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目利き 八百屋が異世界転生して 腐った王国を見切り世界を救う話  作者: もしものべりすと


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第十五章 焼けた村

馬を駆ること、さらに半日。


 俺はセレーナ村にたどり着いた。


 いや、たどり着いたというのは正確ではなかった。


 村はすでに、村ではなかった。


 石壁は崩れ、家々の屋根は焼け落ち、地面のあちこちで煙がまだ細く立ち上っていた。井戸の脇には、誰かの靴が片方だけ転がっていた。


 空気の匂いが変だった。


 焦げた木と、焦げた肉と、焦げた血の匂いが混じり合っていた。


 俺は馬から降りた。


 足が地面に着いた瞬間、力が抜けて、俺はその場にしゃがみ込んだ。


 しばらく立ち上がれなかった。


 馬は不安そうに、俺の周りを歩いていた。


 俺は両手で地面の土を握った。


 土の中に、何か小さな金属片が混じっていた。


 拾い上げてみる。


 子供の使う、木の食器の留め金だった。


 ロブがいつも俺の店の前で、おにぎりのような麦のパンを食べる時に使っていた、それだった。


 俺の目から、何かが落ちた。


 涙だった。


 俺はよろよろと立ち上がった。


 村の中心に、ガロウの馬車があった。


 馬車は横倒しになっていた。馬は見当たらなかった。


 馬車の脇に、人影が伏せていた。


 ガロウだった。


 俺は駆け寄った。


 ガロウはすでに息をしていなかった。


 彼の右手に、銀色の指輪を握っていた。商人ギルドの紋章が刻まれた指輪だった。彼の遺言のようだった。


 俺は彼の右手から指輪をそっと外した。


 俺の左手の中指の指輪と対のように、彼の指輪を右手の中指にはめた。


 そしてガロウの目を閉じてやった。


 俺は村の奥へ進んだ。


 村長エマルダの家は、跡形もなかった。


 井戸の脇には、村人らしき遺体がいくつか転がっていた。


 誰がどう死んだか、もう判別できなかった。


 俺はリリの宿屋へ向かった。


 銀の月亭は、二階部分が焼け落ちていた。


 一階の壁が半分だけ残っていた。


 俺は瓦礫を両手でかき分けた。


 手がすぐに血だらけになった。


 爪が剥がれそうになっても、俺はかき分け続けた。


 瓦礫の下から、布の切れ端が顔を出した。


 俺は息を呑んだ。


 リリのエプロンだった。


 俺は瓦礫をさらにかき分けた。


 その下に、リリがいた。


 彼女は瓦礫の下で、両膝を抱えていた。


 顔は煤で真っ黒で、額に深い傷があった。


 けれど、まだ息をしていた。


 ごくわずかに。


「リリ……」


 俺は彼女の上の瓦礫を、必死で退かした。


 リリの目がわずかに開いた。


「お……兄、さん……」


 彼女は俺を見ると、笑った。


 右頬に深いえくぼができた。


「お、客様……お帰り、なさい……」


「リリ、しっかりしろ。傷を見せてくれ」


「ちゃんと……お待ち、してまし、た……」


 リリの声は、ささやくほどに細くなっていた。


 俺は彼女の脇腹を見た。


 深い刺し傷があった。


 もう血は止まっていた。彼女の中に流れる血が、もうなかった。


「お兄さん……」


 リリは俺の手を握ろうとした。


 俺は彼女の手を、両手で握り返した。


 彼女の手は、もう冷たくなりかけていた。


「お、ねがい……が、あります……」


「言え」


「私の、宿屋を……お兄さんが、また来てくれた、時に……ちゃんと、続けて、た、って……いえ、る、ように……」


「リリ」


「お、約束、です……」


 リリの目から、一筋涙が落ちた。


 涙が彼女の頬の煤を、洗い流していった。


「リリ、約束する」


 俺は低く言った。


「お前の宿屋、ちゃんと続けたって言ってやる。お前と銀の月亭は、お前が思ってる以上に大事な場所だ」


 リリはわずかに頷いた。


 彼女の右の頬のえくぼが、まだ残っていた。


 そして彼女はゆっくりと目を閉じた。


 俺の手の中で、リリの最後の呼吸が消えた。


 空に、二つの月が何事もないように昇っていた。


 俺は彼女を抱きかかえたまま、しばらく動けなかった。


 彼女の体は軽かった。


 まるで、空っぽの段ボールを抱えているような軽さだった。


 俺は商店街で、何千何万と、野菜の入った段ボールを運んできた。重い箱、軽い箱、傷んだ箱、新鮮な箱。何でも運んだ。


 けれど、人の体をこんなにも軽く感じたのは初めてだった。


 いや、一度あった。


 亡くなった妹を最後に、両親と一緒に火葬場へ運ぶ車に乗せたとき。


 あの時の妹の体も、こんなにも軽かった。


 俺はリリの頬に手を当てた。


 まだわずかに、温もりが残っていた。


 その温もりが徐々に冷えていくのを、俺は感じていた。


 時間が止まったように感じた。


 俺の中で、何かが壊れた音がした。


 涙はもう出なかった。


 代わりに、心の中の深い深い、底のような場所で、低く轟くような音が響いた。


 俺はリリの遺体を、宿屋の焼け跡の脇に運んだ。


 地面を両手で掘った。


 爪が割れた。指の皮が剥けた。それでも俺は掘り続けた。


 穴を掘り、リリをそこに横たえた。


 彼女のエプロンの隅に、生前、彼女が俺から教わって書いた最後のポップが入っていた。


「白い葉っぱ、信じられないくらい、おいしい」


 俺はそのポップを、リリの胸に置いた。


 土をかぶせた。


 墓標として、俺は宿屋の焼け跡から看板を引き抜いた。


 色褪せた木の板に、銀色の月の模様。子供が描いたような素朴な絵。


 その看板を土の上に立てた。


 俺は墓標の前で、しばらく何も言わずに立っていた。


 遠くで、二つの月が雲の間から顔を出していた。


 大根を抱えて笑ったあの夜のリリ。藁色の髪を結びなおして、白菜の山の前でしばらく動けなかったあの少女。「お帰りなさい」と帰り際に呟いた、あの声。


 全部が、ひと続きの帯のように、俺の中を流れていった。


 日本で軽トラがトレーラーに激突した、あの一瞬の感覚と、同じだった。


 俺はあの夜、衝撃の中で、自分の生きてきた全部を、見た。


 今夜、俺は、リリの生きてきた全部を、見ていた。


 短い、痩せた、十五年の生だった。けれどその十五年の中に、誰かを迎え入れる優しさが、確かにあった。


 俺の口からようやく、声が漏れた。


「行ってくる」


 亡き妹の墓の前で、父がそうしていたように。


 俺は軽く墓標に頭を下げた。


 俺は馬のところへ戻った。


 その夜、俺は焼け跡の脇で野宿をした。


 馬は近くの草地で、静かに草を食んでいた。


 俺はリリの墓の隣で、星を見上げていた。


 頭の中で、父の声が何度も響いていた。


 腐ったもんは、売らねぇ。


 それが、八百勝の魂だ。

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