49話 眼差し
第三章突入です。
引き続きよろしくお願いいたします。
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますが、エンターテインメントとしてお楽しみください。
頑張って更新頻度を上げていきます。
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ほのぼの系も書きたくなり、2作目も始めました。
箸休め的な更新になりますが、歴史物と一緒に読んでいただけると嬉しいです。
氷が解ける音をきく-転生バーテンダーの気ままなスローライフ-
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天文二十六年(一五五七年)二月。
肥前、塚崎城。
激闘の余韻は、いまだ城内のあちこちに生々しくこびりついていた。
板張りの廊下を歩けば、どこからか血の匂いが漂い、裏庭では負傷した兵たちの低い呻き声が、冬の湿った空気に溶け込んでいる。
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後藤貴明は、城の北側に突き出した物見櫓の欄干に手をかけ、眼下を流れる武雄川を見つめていた。
三日前、あの川は朱に染まった。
五〇〇〇という、肥前の国人では到底揃えられぬ数の精鋭に対し
貴明は手持ちの全兵力に近い三〇〇〇を率いて正面から立ち塞がった。
川という天然の要害を使い、渡河の瞬間を叩く。
戦術としては定石であり、実際、貴明の采配は佐伯軍の先陣を幾度も押し返した。
しかし、負けた。
正面の敵将、佐伯利繁に目を奪われている間に
霧を裂いて現れた佐伯の別動隊が側面を突き、挟撃を許した。
無理な追撃こそなかったが、精強を誇った後藤の兵たちは
泥を蹴り、血を流しながらこの城へと逃げ込むしかなかった。
(……全ては、俺の甘さが招いたことだ)
貴明は、自身の右手に残る痺れを確かめるように拳を握りしめた。
川の中で刃を交えた利繁の感触が、いまだに掌に残っている。
あの若造は、五〇〇〇の兵を後ろに控えさせながら、真っ先に冷たい川へ飛び込んできた。
龍造寺隆信であれば、決してそんな真似はしない。
あの大男は、冷徹な計算の上で
勝てると踏んだときにのみ、安全な場所から勝負を仕掛けるだろう。
大友義鎮も違う。
彼は、自らは高みの見物を決め込み、権威と圧倒的な兵数で敵を圧り潰す。
だが、佐伯利繁は違った。
大将が泥を被り、兵たちと同じ痛みを共有しながら突っ込んでくる。
(敬意を払うべき勇士か、それとも……単なる阿呆か)
どちらにせよ、その戦い方は、これまで数多の戦場を潜り抜けてきた貴明の魂を、理屈抜きで震わせた。
「貴明様」
背後から、重苦しい声がした。長年後藤家に仕える老臣でる。
「佐伯の包囲が完成いたしました。南、東、西。主要な街道はすべて塞がれております。
北は……あの武雄川にて」
「兵糧は」
「一月分は備えがございます。民から摘発をすれば、もう少しは」
「援軍の見込みは」
老臣は、視線を畳に落とした。
その沈黙こそが、答えである。
「言え」
「……ありません。ついこの間まで争っていた龍造寺は動きませぬ。
佐賀の村中城に兵を集めてはおりますが、我らを助け、佐伯と正面からぶつかる危険を冒すことなどないでしょう。
造寺にとっての我々は「佐伯の力を図る物差し」になってしまいましたな」
貴明は、自嘲気味に鼻で笑った。
「そうだな。隆信の笑みが目に浮かぶわ」
物見櫓から外を見る。
佐伯軍の陣幕が、城を囲むように点在している。
だが、不思議なことに彼らは攻めてこない。
大筒の轟音もなければ、矢の射ることも、鉄砲の銃声も響かなかった。
南への道も、西への道も、すべて統制の取れた佐伯の兵たちによって断たれている。
逃げ道はない。しかし、首を絞められるような圧迫感もない。
決して圧力をかけず、我らから打って出るのを待っているのか。
非常に奇妙な感覚であった。
「兄の方はどうだ。佐伯利興は」
「怡土の高祖城に留まっておられるとのこと。ここには、一度も姿を現しておりませぬ」
「利繁がすべてを差配しているのか。あの若造が……。面白い兄弟だ」
貴明は、再び武雄川を見た。
水面は、三日前の惨劇などなかったかのように、冬の陽光を跳ね返して輝いている。
かつて後藤純明から引き継いだこの塚崎の地。
龍造寺の圧力を跳ね除け、大村の策動を挫き、血を流して守り抜いてきた誇り。
その誇りの重さを、今、目の前の静かな包囲網が問い直している。
「貴明様。……いかがなさいますか」
「三日、待て」
貴明は、冷たい風に向かって言い放った。
「俺は三日かけて考える。……この城と、民の命を、何に賭けるべきかをな」
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二日目の朝。
城門の前に、一人の使者が現れた。
漆黒の具足を纏い、背中には佐伯の紋が鮮やかに染め抜かれている。
名もなき若い兵だったが、その立ち振る舞いには、後藤軍の精鋭に囲まれても微塵も揺らがぬ「自負」があった。
「利繁様より言付けにございます。
『後藤貴明殿、三日以内に返答をいただきたい。条件は変わらず。良き返答を待つ』とのこと」
貴明は、城門の隙間からその使者を射抜くように見た。
「条件を、もう一度ここで言え」
「はっ。佐伯利興の軍門に降ること。
引き換えに、塚崎城の領地はそのまま後藤殿に安堵いたします。
兵は今後、利繁様の指揮下に入っていただき、以降は与力としてお支えくださいますよう」
城内の家臣たちがざわめいた。
当主の実弟と刃を交えた敵方の大将の命を取らず、本領の安堵。
さらに重臣への登用すら仄めかしているのだ。破格の条件であった。
「はい。そして、貴明殿には佐伯軍の副将として、松浦、大村方面の制圧を任せたいと。
利繁様は『貴明殿の槍があれば、龍造寺の横腹を食い破れる』とも仰っております」
「龍造寺ともことを構えるのか」
「いずれは。佐伯の富を生み出す仕組みを広げるため、邪魔なものはすべて排除いたします」
使者はそれだけ言うと、礼儀正しく一礼し、悠然と引き上げていった。
貴明は一人、城門の影で考え込んだ。
降伏の条件は驚くほどに寛大である。
(名護屋の話は果たして真のことなのであろうか……)
かつて、名護屋は寂れた漁村に過ぎなかった。
しかし今や、対馬と大陸を繋ぐ巨大な交易の拠点となり、そこには見たこともないような技術や富が溢れているという。
利興が動いた土地は、例外なく豊かになる。
対馬から来た技術者が田を拓き、港を整え、商人が集まり、民が腹を空かせることがなくなる。
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貴明は、腰の刀を強く握りしめた。
この刀を、これまで誰かを豊かにするために使ったことがあったか。
奪われないため、奪うため。ただそれだけのために振るってきたのではないか。
だが、佐伯の軍門に降れば、この刀は「富を生み出す仕組み」を守るための盾となり
日の本に広げるための矛となるだろう。
「……降りるか。それとも、ここで果てるか」
貴明は、広間に家臣たちを集めた。
主だった十二名の将が、冷え切った空気の中で貴明の言葉を待っている。
「佐伯家の使者が降伏の条件を伝えにきておる。……皆の意見を聞きたい」
沈黙が、重く、長く続いた。
誰一人として、真っ先に「降りましょう」とは言えない。それが武士の意地である。
しかし、誰もが分かっていた。このまま籠城を続ければ、一月後には餓死した兵の山ができることを。
「貴明様。……佐伯に降るべき理由はあるのでしょうか」
一人の若い将が、震える声で尋ねた。
「理由か。……民だ」
貴明は断言した。
「俺たちが守りたかったのは、この土地と民だ。俺が意地を通せば、民は死ぬ。
しかし俺が頭を下げれば、民は佐伯の統治を経験し、豊かになるだろう。
飢えることはないどころか、腹一杯の飯が食える。
……そして、俺たちはこの刀を龍造寺に向けられる」
広間に、再び沈黙が落ちた。
しかし、今度の沈黙は、前向きな諦念と、微かな希望を孕んでいた。
「……わかりました。貴明様が決めたことなら、我らは地獄まで付き合います」
「地獄ではない。……佐伯の作る『新しい世』というやつを、見に行くのだ」
貴明は立ち上がり、欄干へと戻った。
三日目の朝が来ようとしていた。
冷たい風は止み、雲の間から、新しい光が武雄の山々を照らし始めている。
身に余る反響をいただき嬉しい反面、重圧もありますが
少しでも楽しんでいただけるよう更新してまいります。
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