56話 大村純忠
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。
頑張って更新頻度を上げていきます。
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ほのぼの系も書きたくなり、2作目も始めました。
箸休め的な更新になりますが、歴史物と一緒に読んでいただけると嬉しいです。
氷が解ける音をきく-転生バーテンダーの気ままなスローライフ-
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弘治三年(一五五七年)六月。
利興が怡土の本拠を立ったのは、利繁からの緊急の文を受け取った翌朝のことだった。
供回りはわずか二◯人。
大軍を動かせば、それは龍造寺を刺激するだけでなく、北九州に影響力を発揮する大友義鎮に隙を与えてしまう。
利興はあえて軽装を選び、自ら小型の高速船の舵を握る勢いで、海路、彼杵の地を目指した。
玄界灘から平戸の瀬戸を抜け、穏やかな大村湾へと滑り込む。
利興が広げた交易の網は、今や博多、怡土、唐津を繋ぎ、九州の端である長崎の入り江へと届こうとしていた。
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三城城の城門の前で、大村純忠は自ら客人を待っていた。
二十四歳。利興より二歳年長ではあるが、未だ若年と言っても差し支えない。
利興が馬を降り、その土に足をつけた瞬間、純忠の鋭く、それでいてどこか悲痛な光を宿した視線が彼を射抜いた。
「佐伯利興殿か」
「大村純忠殿。唐突な訪問、それもこの少人数での無礼を許されたい」
「利繁殿、あるいは深堀純就から話は聞いている。
……貴殿が、この肥前を根底から変えようとしている男だということもな。中へ付いて参られよ」
純忠の歩みは静かだが、その背中には隠しきれない疲弊があった。
後にキリシタン大名として、領地を守るために「外国勢力への土地の寄進」という
日本史上類を見ない手段を選ぶことになるこの男は、本質的に「自己犠牲」の塊であると利興は見ていた。
多少は貿易による利益を貪る、私欲もあったのだろうが、デウスへの傾倒は、戦乱のよにおいて
自らが先祖伝来の土地と、領民を守る算段を持たないことへの現実逃避だろうと考えている。
広間には重鎮たる深堀純就をはじめとする、大村家の重臣たちが居並んでいた。
誰もが、「得体の知れぬもの」として利興を眺め
一縷の望みと、それ以上の強い不信を込めた目で見つめている。
「単刀直入に伺いたい」
純忠が、沈黙に支配された広間の空気を切り裂いた。
「佐伯家の大方の要求は利繁殿にお伺いした。
なぜ、大村を滅ぼされないのか。
今の佐伯の勢い、それに対馬や博多で得たという莫大な富があれば、兵を繰り出し、我らを力ずくで従わせることも容易なはず。
龍造寺隆信なら、迷わずそうするでしょう。
武士が土地を欲するのは、理である。貴殿はなぜ、それをなされない」
利興は少し間を置き、端座して純忠の目を真っ直ぐに見据えた。
「滅ぼす理由が、微塵もないからだ」
「力があれば理由は要らぬ。それが武士の、弱肉強食の道理ではありませんか」
「俺は龍造寺ではない。あちらが『武』で人を縛るなら、俺は『利』で人を繋ぐ。
純忠殿、其方は大村の民を、ただの『兵糧を生む家畜』だとでも思っているのか?
石高という、大地から絞り出すだけの数字に、其方自身の命まで縛られてはいないか?」
純忠は言葉に詰まった。
利興の声は、広間の隅々にまで染み渡るように響く。
「大村の民。彼らが今、龍造寺の影に怯え、明日の食い扶持を案じている。
その民が、長崎の港が開くことで今の十倍、百倍の富を手にする。
土地を奪えば、土地は戦により荒廃し民は俺を恨む。隙あらば国人衆は首を狙うだろう。
だが、土地を其方に預けたまま、俺が港を動かし、民が豊かになればどうなる?
民は佐伯の統治の仕組みを守るために自ら働き、大村の家もまた存続する。
滅ぼすよりも、共にある方が、俺にとっても管理の手間が省け、利が大きい。
これが佐伯による統治である」
純忠の瞳に、困惑と、そして初めて見る種類の驚きが走った。
「……民が富むことが、支配者の利になる、と?
略奪するのではなく、豊かにすることが、貴殿の強さの源泉なのか」
「そうだ。俺が新たに掲げる旗印は『民不富則覇亦虚』。
『民が富まねば、覇もまた空虚なり』である。
民が飢え、土を恨んでいる土地で、誰が覇を唱えたところで、それは砂の上の城に過ぎん。
俺は大村の民を、商いと物流によって豊かにする。
その豊かさから生まれる余剰、税、そして情報の流通こそが佐伯の交易を支え、日の本を圧倒する血肉となるのだ」
純忠は、膝の上で拳を握りしめた。こ
れまでの人生で聞かされてきた軍法も、領主としての心得も。
利興が語るこの「民不富則覇亦虚」の思想の前では、あまりに古臭く、空虚に感じられた。
「……彼杵の民を、本当に、ただの道具としてではなく救ってくださるのか」
「約束しよう。来年の春までに、対馬で成果を上げた土木と測量の技術者を送る。
港の収益を、まずは領内の荒野に注ぎ込む。
水路を引き、農地を整え、民が働いた分だけ、民の手に実りが残る循環をここから始める。
他の大名が見ている狭い『石高』の世界を、俺は『地と人が繋がる物流』で塗り替えてみせる。
これは慈悲ではない。佐伯の旗を日の本にたなびかせる効率的な方法でもある」
純忠は、ゆっくりと、しかし確実な意志を込めて頭を下げた。
横に控えていた深堀純就が、我が意を得たりとばかりに深く頷く。
「……佐伯利興殿。あなたの言葉、この胸に刻みました。
港の実権、佐伯家にお預けいたします。
大村はこれより佐伯家の軍門に降り、この地の繁栄に努めましょう」
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その夜、利興は三城城に一晩の宿を借りた。
儀礼的な酒席が終わり、異例であるが小者を下げて純忠と二人きりになる。
若き当主は堰を切ったように、手元の紙を広げて問いかけてきた。
その姿は、一国の主というより、未知の知識に触れた学徒のようであった。
「利興殿、南蛮の船とは……どのようなものなのですか。
深堀の話では、家一軒が丸ごと浮いているような巨船だと言いますが」
純忠の目は、先ほどまでの重圧から解放され、純粋な好奇心に輝いていた。
利興は笑みを浮かべ、紙の上にマストを何本も持つ巨船の図を描きながら、遠きマカオ、ゴア、さらには地球の裏側にあるという大帝国の話を説いた。
「この入り江には、いずれ山のような荷を積んだ巨船が訪う。
大村の民が作った絹や陶磁器、それらが海の向こうで金に化け、また新しい技術を運んでくる。
純忠殿、其方の領地には造船に適した木材と、職人がいるだろう。彼らに南蛮の技術を学ばせれば...
いずれ大村であつらえた船で、この肥前から大海原へ打って出ることだってできるのだ」
「我らの船で……世界へ……」
純忠は、その言葉を書き留める手が震えていた。
「利興殿、あなたはいつ、それを学んだのですか。
肥前に赴かれる前から、この世界の理を、まるで空から見てきたかのように知っておられる」
利興は窓の外、月光に照らされて銀色に輝く長崎の入り江を眺めた。
その入り江の奥底には、まだ誰も知らない未来が眠っている。
「……それは長い話だ。あるいは、いつか終わらぬ夢の中で見ていたのかもしれないな。
だが、夢を現実に変えるのが、今の俺の、そして其方の役割だ」
利興はそれ以上語らなかったが、純忠はその神秘性に、一種の畏敬の念を抱いた。
この男は、単なる知略家ではない。未来そのものを、指先で掴んでいるごとき存在なのだと。
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翌朝早く、城を出ようとする利興のもとに、利繁からの急使が駆け込んだ。
使者の顔は青ざめ、馬は喉を鳴らして泡を吹いている。
緊急事態であることは、その姿だけで明らかだった。
「申し上げます! 龍造寺軍、村中城を出陣!
鍋島直茂率いる別動隊と合わせ、五〇〇〇を超える大軍が武雄の街道を埋め尽くしております!
その先陣、既に当家の防衛線と接触いたしました!」
広間に緊張が走る。純忠の顔から、みるみる血の気が引いていった。
「……五〇〇〇。武雄の後藤殿だけでは、一日と持ちこたえられない。
利興殿、これは私の決断が遅かったせいだ。
私がもっと早く応じていれば、直茂にこれほどの準備をさせる隙を与えずに済んだものを……」
だが、利興の表情は、冬の海のように静まり返っていた。
焦りも、怯えもない。
「来るべき時が来ただけだ。利繁に伝えろ。長崎は完全に抑えた。
武雄の貴明には『泥沼の中で熊の足を止めろ。一寸たりとも引くな。地の利は我らにある』と伝えよ。
利繁は遊撃に回り、敵の補給路を、博多からの商流を止めることで断て。
俺は今から怡土に戻り、大友と博多商人を動かす。目の前の戦だけではないあらゆる重圧で押し返すまでだ」
利興は純忠に向き直り、その肩に手を置いた。
「純忠殿、其方はここを動かず、龍造寺との境界を固められよ。
戦火を彼杵に微塵も入れるな。港の整備と、民の慰撫を優先せよ。
戦が終わった時、すぐに船を受け入れられるようにな。
これは、其方にしかできない統治の守り方だ」
「……利興殿、どうか、武運を」
利興は馬に飛び乗った。
五〇〇〇の軍勢。物理的な暴力の数では、今の佐伯は龍造寺に及ばない。
だが、戦いとは槍の数だけで決まるものではない。
「情報」「物流」「人心」、さらに「時間」。それらを全て掌の上で転がした者が、最後には勝利する。
「隆信、貴様の計算には『未来』という変数が抜けている。やみくもに兵を動かすだけでは俺は殺せないぞ」
利興は潮風を切り裂き、北へと馬を全速力で走らせた。
長崎の港には、必ず春が来る。
それは、彼がこの時代に刻もうとしている、不変の真実であった。
肥前の大地を揺らす蹄音が、いよいよ激突の刻を告げようとしていた。
書き続けると決めたので、日間でも週間でも
1度は1位を取れるように頑張ります!
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