしら」
「それが、分からないのです。わたくしにはそういう意味で人を目利きするだけの、経験が足りていません」
視線を落とし、カップの中で凪いだ紅茶の水面を見つめるわたくしに、今度はお父様が声を掛けてくださいました。
「はじめからエレノアに目利きなど期待していないよ。お前の言う通り、その判断には多くの経験が必要だからね。
そもそも、私は最初に『伯爵家に相応しい人材を幾人か見繕ったから、その中からお前が信用できると思える者を選びなさい』と言ったはずだ。
候補に上がっている者は、皆私が伯爵家の婿としての執務能力を見定めた者だ。あとは長い人生を共に過ごすお前が、彼らの中から信用できるものを選ぶ──今回の顔合わせの目的は、元より君が信用できると思え、共にいたいと思える人物を選ぶことだった。私情で選ぶことに、何の問題もない」
「え」
そういえば、そう言われたような気がします。
「エレノア。次期当主であるあなたはもちろん、貴族令嬢は個人の感情で伴侶を選べることは少ないわ。
だけど、貴女はお父様の選んだ候補の中から信頼出来て、共に過ごす時間が楽しいと思える方に出会えたの。これは奇跡的なことよ。
伯爵家の嫡子であるということは一度忘れて、エレノア・シュタイン個人として、考えてみなさい」
わたくし個人の気持ち……?
彼とは、本の好みが同じでした。
彼との会話は、楽しいと思います。
彼は、私だけのコサージュを贈ってくれました。
彼は、わたくしの危機に現れて助けてくれました。
彼は、リリアを選びませんでした。
──たったそれだけの理由ですが、わたくしは彼に惹かれています。
──たったそれだけの理由で、次の伯爵領の治世を担うわたくしが、伴侶を決めても良いのでしょうか。




