21 突きつけた現実
通常、令嬢の修道院行きは嫡子の婚約や結婚が決まるタイミングであることが多い。
そのため、リリアの将来を案じ、少しでも良いものにするため、伯爵はエレノアがリリアの『真実の愛』を利用していること自体を利用しようとした。
それを諦め、通常より早くシュタイン伯爵がリリアの修道院行きを決心したのは、リリアの思い込みの激しさから、何かがあってからでは遅いのだという、アレクシスが訴えを聞き入れたからだ。
家に何かあれば、その被害は領民に出る。領主としてそれは避けなければならない。
親としてではなく、領主として客観的に考えれば、すぐにわかることだった。リリアは貴族家への嫁入りはもちろん、例え『真実の愛』があっても、裕福であっても、平民として生きていくのは無理だろう。
伯爵は自身の甘い考えを恥じた。
貴族としての努力を放棄したのはリリアだ。
貴族としての在り方を伝えきれなかった伯爵が、自身の責任で、リリアを送り出さねばならない。
婿に入るからにはその家の利益のために動くのは当然である。アレクシスは候補の段階でその覚悟を示した。
他の候補と違い家のことを一番に考えることの出来る思考、問題は起こる前に潰すというエレノアには無い冷徹な判断力をもつ彼からの意見は、伯爵を決心させるのに十分な理由になった。
暴走するリリアを止めない伯爵家の謎が解け、リリアの処遇が決まったのであれば、リリアの相手をする必要はない。それからは、アレクシスもリリアへの対応は、当たり障りのないものへと変えていった。
ある日、中庭へ向かっていると、珍しくエントランスホールにいなかったリリアが、庭で待ち伏せしていた。
そして、薔薇を摘もうと思って来たが鋏が上手く使えないなどと言い、アレクシスに摘ませたのだ。
それに何の意味があるのかと思っていたが、その後のエレノアの様子からリリア嬢の意図が見えた。
リリアは、エレノアにアレクシスから生花を贈られるところを見せたかったのだ。
しかし、自分が用意したわけでもない花──しかも、摘んでくれと頼まれ代わりに摘んだ花でも生花を贈ったことになるのだろうか……
それでも気にしているようなエレノアの様子に、アレクシスは渡すタイミングを伺っていたコサージュを渡すことにした。
前回リリア嬢が抱き込み、つぶしてしまったコサージュと違い、アレクシスが自ら色味を選んで作らせた特注品だ。
シルクで作らせた薔薇のアーティフィシャルフラワーはアレクシスの瞳の色を使った。
アイスブルーをメインにしたコサージュは彼女によく似合うだろう。
アレクシスからの贈り物を手にしたエレノア嬢が、本当にうれしそうだったのが、印象的だった。
アレクシスがエレノアと交流をはじめて、半月が経った。
エレノアとの交流は順調だった。しかし、伯爵から受け入れ先の修道院が決まるまでは、リリアとは普通の令嬢と変わらぬよう接して欲しいと言われている。もうすぐ俗世と離れて生活することになるリリアに気付かれぬよう、という意図があることは分かったが、最後に好きな男に冷たい態度を取られるのが可哀そうだという甘い考えも透けて見えた。
非常識ではあるが、彼女も一人の令嬢だ。伯爵にとっては大切な家族なのだろう。無条件に優しくし、期待を持たせることなどは出来ないが、婚約者候補の令嬢の妹として接するだけなら構わないとアレクシスは思った。
しかし、こちらがそのつもりでも、あちらはそうではない。
何度名前を呼ぶのは止めて欲しいと伝えても、聞き入れてもらいない。すぐに身体に触れてこようとする。巧みな嘘をつき、エレノアとアレクシスのお茶会を邪魔しようとする──
アレクシスはいい加減頭にきていた。
そんなある日、また嘘をつき応接室に誘導しようとするため、敢えてその誘いにのることにした。
「アレクシス様! 私、貴方をお慕いしております。
私と貴方は真実の愛で結ばれる運命ですもの。貴方の気持ちは分かっております。
──どうかなにも恐れず私を選んでくださいませ!!」
この自信はどこから来るのか……
これまで彼女を貴族令嬢として扱ってきたが、彼女には回りくどい断り文句は通じないのかもしれない。いや、ストレートに断ったとしても、通じないかもしれない。
アレクシスは、夢見がちなリリアに現実的な話をすることにした。
「リリア嬢……簡単に言うが、私も君も後継ではないんだよ。万が一君が私と一緒になることになった場合、貴族籍を抜け、平民になることになる。それを理解しているかい?
ドレスもアクセサリーもない。髪を梳いてくれる使用人もいない。
これまで貴族として生活してきた君に、それが耐えられるかい?」
リリアはおそらく現実的なことは何も考えていない。『真実の愛』が叶えば、幸せは付いてくるものだと思っている節がある。
「え……平民……? なぜ、侯爵令息であるアレクシス様が……?」
「当然だろう? 嫡子ではない子には継ぐ家がないのだから……」
「そ、そんな……アレクシス様と私は結ばれない運命なのですか……? うぅ……」
「君が私の侯爵家の子息であるという肩書に惹かれているのであれば、残念だが、私はどこかの家に婿入りしなければ平民となる身だ。
そもそもエレノア嬢との縁談でこの屋敷を訪れている者たちは皆そうだ。
私がエレノア嬢の婿に決まらず六人目が来たとしても、その男も君の思う『運命』の相手とやらではないだろう」
顔を上げなければ返事もしないリリアにため息を付き、アレクシスが立ち上がった。
そこへ、エレノアの侍女が急な体調不良で会えないと連絡が入った。
アレクシスはその侍女に見舞いの言葉を預けると、馬車に乗って伯爵邸を後にした。
そしてあの日。
リリア嬢に捕まることがないよう早めに到着し、一足先に中庭に向かった自分を褒めてやりたいと思う。
「エレノアッ!」
「き、きゃあああぁぁぁ!」
二階の窓から落下する、潰れたコサージュとエレノア嬢を見つけることが出来たのだから。




