63話 長崎の行方
更新が遅くなり申し訳ございません。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。
頑張って更新頻度を上げていきます。
弘治三年(一五五七年)七月。
武雄川での激闘から、三週間が経った。
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佐須景満が長崎の入り江を初めて歩いたのは、夜明けまだ間もない刻限のことだった。
夏の朝霧が山肌を這い、岸辺の石畳はしっとりと濡れていた。
景満は歩みを止め、湾の全体を見渡した。
深い。
地図で見た以上に、湾は内側へ切れ込んでいる
。半島が二方向から張り出し、外洋からの風をほとんど遮っている。
内側の水面はほとんど動かず、朝の光を受けて鈍く光っていた。
(なるほど)
景満は頭の中で思考を動かし始めた。
水深。桟橋を据えられる岸の長さ。大型船が旋回できる半径。満潮と干潮の差。
漁師の小舟が三艘、岸辺に引き上げてあるだけだ。
しかしこの地形は——それ以上のものを受け入れられる見立てである。
「景満殿」
背後から声がかかる。
大村純忠が従者を引き連れ、坂道を下ってくるところだった。
起き抜けの顔だが、目に淀みはない。
「早うございましたな」
「眠れなかったのだ」
純忠は笑みを湛えて短く返答し、景満の隣に並んだ。
しばらく二人とも黙って海を眺める。
波の音だけが繰り返されていた。
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「純忠殿、一つお伺いしてもよろしいですか」
景満が口を開いたのは、陽が山の稜線を越えてからだった。
「何でしょうか」
「この港を整えることへの——迷いは、おありですか」
「...ある」
「どのような」
「家臣団の半分は未だに腹に落ちていない。
長崎を外の者に開くのは大村の命綱を他人に渡すことだ、という者もいるのだ」
「殿の説明では足りなかったのですか」
「理として分かった。だが——理で分かることと、腹に落ちることは違う」
純忠の視線は、入り江の奥に向いていた。
「俺はまだ、この港が何になるのかを自分の目で見ていない。
利興殿には見えているのだろう。しかし俺には——想像もつかんのだ」
景満は頷いた。
「見てから動くのではなく、動きながら見るのが我らのやり方です。
不安かもしれませんが——純忠殿が進む方向は、私が保証いたします」
「佐須殿、自らが保証くださると?」
「私の仕事は利益の根拠を作ることなのですよ。
私が隣にいる限り、確かな数を持って道を照らしてご覧にいれます」
純忠はしばらく景満を見つめていた。
「……深堀の爺が『佐伯の者は商人の目を持っている』とごちていたが、少し分かった気がするな」
景満は無表情のまま、わずかに眉を動かした。
「純就殿に、そのようなことを言われましたか」
「まあ、褒め言葉と受け取っておけばいい」
純忠が珍しく声を上げて笑った。
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この日の昼、三城城の広間にて評定が開かれた。
大村家の重臣が居並ぶ中に、景満は中央に座した。
利興からの命は一つ——長崎開港の段取りを組み。純忠殿の家中を動かすことである。
景満はまず、一枚の図面を広間の中央に広げた。
長崎の湾と、港として整えた場合の桟橋の配置、荷揚げ場の位置、番所の場所を描いた図だ。
「現時点での桟橋は二本。まず一本を増やし、大型の南蛮船が係留できる水深のある岸に新たに造ります。費用は当家の交易収益から捻出いたします。。大村殿の手元を一銭も用いませぬ」
重臣の一人が口を開いた。
「しかし、南蛮の船が来るかどうかも——」
「来ます」
景満は静かに遮った。
「昨年、平戸には南蛮船が複数入りました。
しかし平戸は松浦家の港です。
対馬との直接の商いの道が繋がれば、南蛮の商人は博多を経由しなくて済む。
彼らが求めているのは、手間の少ない寄港地です。この長崎の地形は、それに最も適しています」
「博多を経由しなくて済む、とはどういうことか」
「大友の顔色を伺わなくて済む、ということです」
広間に沈黙が落ちた。
景満は続ける。
「南蛮の船が博多に入るためには、大友家への礼を欠かせません。
博多の商人に仲介を頼めば、その分の利を抜かれます。
しかし長崎に直接入れれば、それが全て不要。南蛮の商人は当然こちらを選ぶでしょう」
重臣たちが顔を見合わせた。
純忠が前に出る。
「景満殿、一つ確認したい。大友が黙っていないのではないか」
「おそらくは、黙っていないでしょう。
しかし——大友義鎮が本腰を入れて動くには時間がかかります。
その間に長崎の商いの量を大きくし、南蛮船との取引を積み上げれば、南蛮勢力にも配慮が必要になる。
当家と事を構える労力は跳ね上がります。港を潰せば、南蛮との関係を大友が自ら断ち切ることになる」
「……なぜそこまで読める」
「神屋寿禎殿から文が届くのですよ。博多の商人は情報を売るのも商いですので」
広間の隅から、深堀純就の低い笑い声が漏れた。
「聞いたか、皆の衆。この若者は利興殿より聡いのではないかな。いやはや見事なものじゃ」
景満は純就を一瞥してから、再び図面に視線を戻した。
「具体的な日取りを申し上げます。
桟橋の普請は月の終わりから。年内に一本増やします。
来春までに、南蛮船を受け入れられる状態を整えます。
その間、大村の家中の皆様には港の番所に二名ずつを出していただきたい。費用は佐伯が持ちます」
重臣たちの表情が、じわりと変わり始めた。
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評定が終わり、人々が去った後、広間に純忠と景満だけが残った。
純忠は窓の外、長崎の入り江の方角をぼんやりと見ていた。
「景満殿」
「はっ」
「先ほどの評定で、家臣たちは動くと思われるかな」
「動きます。動かない理由がなくなりましたから」
「ふふふ、費用の話をするまで、皆の目が硬かったな。費用が出ると分かった途端に柔らかくなった」
「それが人間です」
「……其方は正直な男だな。言葉の端切れもよく実に愉快だ」
純忠は立ち上がり、出口の方へ歩き始めた。
「景満殿、一つだけ尋ねて良いか」
「どうぞ」
「利興殿は——今、何を見ているのだろう。
武雄の戦は終わった、次に何を考えているのだろうな、其方には分かるか」
「……分かりません。殿はいつも私より三手先のことを考えておられます。
ただ——こうして長崎を動かすように命令を私が受けたのです。
ということは殿は、もう別の事を考えておられる。それだけは確かです」
純忠は廊下へ出ていった。
景満は一人で帳面を開き、この日の評定の記録を書き始めた。
それは長崎の港が、動き始めた日の記録だ。
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【大村純忠】 弘治三年・七月 三城城
評定の後、純忠は城の高台へ一人で上がった。
長崎の入り江が、夏の光の中で輝いている。
武雄で戦が起きていた間、純忠は何もできなかった。
大村の兵を動かすことも、利興の側に馳せ参じることも、ただ待つことしかできなかった。
それが——恥ずかしかった。
利繁は深堀の社でこちらに腹を割って話をした日から、純忠の中で何かが変わり始めていた。
「力がなければ、俺の意志は何の意味も持たない」
これまでそれを認めることを避けてきた。
大村家の名誉、先祖からの土地、家臣に対する責。
それらを守るために、より大きな力に頼るのが当然と思ってきた。
大内に、少弐に、大友に——誰かの傘の下に入ることで今日まで生き延びてきた。
しかし利興は言った。
「民が富まねば、覇もまた空虚なり」
その言葉は、純忠の中にあった諦めをひっくり返した。
(動きながら見ればいいのだな)
景満が言った言葉が、別の重さを持って戻ってきた。
夏の長崎の風が、入り江から吹き上がってきた。
潮の匂いがした。
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【深堀純就】 弘治三年・七月 深堀の港
純就は自分の船の舳先に座り、この日の評定で決した内容を改めて聞いていた。
「……景満とかいう小僧、思ったより出来るな。
特に先に国人衆の欲を刺激するあたり、手口が儂によく似ておるわ」
低い声で言ったが、怒っていない。純就の口の端がわずかに動いた。
「純忠殿の様子は」
「迷いが消えたとまでは言えませんが、港を動かすことへの前向きさが出てきたと」
「それで十分だ」
純就は入り江の先を見た。
長崎の水面が静かに光っている。
長年この海で生きてきた。
大名が変わり、主が変わり、それでも深堀の水軍はこの入り江を守り続けている。
佐伯利興という男は——こちらが何を守ってきたのか、何を守りたいのかを分かった上で語りかけてくる。
それが、老いた海の男には——珍しく、気持ちの良いものだった。
「いいだろう。我らの海に、新しい船が来る。それを見届けるまでは、まだ死ねんな」
純就は立ち上がり、波を蹴るように船から岸に降り立った。
夏の長崎の港に、最初の動きが始まった。
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