24 しんじつの愛(最終話)
結局答えは出ないまま、最後のお茶会の時を迎えました。
婚約者候補たちとのお茶会がはじまったのは三月程前でした。
わたくしのお気に入りの東屋が作り出す日陰は、心地良い風の通り道になっており、初夏を過ぎたこの時期でも過ごしやすい空間を作ってくれています。
その日、わたくしは少し早めに東屋へと赴き、読書をしながらヴァルハイト様を待っていました。
エントランスホールで彼を引き留める者はもうおりませんが、なんとなく落ち着かなかったからです。
定刻になったため、わたくしは本に栞を挟むと、ヴァルハイト様を迎えるために立ち上がりました。
「ヴァルハイト様……お待ちしておりました。本日はお忙しい中、ご足労いただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
わたくしは席に着いた後、しばらくカップに満たされた紅茶の水面を眺めていましたが、意を決してヴァルハイト様に頭を下げました。
「あの、申し訳ありません!」
「え……何を……」
突然のことに、ヴァルハイト様が戸惑っておられるのがわかります。
「わたくしはリリアの『真実の愛』を利用してヴァルハイト様を試しておりました。そのせいであのようなことに巻き込み、あなたに怪我を負わせてしまいました」
落下直後はそれどころではありませんでしたが、時間が経過したところで冷静に考えると、ヴァルハイト様を巻き込んでしまったのは、わたくしなのです。
確かにリリアは『真実の愛』を手に入れるため、自ら望んで行動に出ました。
ですが、そのリリアを利用し、彼らの誠実さを推し量ろうとするなど、わたくしこそ将来の伴侶となる彼らに対して誠実ではなかったのだと、わかったのです。
「わたくしがヴァルハイト様に惹かれてさえいなければ、わたくしは早々にあなたに見切りをつけていました。
そうすれば、あなたが怪我を負うこともなかったし、リリアもセヴェルス修道院ではない、もっと穏やかに過ごせる場所に辿り着いていたでしょう。
すべては婚約者選びに誠実ではなかったわたくしの責任です」
利用すると決めたのであれば、五人目も同じなのだと早々にヴァルハイト様とのお話をお断りするべきでした。
全てわたくしの至らなさが原因なのです。
「──……今日は『スリーカバル女伯爵の領民幸福論』を読んでらっしゃったのですね。この本は、女性領主ならではの視点で領民の幸福について考察した名作です。
ご存じですか? 女伯は最後に『領地の幸福は領主と領民の信頼関係の上に成り立っている』と記しています」
ヴァルハイト様はわたくしに向けていた視線を、テーブルの隅にある栞を挟んだ本に移すと、突然そうおしゃいました。
この本はこれまでに何度も読み返しています。
同じ女伯という立場の方の著書だからか、当主とは──領主とは何なのかと悩んだ時に読むと、不思議と落ち着けるのです。
「はい」
ヴァルハイト様はわたくしの返事に満足そうに微笑むと、
「まずはお互いを知り、信頼できる関係を目指しませんか」
と、おっしゃいました。
「はい……?」
「──信頼関係の上で幸福が成り立つのであれば、夫婦間でも同じかと思いまして」
少し照れたような、でも真面目な顔で、ヴァルハイト様はそうおっしゃいました。
「わたくしは、まだあなたを選ぶとは……」
言っていません──わたくしがそう言い終える前に、
「先程『私に惹かれている』とおっしゃいましたよね」とも。
わたくしは思わず口元に手を当て塞ぎました。
本当にそのようなことを口にしたのでしょうか。
「確かに私たちはお互い疑うことからはじまりました。その関係は、誠実ではなかった」
「……」
「ですが今回、彼女を利用したのはあなたであっても、陥れたのは私ですし、罪を犯したのはリリア嬢で、リリア嬢の修道院行きを決めたのは伯爵です。
あなただけが背負うことではありません。
エレノア嬢。あなたが次期当主として誠実であろうとするように、今回の件で、私はシュタイン伯爵家を守るあなたに添うに足るのだと示したつもりです。
──俺は、信用するに足りませんか?」
ヴァルハイト様の一人称が、私から俺に変わりました。嘘偽りなく、本音で話してくれているのでしょう。
本当は、貴族として、次期当主として、リリアの修道院行きは避けて通れないものであると理解できているのです。それでもわたくしの不安は除けません。
「──あなたはわたくしの元へ婿入りすることを、本当は嫌なのではないのですか?」
思わず出てしまった言葉で、わたくしは自身の不安の種が分かりました。
わたくしは、ヴァルハイト様は貴族籍を保つためにシュタイン伯爵家への婿入りを望んでいるのだと、未だ疑っているのです。
そのような方を伯爵家に迎え入れることは出来ないと……
ヴァルハイト様はそんなわたくしを見て視線を逸らすと、返事の代わりに小箱を取り出し、テーブルの上に置かれました。
「あ・・・」
それは、あの日リリアによって窓の外に投げ捨てられた、アイスブルーのコサージュでした。
あれから散々中庭を探したのですが、見つけることが出来ず、諦めかけていたのです。
まさかヴァルハイト様が持っていらしたとは……
「中庭で拾ったので、修復に出しておいたのです。勝手に申し訳ありませんでした。新しいものをとも思いましたが、これが良いような気がして──」
「あ……、ありがとうございます」
わたくしは震える手で、それを受け取りました。
わたくしは、とても自分勝手です。あの日、捨てる決心をしていたというのに、彼がリリアのことを想っていないと分かった途端、彼のことも、コサージュのことも手放すのが惜しくなったのです。
「今すぐ信じろと言っても無理かもしれませんが……──エレノア嬢、俺と『信実の愛』を目指しませんか」
「『信実』、ですか?」
「そうです。信を貫くことで、実を結ぶ愛です。運命任せより、余程良いかと思いまして……」
スリーカバル女伯爵が説くように、幸福が信頼関係の上に成り立つのであれば、信頼で成り立つ関係は幸福を呼ぶ、ということでしょうか。
確かに『真実の愛』より、余程誠実な気がします。
ですが──
「愛とは?……」
ヴァルハイト様は自身の瞳の色のコサージュを手に取ると、そっとわたくしの髪に挿しました。
「──俺もあなたに惹かれているのです」
婚約が正式に締結される日。
いつもの東屋で読書をしながら待っていたわたくしのもとへ、彼がやって来ました。
その手には12本のバラの生花──
その意味は、感謝、希望、愛情、情熱、真実、尊敬、栄光、努力、永遠、幸福
そして、──信頼と誠実。
「受け取っていただけますか?」
「はい……」
花束を受け取ったわたくしの手にアレクシス様も手を重ねられ、改めてふたりで『信実の愛』を誓います。
まだ、愛と言えるほどのものは育ってはいません。
けれど、お互いを信じ、進むこの先に、皆の幸せがあると信じて──
(おしまい)




