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目利き 八百屋が異世界転生して 腐った王国を見切り世界を救う話  作者: もしものべりすと


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第七章 〈目利き〉スキル

「三人」


 俺は短く繰り返した。


「ああ。あんたの大陸で、〈目利き〉持ちは、三人だけだ」


 ガロウは、馬車の荷台から、布で包んだ何かを取り出した。


 彼は俺の前で、その布を解いた。


 現れたのは、一個の桃のような果実だった。橙色で、表面に薄い産毛があり、見たところ完熟しているように見える。


「翔太殿、これを見てくれ」


 俺は受け取った。


 軽く持ち上げて、重さを確かめる。


 指で底を弾く。


 乾いた音と、湿った音が、半々に混じった。


 断面を見るまでもなかった。


「これ、見た目はいいが、芯の方が腐りかけてる。今日中に食わないと、明日には食えん。皮を剥いたら、芯のあたりが黒くなってるはずだ」


 ガロウは、息を呑んだ。


 俺は果実を返した。


 ガロウは、それを片手で受け、もう片手で腰の小刀を抜いた。果実を、ゆっくりと半分に切った。


 断面が、はっきりと、彼にも俺にも見えた。


 芯のあたりが、黒く変色していた。腐敗が、奥から始まっていた。


 ガロウの手が、震えていた。


 小刀を取り落としそうになって、彼は両膝を地面についた。


「これは、〈鑑定〉の魔法でも、表示されない傷み方だ」


 ガロウは、地面を見つめながら、独り言のように呟いた。


「〈鑑定〉は、物の名前と等級を表示する魔法だ。だが、『将来の傷み方』までは、絶対に出ない。それを見抜けるのは」


 彼は顔を上げて、俺を見た。


「それを見抜けるのは、神授スキル〈目利き〉持ちだけだ」


 俺は黙っていた。


 目利きは、俺にとってはただの仕事の道具だった。


 日本の市場で、四十年、五十年と立ち続けてきた老人たちなら、誰もができることだ。父も、できた。丸源の親父さんも、できた。


 ただ、地方の小さな商店街に、毎日朝四時から行く人間がいなくなっただけだ。


 ガロウは続けた。


「神授スキル〈目利き〉は、聖女様、王宮魔術師長、それから王国の北端にいる山の隠者――その三人だけが、この大陸で持っていると言われている」


「俺は、ただの八百屋だ」


「いいや」


 ガロウは首を激しく振った。


「あんたは、ただの八百屋ではない。〈目利き〉持ちの八百屋なら、それはもう、一国を救える商人だ」


 彼は、立ち上がり、もう一度、地面に膝をついた。


「翔太殿、どうか、王都に来てくれないか」


「断る」


 即答した。


 ガロウは、目を見開いた。


「な、なぜだ」


「俺は、ここで売る」


 俺は荷車を指差した。


「お前、見ただろう。この村の人たちの顔。あの子供と、あの婆さんの顔。これが、俺の客だ」


 ガロウは、しばらく黙っていた。


 それから、深く息を吐いた。


「翔太殿、あんたの言いたいことは、分かった。だが、聞いてほしい」


 彼は、立ち上がった。


「王都ラフィオールは、今、食糧危機にある。物価が高騰し、貧民街では子供が餓死している。それでいて、宮廷の倉庫には、腐っていく食料が山のように積まれている。流通が、止まっているんだ」


「腐っていく食料が、山のように」


 俺は眉をひそめた。


 その光景が、頭の中ですぐに見えた。


 奥に古い在庫を積んだまま、手前にしか手をつけない店。先入先出を守らない倉庫。あれをやれば、必ずそうなる。


 ガロウは続けた。


「あんたの〈目利き〉と、その商売のやり方。あれを王都に持ち込めば、何千人の命が救われる」


「お前、なぜそう言える」


「俺は、王都の貧民街の生まれだ」


 ガロウの声が、低くなった。


「俺の弟は、五歳の時に、痩せた芋を腹いっぱい食えずに死んだ。倉庫には、その日も、麦が山ほど積まれていた。誰も流さなかった。倉庫の役人が、価格を吊り上げるために、わざと出さなかったんだ」


 俺は、何も言えなかった。


 ガロウの両拳が、震えていた。


 彼は、しばらく目を閉じていた。


 それから、もう一度、目を開いた。


「すまない。あんたを困らせるつもりはない。ただ、もし、いつか、王都の状況を見る機会があれば」


 ガロウは、自分の指輪を抜いた。銀色の細い指輪に、商人のギルドの印が刻まれている。


「これを持ってくれ。西方商人ギルドの紹介状代わりになる。これを見せれば、どの都市でも商人として正式に活動できる」


 俺は、迷ったが、受け取った。


「ありがたい」


 ガロウは、深く頭を下げた。


「翔太殿、俺は明日、東の方角の都市へ向かう。だが、半月後、また戻ってくる。その時、もし、王都に行く気があれば、連れて行く」


「考えておく」


 ガロウは、それ以上は何も言わなかった。


 彼の馬車が村を去る時、リリが俺の隣に立っていた。


「お兄さん」


「ん」


「王都、行くんですか」


「分からん」


 俺は、二つの月が昇り始めた空を見上げた。


「俺は、まず、この村だ」


 リリは、何も言わずに、俺の隣でうなずいた。


 その日の夜、リリの宿屋には、村の老婆が三人ほど集まってきた。


 彼女らは、何かを抱えていた。古い、布の袋だ。


 袋を開けると、中には、村の畑で育てた野菜が入っていた。痩せた芋、固い豆、小さな大根。けれど、それらは確かに、彼女たちが汗水たらして育てた野菜だった。


「これを、あんたに、買ってほしい」


 一番年寄りの老婆が言った。


 俺は、その野菜たちを、一つずつ手に取った。


 目利きで、判定した。


 俺は、低く呟いた。


「これは、いい仕事だ」

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