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天下の鍵は海にあり!~対馬から始める交易国家運営録~  作者: ワタツミ
第三章 九州争乱編

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60話 肥前決戦(四)

更新が遅くなり申し訳ございません。

時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。


本業が忙しく、なかなか時間が取れず更新を諦めようと思ったのですが

温かいメッセージを直接いただき、こうして拙筆ながら少しでも更新しております。

どうか沢山の方に楽しんでいただけますと幸いです。

弘治三年(一五五七年)六月。


夜の武雄川は、松明の猛火によって白日のごとく照らし出されていた。

濁流を渡る無数の影が、川面に不気味な模様を描き出している。


————————————————————


後藤貴明(ごとう たかあき)は、岸辺の最前線に立ち、丸太の足場を疾走してくる「黒い塊」を凝視していた。

鎧の小札(こざね)が触れ合う金属音、泥を跳ね上げる音が、川の咆哮をかき消すほどに近づいてくる。

その先頭、ひときわ巨大な影。見間違えるはずもない、龍造寺隆信(りゅうぞうじたかのぶ)その人であった。


「……自ら来たか」


貴明は呟いた。

それは驚きではなく、ある種の確信であった。

最後に盤面を叩き割るのは、常にこの男の武力なのだ。


「弓隊、放て! 足場の根元を狙え! 隆信を川へ沈めろ!」


貴明の号令とともに、無数の矢が闇を裂いた。

丸太の足場に密集する龍造寺兵に、容赦なく死の雨が降り注ぐ。

足を踏み外した兵たちが、悲鳴とともに濁流へと消えていく。

だが、先頭の男は止まらない。

隆信は巨大な長楯を左腕一本で保持し、雨あられと注ぐ矢を弾き飛ばしながら、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

楯に突き刺さる矢が、まるで彼の体から生えた刺のように見えた。


「全軍! 岸を渡すな! 一人でも上げれば、そこが崩壊の起点となる! 槍を出せ! 突き落とせ!」


後藤の声が夜の川沿いに木霊する。

ついに、足場の先端が岸辺の泥に食い込んだ。


————————————————————


川の中央、揺れる足場の上。


龍造寺隆信は、肺が焼けるような熱い息を吐きながら、対岸の松明の光を睨みつけていた。

眩しさに目が眩み、飛来する矢の軌道が見えにくい。

後藤がわざと火を並べ、自分たちを標的に仕立て上げたのだと分かっていても、足は止まらなかった。


隆信の脳裏には、策も仕組みもなかった。

ただ、目の前の敵を食い破るという原始的な衝動だけが、彼の巨体を突き動かしている。


ガキッ、という鈍い衝撃が楯を伝って左腕に響く。

強力な強弓の一矢が、楯を貫通しかけていた。

背後で、側近の一人が呻き声を上げて水中に没した。

だが、隆信は振り返らない。

振り返れば、自軍を率いる慣性が止まってしまうことを本能で理解していた。


「止まるな! 前へ! 龍造寺の武を見せてやれ!」


隆信は吼えた。

その後ろから、死を恐れぬ一五〇〇の精鋭が、阿修羅のごとき形相で続いてくる。

松明の光の中に、後藤の旗がはっきりと見えた。

幾度となく刃を交えてきた男の旗だ。その旗の下に、後藤貴明が槍を構えて立っている。


「後藤ーー!」


隆信は、喉が裂けんばかりの咆哮を上げた。


————————————————————


貴明は、咆哮を正面から受け止め、静かに槍を正対させた。

隆信が岸に足をかけた。その瞬間、世界が爆発したような衝撃が走る。


「貴明! 左翼から敵軍!」


利繁の鋭い叫びが飛んできた。

視線を走らせると、上流の浅瀬を別の黒い影が渡り始めている。

直茂が率いる別動隊だ。隆信という巨大な餌に全神経を集中させている隙に、側面から心臓を突き刺す。


「利繁殿! 左翼は貴殿に預ける!

 俺はここで、この熊に人間の恐怖を教えよう!」


「承知した! 死ぬなよ、貴明!」


利繁が左翼へと走る。

正面では、ついに龍造寺の先兵と後藤の槍隊が衝突した。

金属と肉がぶつかり合う鈍い音が連続し、足場の上は瞬く間に血の海と化した。

一人突き落としても、また一人が這い上がってくる。龍造寺兵の執念は、もはや人の域を超えていた。


後藤の右腕は、激しい突きを繰り返すうちに感覚を失い始めていた。

夜通しの指揮と、この土壇場での激闘。疲労が泥のように全身にまとわりつく。

だが、貴明の瞳は澄んでいた。


「後退するな! ここで敵を食い止める!

 今夜中にケリをつけるぞ!」


自軍にそう声をかけ、一人の武士は死域を超えた。

————————————————————

ついに、隆信が大太刀を抜き放ち、岸辺の土を踏みしめた。


「儂の太刀を受け切れるか、後藤!」


大太刀が一閃される。

後藤の槍隊が必死に受けるが、その剛力に弾き飛ばされる。


後ろから龍造寺兵が次々と上がり、圧力は増す一方だ。

だが、貴明は下がらない。泥に足をめり込ませ、一歩も引かずに槍を突き出し続けている。


突如、隆信は笑った。乱戦の中で、返り血を浴びながら笑っていた。

その刹那、貴明が鋭い踏み込みを見せた。


槍の穂先が隆信の脇腹を掠める。

ザシュッ、という鈍い音がし、隆信の鎧が裂け、肉が裂けた。

だが、隆信は止まらない。痛みすらも闘志の糧として足を動かし続けているように見えた。


「もう終いか!」


隆信が大太刀を真一文字に薙いだ。

貴明の槍が、凄まじい衝撃とともに弾き飛ばされた。

貴明はたまらず後ろに一歩退く。

そのわずかな揺らぎを、隆信は見逃さなかった。


隆信の大太刀が、貴明の左肩を叩き潰した。

鈍い金属音と、肉が潰れる嫌な音が夜の闇に響く。

鎧が刃を防ぎはしたが、衝撃そのものを殺しきれなかった。貴明は膝をつき、呼吸を奪われる。


貴明は震える脚で、なんとか立ち上がる。

しかし、左腕が力なくぶらりと下がっている。鎧の下で、骨が砕けた不吉な感触があった。


「貴明!」

利繁の悲鳴に近い声が遠くから飛んでくる。


「下がれ! 下がれ、貴明!」

「下がりませぬ!」


貴明は、溢れ出る血を吐き捨てて言った。


「左腕が——!」

「下がらぬと言っておる!」


貴明は右手一本で、地に落ちた槍を拾い、構え直した

。左腕が動かぬなら、右腕だけでいい。まだ指が動く。まだ心臓が動いている。


しかし、防御線の核である貴明が崩れた瞬間、龍造寺兵の波が左右から彼を包み込んだ。

後藤の槍隊が瓦解し、防御線に致命的な穴が空く。


ドッ、という凄まじい衝撃。

貴明の左脇腹に、龍造寺兵の体当たりが食い込んだ。よろけた。

立て直そうとした瞬間、さらに別の一団に突き飛ばされる。貴明は、泥濘の中に膝をついた。


「貴明! 退け!」

利繁の声が再び響く。


「下がらん……」

「貴明!」

「下がらんと言っただろうが!」


貴明は、泥を掴んで再び立ち上がった。

右手で槍を、天を突くように掲げる。

だが、隆信はもうそこにいなかった。

空いた穴を、そして貴明の横を、隆信は目もくれずに通り過ぎ、防衛線の奥へと突き進んでいる。


「全軍、突っ込め! 利繁の喉元まで止まるな!」


隆信の声が遠ざかっていく。

龍造寺の兵がその穴に殺到し、後藤の残存部隊は包囲の危機に晒された。

利繁が必死に駆け寄り、貴明を強引に引き剥がすように後退させる。


「貴明、退くぞ! ここはもう持たん!」

「……くっ」


貴明は、一歩、また一歩と無念を噛みしめながら下がった。

隆信が、ついに川を越えた。武雄川の東岸に、龍造寺の軍勢が広がり始めていた。


————————————————————


怡土・高祖城。


夜明け前の静寂を破り、斥候が飛び込んできた。

「怡土北岸の大友軍、敵将が判明!。大将は臼杵鑑続(うすき あきつぐ)との由! 」


利興は、その名を聞いて、微かに口角を上げた。

「臼杵か……。どうやら此度は牽制に終始するらしい」


「なぜ、そう断言できるのですか」

傍らに控える山本康範が思わずという風に口を開く。


「臼杵鑑続は北九州における、大友家の旗頭ではあるが、本来は外交や交渉に長けた人間だ。

 戦は得手ではあるまい。ましてや専行で動いて損耗を出せば、豊後の義鎮への申し開きができなくなる。

 睨みを効かせてこちらに圧力をかける。それが限界だ」


利興は、窓の外の北の空を見た。

「では、武雄への補給はどうなります」

康範が続けて問う。


「補給路は細くなるだろう。

 だが、それよりも先に武雄の決着がつく。

 急使は走らせたのだ。利繁と貴明がただ盤面の動きに期待するとは考えづらい」


北の砂浜には、大友の篝火が整然と並んでいる。

それは攻めるための火ではなく、自らの存在を誇示するだけのものに見えた。


「俺が義鎮の立場なら、迷わず全軍を投入し、佐伯を根こそぎ潰す。

 三千ではなく一万。臼杵ではなく、戸次。

 そうすれば、我らに勝ち目はなかった。……だが、これが義鎮の限界よ」


利興の声に、もはや冷徹な評価しかなかった。

「九州の覇者に最も近い座にありながら、土壇場で腹を括って飛び出せぬ。

 国力に差がある今であればともかく、大名としては取るに足らん」


利興は地図を一瞥し、断を下した。

「臼杵に使者を出せ。神屋を通じ、博多の商人から臼杵へ引くための『理屈』を届けさせろ」


————————————————————


武雄川の東岸。


白々と夜が明け始めた頃、貴明は巨木の幹に背を預けて座り込んでいた。

左腕は無惨にぶら下がり、もはや感覚すらない。

副将が必死に布で固定しようとするが、貴明はそれを冷たく制した。


「いい。後だ。今は……利繁殿は」


「後方の本陣に戻っておられます。しかし隆信は利繁様の陣を直接叩く構えです」


貴明は、槍を杖にして立ち上がった。

しかし、脚が笑う。思うように前に出ない。

ふと膝を見ると、いつの間にか鎧を裂かれ、深い切り傷から血が溢れていた。

夜通しの激闘の中で、いつ受けた傷かも思い出せない。


「……ちっ」


貴明は、再び膝をついた。

立ち上がり、三歩歩き、また膝をつく。もはや体力が底を突こうとしていた。

だが、その時。

遠くから、隆信の咆哮が聞こえた。利繁の本陣の方向である。


「……利繁殿のところへ」


貴明は、自分を支えようとする近習に言った。

「俺を連れて行け。……止まるな。一歩でも前へ」


貴明は再び歩き出した。

夜明けの光が、血に染まった武雄川の地表を白く照らし始める。

隆信の咆哮が、また聞こえた。

今度は、先ほどよりも、ずっと近くに。

書き続けると決めたので、日間でも週間でも

1度は1位を取れるように頑張ります!


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更新が知っていただきやすいんじゃないかと思ってます。


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