14 リリアの言い分
「リリアがヴァルハイト様と恋仲だと言うのであれば、構わないし、反対はしません。
ですが、それを領地経営に持ち込まれては困ります。民の生活は、リリアの『真実の愛』を盛り上げるための道具では無いのです。
わたくしがすすんで次期当主の椅子を、あなたに渡すことは絶対にありません」
「なぜ? だってお姉様は傷物でしょう?
それも、アレクシス様で五回目の婚約破棄。もうお姉様の婚約者になるなんて奇特な方いないと思うの」
そのような事実はありません。仮にそうだとしても、その原因であるリリアが言って良い言葉ではないのです。
「そのような事実はありません。それに、幼い頃から教育を受けてきた次期当主のわたくしが、婿としての資質も自覚もない者を数人見限った程度では、何の問題にもならないのです。
むしろ、彼らを受け入れていた方が、次期当主の資格無しと評価されていたでしょう」
「そんな、ひどい……お姉様に愛はないの?」
「リリア、愛に生きたいのであれば、伯爵家を望んではいけないわ」
「違うのよ! 愛だけではだめなの。私が伯爵家を継いで、アレクシス様と一緒にならないとハッピーエンドにはならないのよ。私が輝けないの!
どうして分かってくれないの!?」
おそらくヴァルハイト様が来られるまでにわたくしに良い返事をもらった上で、本日彼を迎え、婚約破棄をしてもらう──そんなことでも考えていたのでしょう。
作戦が上手くいかなかったリリアは、他にわたくしを追い落とす方法を探そうと思ったのか、キョロキョロと部屋を見渡し、ある一角を凝視したまま動かなくなりました。
「お姉様、あのコサージュは……?」
「あぁ、ヴァルハイト様から頂いたものよ」
ヴァルハイト様の本当のお気持ちを知ったあの日以来、いただいたコサージュを身につける気持ちになれず、お気に入りを集めたガラスの飾り棚から出して、本棚の一角に置いていたのです。本日、彼との関係を清算した後で処分するつもりでした。
アイスブルーのコサージュは、並んだ本の背表紙に良く馴染み、その存在感を消していましたが、ヴァルハイト様の瞳の色だったからでしょう。リリアの目に留まってしまったようです。
そして、おもむろに口を開くと、コサージュから視線を外すことなく言いました。
「そうか、お姉様はアレクシス様のことが好きなのだものね。
私と彼の恋路を邪魔する『悪役令嬢』ですもの。だから私のお願いを聞いてくれないのね──」
悪役令嬢とは、リリアの心酔している物語に出てくる、悪役とされる公爵令嬢のことを指します。
そして、おもむろに振り替えると、恍惚とした表情を浮かべ、なにかに酔うように語り始めました。
「でも残念。さっきも言ったけど、アレクシス様は私の『真実の愛』のお相手なの。お姉様もご存じの通り、先日薔薇の生花をいただいたわ。
お姉様はお勉強がお得意ですもの。説明しなくても、意味するところはご存じよね」
リリアはあの日、わたくしが二人の様子を見ていたことを知っていたようです。
「だけど、私がアレクシス様と結ばれるためには伯爵家の後継になる必要があるの」
リリアは本棚の方に手を伸ばすと、アイスブルーのコサージュを手に取り、そのまま握りつぶしました。
「リリア!……なにをするの!?」
「お姉様? 『悪役令嬢』は『真実の愛』で結ばれる二人のために、断罪されなければいけないのです」
「わたくしは罪など犯しておりません。どう転んでも、あなたが伯爵家を継ぐ未来などないわ。
さぁ、用が済んだらこの部屋から出ていって、ヴァルハイト様のところに行ってちょうだい!」
「未練がましく妹の恋人から義理でもらった贈り物を飾っておくなんて……しかも彼の瞳の色の……私に申し訳ないと思わないの? 立派な罪だわ。
悪役令嬢なら悪役令嬢らしく、ヒロインを美しく彩る糧になりなさいよ!」
未練がましい……リリアの言葉がほんの少し、わたくしの心を抉りました。
それでも、わたくしは膝をつくわけにはいきません。
そんなわたくしを見て何を思ったのか、リリアは開いていた窓に駆け寄ると、そこからコサージュを投げ捨てたのです。
「何をするの!?」
コサージュは下に落ちず、二階の窓のそばにまで枝を伸ばした木に引っ掛かっていました。
手を伸ばせば、届くかもしれません。
わたくしは窓に駆け寄ると、コサージュに手を伸ばしました。
その時です。
ドンッ!
窓から身を乗り出していたわたくしの背中に、何かがぶつかったような衝撃が走りました。
「きゃぁッ!」
視界がぐらりと揺れました。さっきまで、木の枝に引っ掛かっているコサージュを見ていたはずの視線が、何故か地面をとらえているのです。
わたくしは、咄嗟にコサージュの引っかかっている木の枝を掴むことに成功しました。
成功はしたのですが──わたくし程度の腕力で、木に登ることはもちろん、長い時間体を支えることなど出来るはずもありません。
「二階から落ちて大怪我を負えば、次期当主は無理だと思うの。死ななくても痕に残るほどの傷を負えば、お姉様の令嬢としての価値はなくなるでしょう?
大丈夫よお姉様。伯爵領は私とアレクシス様の愛の力で幸せに導くから──」
わたくしは、そこではじめて、リリアに背中を押されたことに気付きました。




