第十四章 仲間の沈黙
戦線崩壊の報告から三日後。
ガウェイン率いる騎士団の生き残りが、王都に帰還した。
俺は王都の北門で彼らを出迎えた。
北門には傷ついた騎士たちが、互いを支え合いながらよろよろと入ってきた。
千人を超える戦死者の中に、騎士団の半数の幹部が含まれていた。
ガウェイン本人は、担架で運ばれてきた。
左腕の肘から先がなかった。
応急の包帯が巻かれた切断面から、血が滲んでいた。彼の頬には深い切り傷があり、唇は青ざめ、目は虚ろだった。
俺は担架の前に膝をついた。
「ガウェイン殿」
「タドコロ、殿……」
ガウェインの声はしわがれていた。
「申し訳ない……補給が来ないと知ったとき、私は突撃を命じたのです……後方の村々を、見殺しにできなかった……」
「あんたの判断は、間違ってない」
「ですが、千人……」
ガウェインは目を閉じた。
俺は彼の右手を握った。
握り返してくる力が、弱々しかった。
その手は、千人を率いてきた騎士団長の手だった。長年剣を握り続けた、節くれだった岩のような手。
しかし今、その手は震えていた。
俺は何も言わなかった。
代わりに彼の右手を、両手で強く握り返した。
ガウェインは目を閉じた。
彼の頬を、一筋涙が伝った。
大の男の、岩のような戦士の、涙だった。
俺は彼の左の、空っぽの肩口に目を落とした。
包帯の下の傷はまだ生々しかった。
ガウェインの剣の腕は、片腕では二度と戻らない。彼が半生をかけて磨いてきた、二刀流の業は終わった。
俺は低く、彼に告げた。
「ガウェイン殿、すまない。俺の補給が、間に合わなかった」
「いいえ……」
彼は目を開けた。
「貴殿のせいではありません……」
ガウェインを宮廷医のもとに運んだ俺は、すぐにエルヴィラの居室に向かった。
彼女はベッドに横たわっていた。
白い髪が枕の上に乱れていた。両頬がこけ、目の下に深い隈ができていた。
俺が部屋に入ると、彼女はわずかに目を開けた。
「タドコロ、殿……」
「エルヴィラ殿、無理に話さなくていい」
「いえ……お聞きください」
彼女は震える指で俺を呼び寄せた。
俺はベッドの脇に膝をついた。
彼女の口元に耳を近づけた。
「タドコロ殿。私の伝令魔法を断ったのは……宮廷魔術師、ではありません」
「では、誰が」
「それは人間でも、なかった……あれはもっと根源的な、悪意でした……」
エルヴィラは目を閉じた。
彼女はささやくように続けた。
「世界の北の果てで……何かが、目覚めようとしている。私の老いた魔力は、それを感じ取っています……」
「魔物の親玉、か」
「いいえ……あれは魔物ではありません。あれは世界そのものに、蓄積した……」
彼女はそこで言葉を切った。
咳が激しく出た。
俺は彼女の背中を支えた。
咳が落ち着くと、彼女は低い声で続けた。
「腐敗、です……世界に滞った、すべての腐敗が……ついに形を得ようとしている……」
俺の胸の奥が冷たくなった。
腐敗。
ダルシムの十年と、世界の腐敗が繋がっていた。
その夜、俺は宮殿の大広間に呼ばれた。
貴族たちがずらりと並んでいた。
国王アルフレッドは玉座の上で青ざめていた。
貴族の中で、一人の老人が進み出た。
彼は俺を指差した。
「タドコロ殿。今回の戦線崩壊の責任は、貴殿の補給ミスにございます。我ら王国貴族は、貴殿の指揮権の剥奪と追放を、陛下に進言いたします」
大広間がざわついた。
俺は何も言わなかった。
その老人の発言は、明らかにダルシムの差し金だった。
俺はダルシムを見た。
彼は銀色の指を組み、薄い微笑みを浮かべていた。
ダルシムは目だけで、俺に告げていた。
「これが、貴殿の挑戦の結末でございます」
貴族たちが次々と、追放を支持する声を上げた。
昨日、俺の改革に深く頭を下げた者たちが、今日は俺を糾弾していた。
一人の若い貴族が声を上げた。
「異邦人を信用したのが、間違いでございました」
別の貴族が続いた。
「ダルシム大臣の言うとおりでした。感覚で国を動かしてはならぬ」
彼らの声は、嵐のように大広間を満たした。
国王は両手で、玉座の肘掛けを握りしめていた。
彼の手は震えていた。
俺は国王を見上げた。
彼は俺と目を合わせなかった。
彼は若く線が細く、貴族たちの反発に耐える力が、まだなかった。
しばらくの沈黙のあと、彼は低い声で言った。
「タドコロ殿……しばし、領地に戻られよ……」
領地、というのは、辺境伯セレシオン公爵領のことだった。
体のいい、追放だった。
俺は深く一礼した。
「陛下。お言葉に従います」
大広間を出るとき、ダルシムがわずかに頭を下げた。
その仕草は、勝者の余裕に満ちていた。
彼は低い声で、俺に囁いた。
「タドコロ殿。これで、私の十年のシステムは守られました」
俺は彼を見返さなかった。
彼の言葉が、頭の中で響いた。
システム、システム、システム。
システムを守るために、千人が死んだ。セレーナ村が燃えた。
俺は宮殿を出た。
翌朝、馬を一頭借りた。
俺の改革の半年間で、宮廷の馬丁たちは俺をひそかに支持していた。彼らは最高の馬をそっと用意してくれた。
俺は馬上から、王都の街並みを振り返った。
市場ではまだ俺の改革の名残で、活気があった。商人たちが、客と笑顔で会話していた。
けれど宮殿の方を見ると、その光景はすでに過去のものに思えた。
俺は馬の腹を蹴った。
北門を出て、辺境へと続く街道を駆け出した。
雨が降り始めていた。
日本のあの夜と、同じ匂いの雨だった。
俺は馬を休みなく駆けさせた。
馬は優れた血統だった。一日に普通の馬の倍の距離を走った。
二日後、俺は辺境の街道の途中で、丘の上に登った。
遠く、地平線の彼方が赤く燃えていた。
その方角にセレーナ村があった。




