50話 開門
第三章突入です。
引き続きよろしくお願いいたします。
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますが、エンターテインメントとしてお楽しみください。
頑張って更新頻度を上げていきます。
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ほのぼの系も書きたくなり、2作目も始めました。
箸休め的な更新になりますが、歴史物と一緒に読んでいただけると嬉しいです。
氷が解ける音をきく-転生バーテンダーの気ままなスローライフ-
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天文二十六年(一五五七年)二月。
武雄、塚崎城。
夜明け前の冷気は、昨夜の城内の喧騒すらも凍らせたかのように静まり返っていた。
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本丸の広間では、後藤貴明が一人、自身の得物である十文字槍の穂先を磨いていた。
「……民のため、か」
昨夜、自ら口にした言葉が、冷え切った空気の中に白く消える。
後藤家を継いで以来、彼は常に「戦うこと」で家を、そして民を守ってきた。
敵を殺し、あるいは追い払う。
その武勇こそが統治の正当性であり、誇りであった。
しかし、先立っての負け戦と佐伯軍による包囲は、彼の価値観を根本から揺さぶっていた。
佐伯軍は、その背後にある圧倒的な「富」の力を見せつけてくる。
整然と並ぶ最新の武具、専業兵士たちの鍛え抜かれた肉体、工夫を施された兵糧の炊き出しの匂い。
それらは己自身が積み上げてきた「武士の意地」では決して届かないだろう。
佐伯家の使者はそれを富を生み出す「仕組み」と言った。
「貴明様、お支度が整いました」
影のように現れた老臣が、静かに頭を下げる。
貴明は立ち上がり、紅蓮の甲冑の緒を締め直した。
白装束は着ない。負け犬として首を差し出すのではない。
新しい仕組みの中に、後藤の武勇を「持ち込む」ための門出なのだ。
「開門せよ」
貴明の低い号令が、城内に響き渡った。
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ギギィッ……。
固く閉ざされていた塚崎城の大手門が、内側からゆっくりと押し開かれた。
門の隙間から差し込む冬の朝陽が、土煙を黄金色に染める。
現れたのは、後藤貴明、ただ一人。
馬にも乗らず、家臣も連れず、ただ一振りの槍を片手に、彼は堂々と門外へと踏み出した。
門の先、わずか百歩の地点。
そこには、漆黒の具足を纏った佐伯利繁が、黒鹿毛の馬に跨り、泰然と待ち構えていた。
周囲を囲む五〇〇〇の佐伯兵たちは、貴明の姿を認めるや、一斉に槍の石突を地面に打ち鳴らした。
ドォン、ドォン、ドォン。
それは嘲笑の音ではない。
自分たちが死力を尽くして戦った敵将への、一人姿を表した益荒男への敬意を表したものであった。
貴明は利繁の数歩手前まで歩みを進めると、足を止めた。
二人の間に、冷たい風が吹き抜ける。
凍てつく川の中で、互いの命を削り合うように太刀を交わした二人である。
その時の殺気は、今は深い静謐へと変わっていた。
「……待たせたな、佐伯利繁殿」
貴明の声は、掠れながらも力強かった。
利繁は無言で馬から降りた。
具足が重々しくぶつかり合う音を立て、二人は同じ土の上に、対等な目の高さで立つ。
「後藤貴明殿。良き返答を、お持ちいただけたか」
「ああ。……後藤家は降伏致す。
俺の首が必要なら、今ここで撥ねるがいい。
伝え聞いた条件の通り、塚崎の民と兵には、佐伯の仕組みとやらで豊かな暮らしを実現してくれ」
貴明は、自身の槍をゆっくりと地面に置いた。
「己の意地より、民の暮らしを選んだ。……それが、俺の出した答えだ」
利繁の瞳が、僅かに細められた。
そこには勝ち誇った色などなく、むしろ深い安堵と、貴明という男への確かな敬意が宿っていた。
「……後藤殿のその言葉、しかと受け取った。
佐伯利興の名において誓おう。今日この時より、塚崎の民は佐伯の民だ。
飢えさせることは、我が兄が許さん」
利繁は一歩踏み出し、地面に置かれた貴明の槍を拾い上げた。
そして、それを再び貴明の手へと差し出した。
「槍は持っていけ。
貴殿の役目は、ここで終わりではない。
……今日からは私の副将として、その槍を、さらに広大な地を切り拓くために使っていただきたい」
「……敗戦の将に、過分な評価だと思うが」
「負けたのは『昨日までの仕組み』だ。貴殿の武勇が負けたわけではない」
利繁は微かに笑った。
「それに、貴殿のような男を丸腰にするのは、肥前の損失だ。
……改めて言おう。歓迎するぞ、貴明殿。俺と共に、新しい世の先陣を切ってくれ」
貴明はしばらくの間、自分の手の中に戻ってきた槍の重さを確かめていた。
そして、差し出された利繁の手を、骨が鳴るほどの力で握り返した。
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和睦の儀は、これ以上ないほど静かに、しかし早急に進んだ。
利繁は即座に、包囲していた五〇〇〇の兵に対し、武器を収めるよう命じた。
それと入れ替わるように、城外の輜重隊が動き出す。
運ばれてきたのは、名護屋から届いたばかりの大量の米俵と、越冬のための薪であった。
「炊き出しの準備をせよ! 城内の者たちにも、まずは温かい粥を配れ!」
利繁の号令が飛ぶ。
先ほどまで殺し合っていた佐伯の兵と後藤の兵が、戸惑いながらも、一つの焚き火を囲み始める。
冷え切った空気に、米を炊く甘い匂いが広がり始めた。
貴明は、城門の脇に腰を下ろし、その光景を眺めていた。
家臣たちが恐る恐る城から出てきて、佐伯の兵から粥を受け取っている。
一人の少年兵が、熱い粥を口にした瞬間に大粒の涙を流した。
その涙は、屈辱ではなく、生き延びたという安堵と、空腹が満たされる喜びによるものだった。
(これで……よかったのだ)
貴明は深く息を吐いた。
その背後、城の奥深くからは、まだ敗北の重みに沈む空気も漂っている。
だが、目の前で広がる「腹一杯飯を食う」という佐伯家では当たり前の光景が
それを少しずつ上書きしていく。
その時、遠く北の街道から、一団の騎馬武者が近づいてくるのが見えた。
中央には、漆黒の陣羽織を纏った男。
「……兄上」
利繁が呟き、姿勢を正した。
冬の朝陽が、高く上り始める。
霜の降りた肥前の大地が、これから始まる巨大な動乱を予感させるように、白く輝いていた。
読んでくださる皆様のおかげで、50話を書き終えることができましたm(_ _)m
本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m
さて、本日は少し実験をしています。
普段は1話=5000文字前後なのですが、本日は1話=3000文字前後で更新回数を多くしています。
皆さん、どちらが読みやすいでしょうか?
教えていただけますと幸いです。
(更新多いと、タイトル考えるの大変&1日の総文字数は増えている(T_T))
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