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天下の鍵は海にあり!~対馬から始める交易国家運営録~  作者: ワタツミ
第三章 九州争乱編

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69/72

67話 博多の空気

更新が遅くなり申し訳ございません。

時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。

頑張って更新頻度を上げていきます。

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1つの作品に向き合うのではなく

世界観が違うものを並行で書き進める方が、筆が早いことに気づきました。

テーマは違いますが、こちらもぜひお楽しみください。


『氷が解ける音をきく-転生バーテンダーの気ままなスローライフ-』

https://ncode.syosetu.com/n6126mb/

弘治三年(一五五七年)十月。

博多の秋は、賑やかだった。

大陸からの木綿、対馬経由の朝鮮人参、壱岐の塩。

荷を積んだ船が博多津に次々と入り、荷揚げの掛け声と銭の音が朝から夕まで途切れない。


神屋寿禎(かみや じゅてい)はその賑わいを、自分の店から眺めていた。

六十を過ぎた今も、この眺めだけは飽きることがない。


父の代から続く神屋家の商売は、九州の商都である博多でも古い部類に入る。

大内が九州に覇を唱えていた頃から、大内が滅んで大友が博多を押さえるようになった後も神屋は生き残ってきた。

影響力を持つ武家が変わるたびに、新しい主との関係を丁寧に作り直してきた。

それが神屋という家の、商人の生き方であった。


しかし——商売とは、強きものに従うだけでは成り立たない。

取引相手との信用がなければ、どれほど大きな後ろ盾があっても、荷は動かず銭は回らない。

寿禎には信用を、四十年かけて積み上げてきた自負がある。


そんな自分が今朝の眺めから微かな違和感を感じている。

荷揚げの量も、商人の顔ぶれも、いつも通りだ。

しかし——昨日、一昨日と博多津で顔を合わせていた対馬の商人の姿が、少なくなっているようにも感じる。

小さな変化だった。しかし寿禎には、その小ささが気になった。


————————————————————


その日の夕刻、大友家の使いが店を訪ねてきた。

吉弘鑑理(よしひろ あきただ)様より、明朝、お屋敷にお越しいただきたいとのことです」


吉弘鑑理。

今や大友家の筑前方面を一手に任された男だ。

智勇兼備と評され、義鎮の信任は厚い。

臼杵鑑速、吉岡長増と並ぶ「豊後の三老」の一人として、大友家の全盛を実務から支えている。


召し出された理由の見当をつけつつ算盤を手に取ったが、実際に弾くことはなかった。


————————————————————


翌朝、寿禎は鑑理の屋敷に出向いた。

通された部屋は、広く、静かだった。

床の間に一幅の掛け軸。余計なものは何もない。

鑑理は既に上座に座している。


四十代半ばの、引き締まった顔の男である。

目に鋭さがあるが、怒気はない。

ただ——この男の前に座ると、背筋が自然と伸びるような感覚に襲われる。


「神屋殿、お越しいただき忝い」

「恐れ入ります」

寿禎は深く頭を下げた。


茶が運ばれてきたが、しばらくは当たり障りのない話に終始する。

博多の商いの様子、今年の荷の出来具合。

鑑理は丁寧に話を聞き、丁寧に相槌を打った。


その丁寧さが——かえって、寿禎の背を緊張させた。

本題はまだ切り出されてこない。


しばらくして、鑑理が茶碗を置く。


「神屋殿、単刀直入に申し上げます」

「はい」

「対馬との取引について——しばらくの間、慎重にお取引された方がよいのではないかと。

 義鎮様はそうお考えです」


寿禎は膝の上で手を重ねた。

「慎重に、とは」

「取引の量を控えていただきたい。命令ではございません。

 あくまでも——義鎮様からの、ご示唆としてお伝えいたそう」


両者の間に、しばらく沈黙が落ちる。


寿禎は鑑理の顔を見据えた。

謝罪でも脅しでもない。義鎮の意を正確に伝えているとでも繕っている顔である。


「理由を、お聞きしてもよいですか」

「長崎の件です」

鑑理は率直に言った。

「佐伯が長崎の港を整え始めている。来春、南蛮船を入れるつもりのようだ。

それが現実になれば——博多を経由しなくても南蛮の物産が手に入るようになる。

義鎮様は、その動きを快くお思いではない」


「……なるほど」


「さらには先立って佐伯家は龍造寺家を降されましたな。

 その勢いは当家としても警戒して然るべきでございましょう。

 神屋殿は、対馬の佐伯家と長年の取引がおありだと聞いております。

 それ自体を咎めるつもりはない。

 しかし——今この時期に、対馬との取引を活発に続けることは、義鎮様の意に沿わない。

 そのことを、ご承知おきいただきたい」


鑑理は茶碗を置いた。

「これは脅しではありません。

 ただ——神屋殿が今後も博多で商売を続けていかれるならば。

 義鎮様との関係を大切にされた方がよいと、私は思っております」


寿禎はしばらく鑑理を見た。

「吉弘殿」

「はい」

「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「吉弘殿は——儂がお言葉に従うとお思いになって、ここへお呼びになりましたか」


鑑理の目が、わずかに動いた。


「……どういう意味ですか」

「吉弘殿ほどのお方が直々にお呼びになった。

 義鎮様が神屋をそれほど重く見てくださっているということで、ありがたいことです。

 しかし——神屋ごときが従うかどうかを確かめるためだけに、わざわざお呼びになるとは考えにくい」

「……」

「おそらく吉弘殿は、儂がどの勢力に与するのか見定めるため、

 ここへお呼びになったのではないかと思っています。違いましょうか」


鑑理はわずかに口の端を動かした。

「……神屋殿は、四十年商売をしてこられただけのことはある御仁ですな」


寿禎には、それで十分だった。


「吉弘殿のご配慮、ありがたく承りました。

 義鎮様へ、よしなにお伝えくださいませ」


深く頭を下げ、屋敷をあとにした。


————————————————————


屋敷を出ると、博多の秋の風が顔に当たる。

寿禎は少し歩いてから、立ち止まった。


博多津が見える場所だった。

船が一艘、入ってくる。

しかし旗印は佐伯家のものではないし、対馬の商家のものでもない。


寿禎は店に戻り、帳面を開く。

利興への書状に筆を走らせるか否か。


仔細を書けば、大友には当然情報が漏れるだろう。

鑑理の言い方からして——大友は既に神屋と対馬の関係を把握している。

書状を送れば、それが大友の目に触れたとき、神屋の立場は悪くなる。


積み上げてきた大友との関係が、崩れるかもしれない。

しかし寿禎は、今まで何度もこういう場面を経験してきている。


大内が全盛の頃、大内に睨まれた商人と取引を続けるかどうかを迫られたことがある。

そのとき寿禎は続けることを選んだ。

大内が滅んだ後、その判断は正しかったと証明された。

しかし——正しかったのは結果論だ。

あの時、寿禎が大内の顔色だけを見ていれば、短期的には安全だった。


商売に「正しい選択」はない。

どの橋を渡るかを選ぶのが、商人の仕事だ。

自分が報告しなければ——利興は大友家の何も知らないまま春を迎える。


利興殿との最初の取引を、寿禎は今でも覚えている。

まだ家老になる前の、若い男だった。

対馬から持ってきた品の値付けを、一銭も誤魔化さずに提示してきた。

普通の商人はそうしない。利幅を上乗せするのが当然だ。

しかしあの男は、帳簿を広げて取引したのだ。


その時の一連のやり取りを、寿禎は今でも思い出す。

四十年この商売をしてきた中で、最初から駆け引きをしてこなかった人間は、そう多くない。


あの男は常に「長い目」で動いている。

長崎の港を整え、来春の南蛮船を待っているが

おそらくその先に、博多津の賑わいを壊すつもりはないはずだ。


それを信じるかどうかが——この書状を書くかどうかの答えだ。

鑑理はあの問いに答えなかった。

「神屋がどう動くかを義鎮様にお伝えするために呼んだ」という読みを、否定しなかった。

ということは——寿禎が書状を出すことを、大友は既に想定の範囲に入れている。


————————————————————


寿禎は文机に向かった。

筆を取る。

「博多の空気が変わり始めております。

 本日、吉弘鑑理殿のお屋敷にお呼びいただき、対馬との取引を控えるようにとの示唆がございました。

 義鎮様のご意向とのことです。その意味するところは——御察しの通りかと存じます」


筆を止めず書き続ける。


「神屋の商売は信用で成り立っております。筋を曲げれば、その信用は失われます。

 ただし——他の商人については、保証できかねます。

 博多の商人の多くは、大友との関係を最優先に考えるでしょう。

 対馬への荷の流れが、少しずつ細くなる可能性があります」


封をした。

使いの者を呼び、書状を渡した。


「怡土へ。急ぎで」


使いが出て行ってから、寿禎は再び窓の外を見た。

博多津の賑わいは続いている。

荷揚げの掛け声が、今日も変わらず届いてくる。

しかし寿禎の目には——その賑わいの中に、いつもとは違う静けさが見えていた。

書き続けると決めたので、日間でも週間でも

1度は1位を取れるように頑張ります!


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特に日間ランキングに載っていると、ブクマいただけていない皆様にも

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