18 対照的な姉妹
「こちらでございます」
執事がアレクシスを案内したのは応接室ではなく、中庭だった。
遠目に東屋で読書に耽っている令嬢が見えた。
人の気配に顔を上げた令嬢は意外そうな表情でアレクシスを見ると、しおりを挟んで本を置いて立ち上がった。
先程の令嬢と違い、落ち着いた金髪と深い藍の瞳の令嬢だ。
その令嬢は美しいカーテシーを披露すると、「シュタイン家の長女、エレノアと申します。本日はご多忙の中、ご足労いただきありがとうございます。本日はよろしくお願いいたします」──そう言って、微笑んだ。
(なんだ。ちゃんとしたご令嬢じゃないか)
それにしても、妹だけが奔放に育ったにしては、両極端な姉妹だ。
妹はマナーに疎く、人との距離感を理解していない。
反面、姉はマナーはきちんとしているが、アレクシスに対して一線を引いており、かなり警戒しているようだった。
アレクシスがそんなことを考えながら挨拶を返すと、勧められるがまま、エレノアの向かいの席に座った。
お茶も菓子も問題ないが、何かがおかしい。
妹君のおかげで約束の時間をわずかに過ぎてしまったが、エレノアは現れたアレクシスを見て、確実に驚いていた。
本まで持ち出していたことからも、絶対にアレクシスが現れないであろうと確信していたようにも見える。
(それに……視線が痛い……)
エレノアの探るような視線から逃れるため、なにか会話の糸口をと、アレクシスはテーブルの上に置いてある本に目をやった。この本は──
「その本、『ラインハルト子爵の回想に見る領地経営の十視点』ですよね。私も読みました。私には無い視点もあり、なかなか興味深かった」
令嬢はこの手の話を嫌う。しかし、読んでいるくらいだ。少しは会話が広げられるかもしれない──アレクシスはそう思って口にしたのだが、彼女の反応は意外なものだった。
「そうなのです! 領地経営にこのような見方があるのだと、自身の視野の狭さを思い知らされ、領民のため領地のため、次期当主としてまだまだ学ぶ必要があるのだと、改めて考えさせられる一冊なのです! あ……」
驚いてすぐに言葉を返せずにいた俺に、エレノア嬢は羞恥に頬を染め、静かに着席した。
「も、申し訳ありません。わたくしったら……」
「いいえ。ご令嬢からはよく話が退屈だと言われるのですが、シュタイン伯爵令嬢とは話が合いそうで安心しました」
そんな彼女の一面が可愛らしく思え、思わず笑みがでた。
その後も彼女との会話は多岐にわたり、とても有意義な時間を過ごすことが出来た。
「実はシュタイン嬢とのお近づきの印に、と思ったんだが……」
ここで、アレクシスは手土産を出すことにした。
はじめて会う令嬢にジュエリーや生花を贈るのはマナー違反だ。しかし婚約者候補とはいえ女性に会うのに手ぶらというわけにはいかない。
エレノアの髪色がブロンドであると聞いていたアレクシスは、この国で友人や恋人未満の令嬢に送る物としては主流のコサージュを準備して来ていた。
しかし、アレクシスの準備してきたコサージュは、エレノアのアンティークゴールドの髪には似合わない色だった。
しかし、コサージュは髪に飾るだけが唯一の使い道というわけではない。アレクシスが「エレノア嬢がブロンドであるとだけ聞いていたもので……」と弁解の言葉と共にテーブルに出した。
「──ありがとうございます」
自身に似合わない色味であるとは思ったはずだ。しかし、そのようなことを感じさせることなく穏やかな笑みを浮かべエレノアがお礼を言ったその時、コサージュに影が落ちた。
「まあ、可愛らしい! 私にも見せてくださいませ」
信じられないことに、いつの間にか横に立っていたリリアが、横からコサージュを搔っ攫ったのだ。
「お姉様が羨ましいですわ! 婚約者の方からこのような素敵な贈り物を頂けるなんて。
──でも、お姉様はこのようなお色、好まれないでしょう? 折角の贈り物ですのに、付けてさえもらえないなんて、アレクシス様も、コサージュも可哀想ですわ……」
アレクシスは髪に飾らずとも、部屋のどこかに飾って欲しいというつもりだったし、そもそもエレノアはこのコサージュ自体を気に入らないなど一言も言っていない。
(そんなに抱き込んだら、歪んでしまうだろう! たとえ取り戻したとしても、そんなものエレノア嬢に渡せるはずがない)
アレクシスは、わざとらしく目を伏せるリリアの胸に抱きこまれ、歪んでしまったコサージュを見て、これをエレノアに渡すことを諦めた。
「──そちらは貴女に差し上げましょう」
「まぁ、嬉しい。ありがとうございます、アレクシス様!」
どうせブロンドに似合うものをと、従者に適当に買いに行かせた既製品だ。
「エレノア嬢には、改めて貴女に似合うコサージュを贈らせてくださいます」
「はい。楽しみにしておりますわ」
コサージュがリリア嬢の手に渡った時、少し残念そうにしていたエレノア嬢のために、今度はちゃんと自分が選んだものを渡そうとアレクシスは思った。




