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天下の鍵は海にあり!~対馬から始める交易国家運営録~  作者: ワタツミ
第三章 九州争乱編

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55話 長崎

初めての執筆となります。

時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。

頑張って更新頻度を上げていきます。

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ほのぼの系も書きたくなり、2作目も始めました。

箸休め的な更新になりますが、歴史物と一緒に読んでいただけると嬉しいです。


氷が解ける音をきく-転生バーテンダーの気ままなスローライフ-

https://ncode.syosetu.com/n6126mb/

弘治三年(一五五七年)五月。

梅雨を迎える湿った風が、肥前の山々を深い緑に濡らしていた。

龍造寺家の方針が固まりつつある頃、武雄を治める佐伯利繁(さえき とししげ)はいち早く行動を開始していた。


————————————————————


引き連れる兵は一五〇〇。

龍造寺隆信(りゅうぞうじたかのぶ)がいよいよ牙を剥こうとしている今、武雄の守りを考えれば、これが動かせる限界の数であった。

馬を進める利繁の隣にはこの数ヶ月、副将として行動を共にする後藤貴明(ごとう たかあき)が並んでいる。


「貴明、深堀への連絡はどうなっている」

「昨日、返書が参りました。目通りの場を設けると。

 場所は彼杵郡(そのぎぐん)の境、山中の小さな社にて。本日の夕刻とのこと」


利繁は無言で頷いた。

当時の長崎は、大村純忠の領地である彼杵郡の一部である。

深い入り江を持つ静かな漁村に過ぎなかった。

しかし、その地形は後に交易の窓口になるに足る天然の良港であった。


大村家は今、存亡の機に立たされている。

二十四歳の若き当主・大村純忠は、龍造寺の武威に屈することを拒みながらも、具体的にどう生き残るかの答えを見出せずにいた。

そこに新たに横入りする形で、電撃的に佐伯家が現れたのである。


その大村家の盾であり、同時に大村家すら御しがたい実力者が、長崎湾の入り口を抑える国人衆の深堀純就(ふかほり すみなり)であった。


深堀氏は鎌倉以来、長崎半島の深堀を拠点として強力な水軍を擁してきた。

彼らは時に領主、時に海賊として、その入り江を実質的に支配している。

史実では後に、純就の息子である純賢が龍造寺配下として大村家を苦しめることになるが

今はまだ、この老練な父・純就が潮目を読み、深堀の生き残りを賭けて暗躍していた。


「深堀の親父殿は、一筋縄ではいかぬ男ですな」

貴明が苦々しく笑う。


「海賊衆の頭目のような男だからな。大村の当主が代わろうと、龍造寺が迫ろうと。

 奴が見ているのは『潮の流れ』だけ。国人衆だけに利に聡い。

 味方に引き込めねば、長崎の港をどれほど整えたところで、入り口で船が沈められることになりましょう」


利繁は前を見据えた。

「ならば、その潮の流れを作っているのは佐伯家だ、と教えるまでだ」


————————————————————


夕刻。霧に包まれた山中の社に、三人の男が対峙した。

利繁、貴明、そして深堀家の当主・深堀純就。

純就は五十を過ぎた、潮風に焼かれた深い皺を持つ老練な男だった。

その瞳は、若き利繁を品定めするように細められている。


「佐伯利繁殿か」


純就の声は、岩を削る波のように重く響いた。


「直接、儂と話をしたいと言ったのは貴殿か。

 ……噂には聞いておる。武雄の街道を武士に作らせ、新しき国づくりを行うと宣っているらしいな。

 さて、新しき世を目指す御仁が、儂に一体何用かな」


利繁は動じず、社の床に一枚の精緻な海図を広げた。


「純就殿。海に街道はないが、『航路』はある。対馬、唐津、そしてこの長崎を繋ぐ航路を、俺たちは作ろうとしている」


純就は鼻で笑った。


「長崎の港だと? あそこは船は付きやすいが、ただの入り江だ。あんな場所をどう扱われる」


「ここに我らが交易を行っている南蛮の船を引き込む。天然の良港を交易の窓口に仕立て上げるのだ。

 兄・利興が求めるのは、長崎の港の実権のみ。大村家はそのまま残し、純就殿の深堀領も保証する。

 純忠殿には引き続き一帯の領主として、純就殿には長崎の代官として、南蛮船の安全を守っていただきたい」


純就の眉が動いた。


「港だけを切り取る、と?

 それは我らを佐伯家の小間使いにするということか。

 龍造寺なら、そんな面倒なことは言わん。

 槍で奪い、力で服従させるだろう。そちらの方が武士として分かりやすいのではないか」


利繁は一歩踏み出し、純就の目を射抜いた。


「龍造寺がこの地を治めれば、この海は死ぬぞ。

 隆信殿は土地と兵を求めるが、交易の理を解さぬ。

 だが佐伯が港を管理し、ここに佐伯の旗が立てば、この長崎は海を介して他の地と繋がる。

 純就殿、其方はくだらん海賊の真似事をいつまで続けるつもりだ?

 佐伯と組めば、理の中で、この海からに利を得られる。

 南蛮船の入港と交易にかける税、その一部を深堀家に収める仕組みを作る。

 戦わずして富を得、その富で強力な水軍を養うのだ。佐伯家は肥前などで留まらんぞ。

 この九州、ひいては日の本を飲み込む。武士の意地というのであればその時に手柄を挙げられよ。

 ……どちらが深堀の未来のためか。俺のような若造よりも其方の方が分かるはずだがな」


純就はしばし沈黙し、利繁の顔をじっと見つめた。

その瞳の奥には、かつて自分が海で出会ったどの武将とも違う。

冷徹で、かつ燃えるような勢いを孕んでいた。


「……若造が。

 だが、その大口、嫌いではない。

 明後日、またここへ来い。純忠様を説得できるのは、儂しかおらんからな」


————————————————————


二日後。純就の手引きにより、利繁は単身、大村氏の本拠・三城城へと向かった。

史実において大村純忠(おおむら すみただ)は、後に家中の不穏や龍造寺の圧迫から逃れるため、南蛮貿易の利を求めてイエズス会に長崎を寄進する。

これは当時においても前代未聞の決断であった。

しかし現在はその史実の一二年前。

若き純忠はまだ、キリストの教えに出会う前の、迷える一人の国人領主であった。


城内の広間で、二十四歳の当主・大村純忠が利繁を待っていた。

その傍らには、純就が重鎮として控えている。


「佐伯利繁殿。……兵も連れず、よくぞ参られた」


純忠の目は、真剣そのものだった。


「深堀から聞いた。貴殿は、長崎の港を開くという。

 だが、港を他者に貸すということは、我が家の心臓を差し出すも同義。

 当家の武士たちは、それを屈辱と呼ぶだろう」


利繁は静かに首を振った。


「純忠殿。

 屈辱とは、守るべき民を飢えさせ、強大な武力に蹂躙されることではないのか。

 今、肥前の東からは龍造寺隆信が迫っている。

 あの男が長崎を求めれば、それはすなわち略奪である。だが、我らは貴殿に新たな統治を示す」


利繁は地図の上に、一枚の書状を置いた。


「対馬から始まった当家の統治の仕組みは、土地を奪うのではなく、土地を豊かにすることで支配を確立するものである。

 長崎に港を開き、そこに南蛮の巨船を招く。

 大村はその富を分け合い、佐伯の武威によって龍造寺を退ければよろしい。

 我らは大村の領地にも、帰属にも興味はない。ただ長崎という良港が手付かずなことが見過ごせんのだ」


純忠は、利繁の言葉を噛みしめるように目を閉じた。


やがて、彼は純就の方を見る。

純就は、小さく頷いた。


「……わかりました。佐伯利興殿にお会いしましょう。

 ただし、一つだけ約束してほしい。その港から得られる富は、必ずや民を救うために使われると」

「兄・利興も同じことを言うでしょう。民が富まねば、覇もまた空虚なり。と」


交渉が成立した後、利繁と純就は三城城の回廊を歩いた。

純就の態度は、先ほどまでの刺々しさが嘘のように、実務的なものへと変わっていた。


「利繁殿、其方の兄君は、ただの大名ではないな。

 ……この肥前の国々を、土地の境界ではなく『富の通り道』として見ているようだ」


純就が呟く。


「その通りだ、純就殿。

 兄は、大名が土地を奪い合う時代は終わると言っている。

 これからは、誰がより多くの富を流し、誰がその流れを支配するかで、真の勝者が決まると」


純就は長崎湾の方角を指差した。


「ならば、儂の仕事はあの入り江を不可侵の一大交易港にすることだな。

 大村の家中には、龍造寺と通じている不届き者も多い。

 儂の水軍で、まずは海からの裏道を塞ぐ。

 ……ただし、約束の税の上がりは一文たりとも値切らせんぞ」


「もちろんだ。兄上は、約束を守る男には誰よりも寛大だ」


顔を見合わせて笑った。

利繁は、深堀純就という男の中に、利興が求めていた「実利による忠誠」の萌芽を見た。

誇りや恩義ではなく、求める理想と利益、己の負う役務へのやりがいの共有によって結ばれた絆。

それは、龍造寺のような恐怖による支配よりも遥かに強固なものになるはずだ。


————————————————————


この日の利繁は、勝利の予感に浸る時間を与えられなかった。

城を出た利繁を待っていたのは、馬を限界まで走らせ、泥まみれになった後藤貴明の斥候であった。


「利繁殿! 龍造寺が、ついに動き出した!」

斥候に応じ、急ぎ帰路に着いた利繁を迎え、貴明が叫びながら駆け寄る。


「兵数は」

「村中城を発った軍勢が三〇〇〇。

 その後さらに膨れ上がっている。

 鍋島直茂(なべしま なおしげ)が近隣の小領主を脅し、あるいは抱き込み、今や五〇〇〇に迫る勢いで、武雄へ向かっている!

我らが長崎を固める前に、包囲網の喉元を食いちぎるつもりだ!」


利繁の表情が凍りつく。五〇〇〇。武雄の守備兵だけでは、到底支えきれる数ではない。

佐伯が外交で長崎を手に入れようとしているその隙を、物理的な暴力で粉砕しに来たのだ。


利繁は馬に飛び乗った。異変を察し着いてきていた純就に視線を遣る。


「純就殿!

  すまないが、大村との会談の準備は其方に任せる! 兄上への早馬もだ!」


純就は不敵に笑い、腰の刀を叩いた。

「案ずるな、若造。儂が上手くまとめよう。

 ……しかし、武雄が崩れれば語った絵図も絵に描いた餅よ。あの熊を、せいぜい手懐けてくるがいい」


利繁は貴明と共に、武雄への道を駆け戻った。


肥前の空は、梅雨の到来と同時に急速に暗雲に覆われ始めていた。


「貴明! 武雄の街道沿いに軍を集めろ!直茂めを、泥沼に沈めてやる!」


利繁の心臓は、戦いの刻限を告げる激しい鼓動を打ち鳴らしていた。

肥前の大地を揺らす肥前の熊の咆哮が、すぐそこまで迫っていた。

書き続けると決めたので、日間でも週間でも

1度は1位を取れるように頑張ります!


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