52話 国割評定(上)
第三章突入です。
引き続きよろしくお願いいたします。
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますが、エンターテインメントとしてお楽しみください。
頑張って更新頻度を上げていきます。
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ほのぼの系も書きたくなり、2作目も始めました。
箸休め的な更新になりますが、歴史物と一緒に読んでいただけると嬉しいです。
氷が解ける音をきく-転生バーテンダーの気ままなスローライフ-
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天文二十六年(一五五七年)三月。
春の陽光が、ようやく肥前の大地にこびりついた冬の残滓を解かし始めた頃。
後藤貴明は、武雄から馬を連ねて怡土・高祖城を目指していた。
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貴明の胸中にあったのは、刃を交えた「佐伯利興」という男への強い関心であった。
自分を打ち負かし、さらに武雄の地を安堵した上で実弟の補佐に据えた男。
その男が治め始めたばかりの怡土がどうなっているか
為政者としての実力を値踏みしてやろうという、意地もあった。
だが、高祖山の麓に足を踏み入れた瞬間、貴明は驚きを禁じ得なかった。
「……何だ、これは」
思わず漏れた独り言に、背後の従者たちも顔を見合わせる。
そこにあったのは、貴明が知る切り取った新たな領地の風景ではなかった。
第一に、道が違う。
かつて原田隆種が支配していた頃の怡土は、どこにでもある街道だった。
しかし今、貴明の目の前にある道は、不自然なほど真っ直ぐに、そして広く均されている。
道の両脇には、手入れの行き届いた側溝が掘られ、山から引かれた澄んだ水が音を立てて流れていた。
第二に、聞こえてくる音が違う。
戦後の土地特有の、民が身を潜めるような微妙な緊張感がない。
カン、カン、と小気味よく響く音は、見事な造りの小屋から聞こえてくる。
パンパンに荷を積んだ荷車が砂利を踏む音も...何より、城門の近くに立ち並ぶ「市」の喧騒が異質だった。
売り手たちの声に、農民たちが臆することなく値を交渉している。
去年の今頃、原田の過酷な年貢の徴収に怯え、細々と他を耕していた者たちの面影はない。
そもそも未だ物を交換している取引もちらほら見えるとはいえ、民たちはその概念を理解し始めているのだ。
「……三月だ。利興殿がここを奪ってから、まだ三月しか経っていないはずだぞ」
貴明は馬を進めながら、道脇の水路をじっと見つめた。
水路は田んぼの隅々にまで張り巡らされ、水門が整然と配置されている。
これがあれば、雨乞いに頼る必要はない。
仮にしばらく雨が降らない事態に見舞われても、安定した収穫が見込めるだろう。
「後藤様、あまり見惚れていては遅れます。山本様がお待ちです」
「……見惚れてなどいない。ただ、気味が悪いだけだ」
貴明は信じられないものを見る面持ちで、高祖城の急坂を駆け上がった。
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大広間に入った貴明を待っていたのは、さらに異様な光景だった。
上座に座る利興。
その左右には、辺境の島であった対馬を豊かにし、勢力を伸ばすに力を発揮してきた男たちが並んでいる。
津奈調親、佐伯利繁、山本康範、柳川調信、佐須景満。
貴明が座るなり、利興が顔を上げた。
「来たか、貴明殿」
「……はっ。佐伯が治めるこの地のあまりの変貌ぶりに驚き、時間を要した次第」
「そうか。それは重畳。まあ座られよ、評定を始める」
利興の合図と共に、評定が始まった。
それは貴明が慣れ親しんだ「軍議」や国人衆との寄合とは根本から異なっていた。
武雄の国人衆が集まれば、酒を酌み交わし、武勇を誇り、勢力図を「なんとなく」語り合うのが常だ。
決定事項は曖昧で、後で「言った言わない」の論争になることも珍しくない。
しかし、この部屋にいる連中は、誰も酒など持っていない。
代わりに持っているのは、山のような「書付」だった。
「まず怡土の現状から報告いたします」
山本康範が、分厚い帳簿を広げた。
「入城から三月。農地の基盤整備は八割方終了いたしました。
側溝の開通により、今年の春の収穫は昨年比で三割増……
控えめに見積もっても二割八分の上振れを確信しております」
利興が低く、鋭い声で返す。
「その根拠はいかがか」
「原田時代の年貢の記録と、水不足の解消、および当家が治める壱岐、対馬の増産を参考とした算出です。
天水頼みの以前に比べ、水路による安定供給がもたらす増収分を一反ごとに計算いたしました」
康範の指が、帳簿の数字をなぞる。
「これによる増収益を、そのまま怡土港の拡張工事に充てます。
測量は既に終わっております。南蛮船が入港できる水深を確保するための費用、
および人夫への賃銀。これも春の収穫予測の範囲内に収まります」
貴明は、流れるような一問一答を、ただ口を開けて見ているしかなかった。
ここなで曖昧な言葉は一言も出てこない。
出てくるのは、積み上げられた実績と、それ参考に裏付けられた想定である。
「大友家の使者が訪れていたというが、用件と対応はいかがした」
「大友家の庇護と引き換えに、交易の利を一割を「自発的に」納めることを仄めかしておりましたな。
丁重にもてなしはしたものの、明確な回答は避けております。
大友の使者は満足な答えを得られないまま、反応は上々。悪いように報告はいたしますまい。
既に博多には神屋家を通じて、裏から手を回してあります」
「神屋か」
「はい。神屋も博多の横に開けた港が出来ることは危惧したのでしょう。
使者が先月、視察に参りました。怡土の港の整備状況を見せ、今後も昵懇にと伝えると
『これだけの規模になれば、博多の機能を補完できる』と。
彼らも大友の締め付けには辟易しています。
神屋を始め商人がこちらを支持すれば、大友も強引には出られません」
利興はわずかに口角を上げた。
「引き続き、神屋を介して博多の商人ども懐柔する動きを続けろ繋ぎ止めろ。
交易の規模と取引先が増えることは、むしろ彼らが歓迎することだろう」
貴明の背中に、冷たい汗が流れた。
利興は槍を交える前に、既に戦っているのだ。
銭と、紙に積み上げられた数字と、商人たちの欲を操ることで。
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「次に唐津」
利興が視線を景満に向けた。
「王直との取引、および海域の収支を報告いたします」
景満が微笑みを顔に称え、自らの書付を叩いた。
「次回の王直の船団は来月入港いたします。今回は明の絹を増やしたいという要望。
こちらが出すのは、銀、そして予定通り『対馬の干し鮑』です」
貴明が思わず口を挟んだ。
「鮑……? そんなもので、銭が動くのか」
景満が、笑みを崩さず貴明の方に顔を向ける。
「後藤殿。対馬の干し鮑は、明の高官にとっては金と同等、いやそれ以上の価値があるのですよ。
王直はこれを明の宮廷工作に使う。……調信殿、例の数字を」
調信が別の書付を広げる。
「盛円殿が書き留めておられました、朝鮮および明の取引明細をすべて洗い直しました。
鮑の相場は、干物にして保存性を高めれば、季節を問わず通常の三倍から四倍の値で安定します。
漁師には銀を前払いし、漁具を新調させました。秋には生産量を倍にします。
これで、今年の軍資金の消費分はすべて相殺できます」
貴明は絶句した。
その顔を真っ直ぐに見つめ、調信は続ける。
「佐伯家には、......いやこの場合は対馬にはと言うべきですな。
長い大陸との商いの歴史があります。これまでは記録として残していたものも少なかったのですが...
佐須盛円という方がまとめられたのですよ。これが重要な大陸との交易の指針となっております」
調信の声には、生真面目な響きを感じる。
貴明は、自分たちが相手にしていたものの正体を、ようやく理解し始めた。
自分は、敗れるべくして敗れたのである。
あのまま利繁との一戦に勝利したところで、3年も経たず膝を屈していただろう。
「……敵わないはずだ」
貴明は、自嘲気味に呟いた。自分の手元には、幼き頃より磨いてきた槍の腕と、土地への執着しかない。
だが、この男たちは九州の交易を元として既に、国力を富ませ続ける仕組みを整えつつある。
評定の空気は、さらに熱を帯びていく。
利興の指が、地図の最南端——武雄、そしてその先の長崎へと滑った。
「では今後の方針を伝える。まずは以前も用いた策ではあるが物の流れを変えるとするか」
続く利興の言葉に、貴明は息を呑んだ。
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