64話 港に入る風
更新が遅くなり申し訳ございません。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。
頑張って更新頻度を上げていきます。
弘治三年(一五五七年)八月。
桟橋の普請が始まって二○日が経過していた。
長崎の入り江に、朝から槌音が響いている。
岸辺の岩を割る鑿の音、杭を打ち込む槌の音、板を渡す男たちの掛け声。
それらが重なり合い、これまで漁師の小舟しか知らなかったこの浦に、新しい音として染み込んでいく。
大村の民が二○○人。
対馬から連れてきた土木の職人が一○人。
深堀純就に従う男たちが五○人。
合わせて二五○人余りが、日の出とともに岸辺に集まり、日が傾くまで働いている。
大村純忠は毎日早朝よりその作業を見届けている。
最初の三日ほどは側周りの者が「お体に障ります」、「普請に気軽に顔を見せるなど」と頻りに諌めていた。
しかし純忠は言葉に耳を傾けなかった。
見ていたかったのだ。
決断が変化を生み、形になっていく様を。
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「純忠殿、今日の進捗です」
佐須景満が帳面を開きながら歩み寄る。
こうして日次、週次と正確に普請の進み具合を管理しているのも、佐伯家のやり方に驚いた部分である。
従来は職人の感覚や人夫たちの気分で進みが異なることも多かったのだ。
しかし佐伯家では、事前に期日を設けた算段を組み、それに向けて作業することが当たり前のようである。
「桟橋の一本目、今日で基礎の杭打ちが終わります。
来月頭には板を渡せる段階に入ります。予定より二日早い」
「早いな」
「対馬の職人が仕事が速いのですよ。
島では年中どこかで普請をしていますから。手が覚えているのです」
純忠は工事の男たちを眺めた。
誰もが黙って働いている。
怒鳴り合う声もなく、手を止めて雑談する者もいない。
しかし険しい顔でもない。ただ——淡々と、確実に、次の作業を打ち続けている。
「……景満殿」
「はい」
「あの者たちは、なぜあれほど真剣に働くのか」
「この普請の目的を、理として理解しているからですよ」
「それだけか」
「それだけです。
働いた分だけ確実に給金が出る、という当家への信頼あります。
しかしそれ以上に、この仕事をやり遂げるとこれからの暮らしが豊かになる。
そう理解しているのでしょう。豊かになる生活の先には、笑顔になる同胞がいることも。
それが全てです」
「信頼、か」
「対馬では当初、殿が自ら職人の元へ行き、一人ひとりに手渡しで銭を払ったと聞いています。
交易への不正が横行していたようですし、他の者には任せられぬと判断されたのでしょう。
帳面に記録し、誤魔化しが一切できない仕組みを作った。それは十年以上続いております。
その度になぜこの仕事を任せるのかも説いて回られました。だからあの顔になるのです」
純忠は再び普請を行うの男たちを見た。
確かに——あの顔は、銭だけで作られる顔ではない気がした。
自分は意味のある仕事をしている、という自覚が顔に出ている。
「……私の領民には、まだあの顔はさせてあげられそうもないな」
純忠は独り言のように言った。
景満は何も答えなかった。
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昼過ぎ、深堀純就が岸辺に現れた。
船の点検を終えた後だろう。
潮焼けした顔の汗を手の甲で拭いながら、桟橋の工事をしばらく遠くから眺めていた。
景満は声をかけようとして、止めた。
純就の目が、普段と違っている。
工事の段取りを見ているのではない。一人ひとりの顔を、ゆっくりと見ている。
長い間そうしていた後、純就はゆっくりと景満の隣に歩み寄ってきた。
「……飯の食い方が違うな」
唐突に言葉を発する。
「はい?」
「あの対馬の職人どもだ。さっき昼飯を食うのを眺めていたんだが、飯の食い方がまるで違う」
景満は何も言わなかった。
「腹が減っているから食う、という食い方ではない。
飢えるものは目の前の飯は全て腹に詰め込むからな。
あれは次に備えて食っている、いわば佐伯家からの飯の供給は信じて疑っておらん顔だ」
「……純就殿は、目が肥えていらっしゃるようですな」
「船は一人では動かせん。
嵐の中で命を預け合う仲間を選ぶのだ。人を見る目だけは、誰にも負けん自信があるわ」
純就は続けた。
「儂の水軍の男どもは、長年この海で食いつないできた。
銭のために動く。それが本音だ。それでいいと思ってきた。しかし——」
「しかし?」
「あの職人どもを見ていると、いささか腹が立つな」
「自分の男どもが情けなく見えてくる、ということだ。
銭のために動く男と、あやつらでは——嵐の中での踏ん張りが違うだろう。
儂はずっとそれを分かっていながら、変える方法を知らなかった」
「今は、分かりますか」
純就はしばらく黙っていた。
「……まだ分からん。しかし——あの職人どもを毎日見ていれば、いつか分かるかもしれん」
純就はそれだけ言って、岸辺を歩いていった。
景満はその背中を見送った。
数字では測れない変化が、この港に確かに起き始めている。
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夕刻、純忠が景満を城の一室に呼んだ。
灯りが一つだけ灯った部屋だった。
外からかすかに潮の匂いが入ってくる。
「一つ、相談がある」
純忠の声が、いつもより低かった。
「はい」
「家臣の中に、まだ全面的に支持を明確にしておらぬ者がいるのだ」
景満は帳面を膝に置いた。
「普請に反対しているのですか」
「反対はしていない。面と向かって反対できる状況ではないことは、奴らも分かっている。しかし——」
「伝わってくるのだ。態度の端々から。
佐伯の銭で桟橋を造り、佐伯の職人が算段をつけ、佐伯の指図で動く。
大村はいつの間に、佐伯に降ったのかと。そう思っている者が、家中に少なくない」
景満は少し考えた。
「純忠殿は、その見方は間違っていると思われますか」
純忠はわずかに目を細めた。
「……其方は正直だな」
「事実を確認したいのです。純忠殿がその問いにどう答えるかが、次の話に関わりますので」
純忠は立ち上がり、窓の外を見た。
長崎の入り江が、夕暮れの光の中で深く赤く染まっている。
「間違っていない、とは言い切れぬ。そして私はそれを悪きことであるとも思っておらん
費用は佐伯が出している。職人も佐伯から招いているのだ。
段取りは其方が仕切っている。表向きの形だけ見れば——大村が佐伯に取り込まれていく絵に見える。
しかし——」
「しかし?」
純忠は振り返った。
「利興殿はこの長崎を、私に預けた。
押さえつけるのではなく、預けたのだと思っている。
あの男は大村を飲み込もうとしているのではなく、大村が自分で立てるように仕組みを作ろうとしている。それは——これまで俺が仕えてきた大名とは、根本的に違う」
純忠は続けた。
「だから私は動いた。
いずれ佐伯家が九州を飲むこめば、喜んで降るであろう。
しかしそれにはまずは利興殿がすぐに当家を潰さなかった機体に報いねばならん。
家臣たちにはそこが見えておらんのだ、見えておらぬから佐伯家が脅威に感じておる。」
「皆様の不満は、いつ消えましょうか」
「……来春、船が港に入れば」
純忠は窓の外に目を戻した。
「南蛮の船が実際にここに入り、荷が降り、銭が動く。
それを家臣たちが自分の目で見たとき——初めて腹に落ちるような気がしている。
それまでは、俺が抑えるしかない」
「抑えられまするか」
「抑える。それが当主の仕事だ」
純忠の声に、迷いはなかった。
しかし景満は、その言葉の裏にある重さを聞き取っていた。
「純忠殿」
「何だ」
「来春、船が入港した暁には私も岸辺に立ちましょう。純忠殿の隣に」
小さく頷く。
評定の場で見せる顔とは違った。
何かを預けた後の、少し軽くなった顔だった。
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その夜、景満は利興への書状を書いた。
桟橋の進捗。
純就が工事の職人たちを見て自分の水軍に何かを感じていること。
純忠の家中にまだ不満が燻っていること、しかし純忠本人の覚悟は固いこと。
最後に一文付け加えた。
「純忠殿は来春の船の入港を、家中への答えとして見据えております。
それまで抑え切れるかどうかは純忠殿の器次第ですが
——私にはその器があると見えます。長崎は着実に動いております」
筆を置いて、景満は窓の外に目を移した。
夏の長崎の夜は静かだった。
槌音はもう止んでいる。
しかし景満の頭の中では、来月、再来月、来年の春の算段が動いている。
純忠の家中の不満が来春まで保つかどうか——それは記録には残せないだろう。
しかし景満は、今日の夕刻の純忠の目を思い出した。
窓の外を見ていたあの目は、迷っている目ではなかった。
景満は帳面の次の頁を開き、明日の段取りを書き始めた。
まだまだやることが多い。それだけは、いつも確かだった。
書き続けると決めたので、日間でも週間でも
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