17 無作法な令嬢
「ヴァルハイト様。このような状況で申し訳ありませんが、少しお話してもよろしいですか?」
リリアが去った後、このような事件が起こった直後ですが、わたくしはヴァルハイト様にそうお願いいたしました。
落ち着いてから? 両親が戻ってから? とてもじっとしてなど居られそうも無かったからです。
「もちろん」
ヴァルハイト様もその申し出を快く受けて下さったため、わたくしは応接室にお茶の準備をするようお願いいたしました。
今は、あのような事件が起こった中庭で、お茶を飲む気持ちにはなれなかったからです。
わたくしはリリアにまつわるこれまでのヴァルハイト様の言動について、説明を求めました。
ヴァルハイト様はこの屋敷に訪れた時のことから、順を追って話して下さいました。
*--*--*
その日、アレクシスは婚約者候補との顔合わせのためシュタイン伯爵家に来訪した。
定刻よりわずかに早く到着したアレクシスは、執事によってエントランスホールに招き入れられてすぐ、若い女性に声を掛けられた。
「ごきげんよう。はじめましての方ですわね」
(誰だ。不躾な……)
アレクシスが声のする方を見上げると、その声の主は窓から差し込む陽光を背に、階段の上からアレクシスを見下ろしていた。
「え?」
逆光で何も見えなかったが、シュタイン伯爵家の若い女性と言えば姉妹のどちらかだろうと当たりをつける。
しかし、婿入り予定の身とはいえアレクシスは侯爵家の人間で、今日はこの家の客人であるはずだ。その自分を見下ろすとは、どういう了見だ──アレクシスはそれが信じられず、言葉を失ってしまった。
しかも、アレクシスを迎えた執事も令嬢のマナーの悪さに眉一つ動かしていない。それどころか、見守っているような感じさえする。これが、この家の日常とでもいうのだろうか。
婚約者候補として名が挙がっていたのは、自分を入れて五人だと聞いている。
そして、自分以外の候補が既に辞退しているとも……一気に不安が押し寄せる。まさかこの令嬢が──?
アレクシスがそんなことを考えていると、声の主はいつの間にか階段を駆け下りて来たようで、既にアレクシスの前に立っていた。
そして、アレクシスと視線を合わせると、デイドレスをちょこんとつまみ、首をこてんと傾けたのだ。
(まさか、これがカーテシーのつもりなのか!?)
次男とはいえ侯爵家。これまで彼女と同じような年の令嬢のカーテシーを受ける機会は幾度とあったが、この様に個性的なものははじめて見た。
「シュタイン伯爵家次女のリリアですわ」
(よかった……長女ではない……)
令嬢の名乗りに安心し、アレクシスは、ほぅと深い息を吐いた。
このような無作法な令嬢では、貴族家の当主はもちろん、下位貴族の妻を務めることですら到底無理だからだ。アレクシスは泥船に乗るつもりはない。
「私はヴァルハイト侯爵家のアレクシスと申します。今日は婚約者となるエレノア嬢との顔合わせで伺わせていただきました」
暗に、姉君に会いにきたのだから、君には用はないと伝える。
通常なら姉の元に案内するようにと執事に申し付け、自身は去るものだが、この令嬢は違った。
「まぁ! お姉様の婚約者の方でしたのね。──こんなに素敵な方と婚約出来るなんて、お姉様が羨ましいわ……」
そう言いながらアレクシスを上目遣いで見上げたのだ。
しかし、どういうつもりなのか、未だ執事は動かない。アレクシスはあまりの状況に、言葉を失った。
(姉もこの令嬢と同レベルであればお断り案件だな。案外他の四人もこれが理由で辞退したのかもしれない)
エントランスホールに静寂が訪れたところで、空気と化していた執事がやっと動いた。
「ヴァルハイト様、お時間です。どうぞ、こちらへ」
「あ、あぁ。すまない。案内を頼む」
この状況の異様さに、言葉が詰まる。
好んで立ち話をしていたわけではない。やっとこの場から去ることが出来ると、令嬢に背を向けたところで再び声を掛けられた。
「あのっ……また、お会い出来ますか?」
(姉君次第だが、出来れば君とは会いたくない)
そんなことが言えるはずもなく、アレクシスは曖昧な笑みで答えると、リリアに背を向けその場を離れた。




