66話 潮目
更新が遅くなり申し訳ございません。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。
頑張って更新頻度を上げていきます。
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1つの作品に向き合うのではなく
世界観が違うものを並行で書き進める方が、筆が早いことに気づきました。
テーマは違いますが、こちらもぜひお楽しみください。
『氷が解ける音をきく-転生バーテンダーの気ままなスローライフ-』
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弘治三年(一五五七年)十月。
高祖城に、秋が深まっていた。
玄界灘から吹き上がる風が、夏の潮の匂いに枯れ草の気配を混ぜ始めている。
山の端が赤く染まり、城下の木々が少しずつ色を変えていた。
鍋島直茂が怡土に着いたのは、朝の霧がまだ高祖山の中腹に残っている刻限だった。
供回りは一○人だけ。武装は大小一本ずつ。
無駄な武装はしない。新たな主君と会うのである。
城門をくぐると、山本康範が出迎えた。
「遠路ご苦労でございました。殿がお待ちです」
「……殿、か」
直茂はその言葉を、口の中で転がした。
佐伯家に降ってから一月半。
書状のやり取りは何度かあった。しかし顔を見たことは、一度もない。
どんな男なのか。
利繁は「兄は別の人間だ」と言っていたのだが。
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通された部屋は、こじんまりとしていた。
豪奢な調度はない。
地図と書状と、使い込まれた硯。それだけが机の上にある。
佐伯利興は、部屋の中央に座っていた。
その目はまっすぐに直茂を捉えている。
齢は自分とさほど変わらない。
精悍な顔立ちだが、戦場で声を張りあげる武将の顔ではない。
隆信の顔とは、全く別の種類の顔だ。
隆信は目の前のものを全て引き寄せようとする、獰猛のような目をしていた。
この男の目は——遠くを眺めているように人を見ているように思う。
目の前の直茂ではなく、その背後にある何かに焦点を合わせているようだ。
「直茂殿、よく来てくださった」
「お招きいただき、感謝します」
「座ってくれ」
康範が茶を運んできて、下がった。
二人が向かい合った。
しばらく、どちらも口を開かなかった。
直茂は、この沈黙が苦ではなかった。
値踏みをしているのではない。互いに、相手がどんな空気を持っているかを確かめていた。
先に口を開いたのは、利興だった。
「書状には目を通した。有馬の件、大友の動きについて。丁寧にまとめてくれていたな」
「至らぬ点もあったかと」
「いや。一つ、俺が気づいていなかったことが書いてあった」
直茂は利興を見た。
「大友家が危険である、と書いてくれていたな」
「はい。有馬が先延ばしにしているのは、条件の問題ではないと思います。
大友という家に対する、理屈ではない力が働いている」
「その通りだ。先月、山本からも同じことを言われた。
私はこれまで盤面を利と理で読んできた。
しかしこの九州には、いや武家には——銭や理では溶かせないものがあるようだ。
三〇〇年の統治が、武士の骨の中に染み込んでいる。それを、私は甘く見ていたかな」
直茂は黙って聞いていた。
(この男は——自分の読み違いを、こうして口にできるのか)
隆信は読み違いを認めなかった。
認めないまま前に進んで、破れることもあったのだが
討ち死にするその時まで龍造寺隆信だった。それはそれで一つの生き方だったと直茂は思っている。
しかしこの男は——違う。
「直茂殿に聞きたい」
「はい」
「隆信殿は、大友のことをどう見ておられたかな」
「隆信様は他者を評することはあまりありませんでしたので、お伺いしたこともなく...
ただ、龍造寺家は何度も辛酸を舐めた御家なれば、大友家の手強さはご理解されていたものと」
「……隆信殿は、私と立場が逆であれば大友と戦おうとなされたかな」
「はい。大友の旗を打ち破れば、古い武家の刷り込みを一気に塗り替えられると信じておられたように思います。
そして己の力でそれをやろうとなされたかと」
「……そうか」
外から秋風の音が届いた。
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「利興殿は、大友家をどうやって崩すおつもりですか」
直茂が聞いた。
初対面で佐伯家の方針の中枢を尋ねるのは、踏み込みすぎかもしれないと思った。
しかし——この男になら不愉快には感じない。理由は分からない。ただ、そう直感したのである。
「今のままでは、力で崩すことは出来ん」
利興は即座に言った。
「佐伯と大友が正面切って争えば、周辺諸国は大友に与するだろう。
万全を期すのであれば別の方法がいる」
「どんな方法ですか」
「大友に従うよりも、こちらにつく方が豊かになれると
——武士が自分で判断し始める状況を作る」
「長崎が、その入口ですか」
「そうだ。南蛮船が入り、銭が動き始めれば
——その利を目の当たりにした武士たちが、判断を覆し始めだろう。
大友の旗よりも、目の前の豊かさを選ぶ者が出てくる。
一人が選べば二人になる。二人が選べば十人になる」
「しかし——それまでの間に、大友が動いてくる可能性があります」
「ああ」
利興は地図に目を落とした。
「来春の南蛮船の入港までに、義鎮が何かを仕掛けてくるかもしれない。
博多で物流を締めるか、松浦を動かすか、有馬を離反させるか——あるいはその全てを同時に」
直茂は静かに頷いた。
「その時の備えは」
「足りておらんな」
利興は率直に言った。
直茂は利興を見た。
足りないという言葉を、この男の口から聞くとは思っていなかった。
利繁は「兄とは別の人間だ」と言っていた。
その意味が、今少しだけ分かった気がした。
隆信は「足りない」とは口が裂けても言わなかっただろう。
「備えが不足した盤面を覆すために、乾坤一擲出陣する」と言う人間だった。
この男は——足りない事を知った上で、足るまでを考える人間だ。
強さの種類が、根本的に違う。
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「直茂殿に、一つ頼みがある」
「はい」
「私が間違った方向に動いていると思ったとき——即座に言ってくれないか」
「俺が、ですか」
「そうだ」
「利興殿は、降伏して日が浅い俺に、それを言えると思っておられますか」
「だからこそなのだ」
利興は直茂を真っ直ぐに見つめた
「傍にいる者は、私の考えに慣れていく。
長く一緒にいれば、私の示す未来を当然のものとして受け入れるようになる。
しかし直茂殿は——隆信殿という、全く別の人間の傍で生きてきた。
私が見えていないものが、見えているはずだ。書状の大友の件がその証拠だとも思っている」
直茂は隆信に仕えた十数年を思い返した。
隆信は諫言を嫌う人間ではなかった。
しかし諫言が届かないことも多かった。
力と前進を信じる人間に、立ち止まれと言うことの難しさを、直茂は骨の髄まで知っていた。
諫言は——届かないことがある。
それが分かっていながら言い続けることの、疲弊も知っていた。
「……一つ、お伺いしたい」
「何でも」
「俺が諫言した時、利興殿は耳に入れてくださいますのか」
「聞く。ただし——聞いた上で、私が別の判断をすることもある」
「それでいいと思います」
「聞いていただければ十分です。
俺の諫言すらも飲み込んで、最も善とする手を打っていただきたい」
利興は頷いた。
「承りました。俺に伝えられる限りの意見をお伝えいたします」
直茂がそう言ったとき、利興の目が初めてわずかに動いた。
遠くを見ていた目が——一瞬だけ、目の前の直茂を捉えたように思えた。
「頼む」
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その夕刻、直茂が帰った後、利興は一人で高祖城の石垣の上に立った。
玄界灘が、秋の光の中で広がっている。
康範が後ろから来て、横に並んだ。
「直茂殿、いかがでしたか」
「……面白い男だ」
「面白い、とは」
「龍造寺隆信の傍で生きてきた人間が、噂に聞く隆信とは全く別の見方をする。
それが面白い。隆信の影響を受けながら、隆信の思考にはなっていない」
「良き御仁を手に入れられたものですな。
しかし殿、一つよろしいですか」
「何だ」
「直茂殿が、大友の狙いを書状に書いて送ってこられた。
儂も先月同じことを申し上げた。二人が想定していることが同じとすれば——」
「其方の言葉通り、義鎮が近いうちに動くだろうな」
利興は玄界灘を見たまま言った。
「来春の南蛮船の入港が近づくほど、義鎮には動く理由が増える。
博多か、松浦か、有馬か。あるいは三つ同時か」
「備えは」
「今から作るしかあるまい。間に合うかどうかは——分からんがな」
風が石垣の上を吹き抜けた。
「康範」
「はい」
「神屋殿に今すぐ書状を出せ。大友の動きを、特に松浦と有馬への接触を、最優先で報告してほしいと。
それと——島津の貴久殿にも文を送る。来春の使いを、少し早めてもらえないか打診してくれ」
「承知しました。他には」
「直茂には旧龍造寺領の慰撫と対有馬の警戒を強化してもらう。
神屋殿と連携して、大友の圧力が及び始めたら即座に報告を上げるよう伝えてくれ」
利興は玄界灘から目を離さなかった。
「大友は必ず動く。問題は——いつ、どこから来るかだ。
来春の南蛮船が長崎に入る前か、入った後か。
俺が一番恐れているのは、景満が積み上げてきたものが機能し始めた瞬間に、博多、松浦、有馬と三方から同時に圧力をかけてくることだな」
「……それは、防げましょうか」
どちらからともなく口をつぐんだ。
(俺は、何かを見落としていたのかもしれない)
その認識が、利興の中でゆっくりと形を持ち始めた。
焦りではない。
しかし——これまで感じたことのない種類の重さだった。
「康範」
「はい」
「至急、対馬、壱岐の兵を本土へ上陸させる手筈を整えてくれ。
指揮は津奈殿にお任せしよう。数は五〇〇〇。
「承知しました」
康範が下がった後も利興は一人で石垣の上に立ち続けた。
玄界灘が、暗く、深く、広がっていた。
書き続けると決めたので、日間でも週間でも
1度は1位を取れるように頑張ります!
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