47話 軍議と矜持
第三章突入です。
引き続きよろしくお願いいたします。
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますが、エンターテインメントとしてお楽しみください。
頑張って更新頻度を上げていきます。
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ほのぼの系も書きたくなり、2作目も始めました。
箸休め的な更新になりますが、歴史物と一緒に読んでいただけると嬉しいです。
氷が解ける音をきく-転生バーテンダーの気ままなスローライフ-
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天文二十六年(一五五七年)二月初旬。
筑前国、高祖城。
博多湾を西から見下ろす峻険な山城を、佐伯利興が大筒の轟音と共に奪取してから、数日が過ぎていた。
城内にはまだ硝煙の残り香が微かに漂い、崩れた石垣の修復作業に当たる人足たちの槌音が、冬の澄んだ空気に高く響いている。
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その利興の元に、対馬、そして壱岐の精鋭を率いた一隊が到着した。
指揮を執るのは、利興の実弟、佐伯利繁である。
「兄上、お待たせいたしました。対馬より一〇〇〇、さらに壱岐より一〇〇〇。
名護屋にて待機させていた二〇〇〇、人足の指揮をしている者を除くこの地の一〇〇〇。
総勢五〇〇〇。いつでも出陣が出来るよう準備は整っております」
高祖城の本丸、冷たい風が吹き抜ける広間に現れた利繁は、利興と同年でありながら一回り大きな体躯を誇っていた。
対馬の荒波に揉まれ、壱岐支配の最前線で海賊衆や不穏な国人衆を収めてきた。
その体からは研ぎ澄まされた刃のような生気が溢れている。
利興は文机に広げた海図から目を上げ、弟をじっと見つめた。
五〇〇〇。
かつては荒れ果てた境界の島に過ぎなかった対馬と壱岐が
利興の手によって二〇万石に匹敵する富を生み出す交易拠点へと変貌を遂げた。
この兵数は農繁期でも即座に動かせる「食わせている常備兵」の現実的な上限である。
「利繁、壱岐の守りはいかがか」
「私と入れ違いで、柳川調信殿が向かいました。
今は亡き佐須盛円殿の後任とのこと。はたらきぶりを見るに信用しても良いでしょう。
兄上、事前に聞いていた軍略からするに次の獲物は後藤貴明とか。
……肥前中部の要衝、武雄の塚崎城ですな。私に先陣をお任せいただきたい」
利興は立ち上がり、ゆっくりと弟の前に歩み寄った。
二人の視線が交差する。
利興の瞳は深い藍色の海のように静かで冷徹だが、利繁の瞳には燃え盛る火のような闘志が宿っている。
「五〇〇〇の精鋭。今の我らが出せる最大級の力だ。負けることは許されん
……それと、利繁。一つ聞いておきたい」
利興の声が、冷たい広間に低く響いた。
「この高祖城——大筒で城壁を物理的に粉砕し、絶望した敵を降伏させて首を跳ねた。
あれは速さと他大名への牽制という点では最良だっただろう。
味方の損耗はほぼ皆無。お前は、あの戦い方をどう見た」
利繁は少しだけ視線を落とし、沈黙した。
外では兵たちの行軍の足音が規則正しく響いている。やがて、利繁は重い口を開いた。
「兄上、あれは『正しい選択』だったことに反対はありません。
しかし、あまりに無機質だったようにも思います」
「無機質?」
「兵がついてくるのは、単に腹が満たされるからだけではありません。
自分が何かのために戦い、己の腕で打ち破ったという『武人の誇り』があってこそ、次も一歩前に出られるのです。
話聞く作業的な戦ばかり続けていれば、兵はただの『動く道具』になります。
道具としての兵は、計算が狂った瞬間に逃げる。
ですが、成功体験のある兵は、窮地でこそ兄上の盾となり、矛となります」
利繁は一息に続ける
「兵は人間です。
道具のように使い続ければ、いつか心から錆び、土壇場で折れます。
……後藤貴明は肥前でも指折りの猛将。龍造寺隆信という近年勢いある傑物が、唯一持て余している男です。
俺がこいつを正面から、力と力のぶつかり合いでねじ伏せてみせます。
そうすれば、我が軍は誇りを持って戦えるようになる。何より龍造寺への強烈な牽制になります」
利興は窓の外を眺めた。
眼下には、利興の支配下に入ったばかりの怡土の村々が見える。
「……龍造寺は、俺たちを銭で動く商人の寄り合い所帯だと思っているだろう。
大筒という『天災』を借りて勝っている臆病者だと侮っているかもしれん。
……お前は、その鼻柱を叩き折らねば、今後我々を侮るものが出ると言いたいのか」
「……左様です。
佐伯の軍は、飛び道具に頼るだけの臆病者ではない。
それを肥前の連中に骨の髄まで分からせてやる必要があります」
利興はしばらく黙考した。
利繁の主張は、合理性を重んじる利興の流儀とは相容れない。
しかし、一理あるのも事実だった。支配とは、単に税を奪い、法を強いることではない。
圧倒的な「強さ」を畏怖させ、同時にその強さに帰属する「誇り」を分け与えることでもある。
「わかった。任せる。
だが、利繁。……死ぬなよ。
お前を失えば、俺は心の支えを失う。お前の命の価値は、この高祖城よりも重いと思え」
「……御意。期待に応えてみせます」
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翌朝。
高祖城の城門が開き、五〇〇〇の佐伯軍がうねるように出陣した。
その光景は、周囲の農民や漁師たちの目には、異形の軍勢のように映ったことだろう。
まず、兵たちの装備が違う。
全兵士が、最新の技術で量産された漆黒の具足を纏い、その胸には佐伯の紋が鮮やかに刻まれている。
長槍の穂先は鋭く磨き上げられ、朝日を受けて銀色の波のように揺れている。
そして、何より違うのはその「音」だった。寄せ集めの国人一揆が発する、ざわめきや雑多な足音ではない。
統制された呼吸、揃った歩法、重い具足が擦れる規則正しい金属音。
それは巨大な一つの「装置」が動いているかのような、冷徹なまでの機能美を湛えていた。
利繁は先頭で黒鹿毛の馬に跨り、風を切って進む。
唐津から武雄へ至る路は、二月の厳しい寒気にさらされていた。
霜の降りた田畑を抜け、軍勢は肥前中部へと切り込んでいく。
「斥候、戻りました! 後藤軍、武雄川の手前に陣を構えております。
当主・貴明自ら陣頭に。……兵力は三〇〇〇。
……こちらより少ないですが、その気迫は尋常ではありませぬ」
副将かつ補佐として従軍していた山本康範の報告に、利繁の口元が微かに吊り上がった。
「三〇〇〇。五〇〇〇の我らを前にして、城に籠らず川を背にして立ち塞がるか。
……にわかに信じがたい。だが、それでこそ後藤貴明である!」
後藤貴明は、現在の長崎県東部を領有していた大村純前の子として生まれる。
後藤氏へ養子に出され、家督争いを経て塚崎城主となり勢力を拡大。
龍造寺隆信の勢力拡大に抵抗し続けた肥前中部の国人領主である。
「利繁様、上流三里に浅瀬がございます。
そちらへ兵を割き、挟撃すべきかと。あるいは鉄砲隊を回せば対岸から焼き払えます」
康範の言葉に、利繁は首を振った。
「いや。後藤もそこを警戒して兵を置いている。
奇襲にはならんし、時間がかかる。……答えは一つだ。正面から渡る」
「正面から……死地へ飛び込むのですか!」
「死地ではない。勝利への道である。
武人の理屈ではない。……大将が真っ先に川へ飛び込めば、兵は恐怖を忘れ、熱狂に変わる。
大筒や鉄砲で敵を焼くのは兄上の役目だ。
だが、この極寒の川を割り、敵の喉元を食い破るのは俺の役目だ」
利繁は愛馬の首を優しく叩き、全軍に響き渡る声で叫んだ。
「聞け! 壱岐の、対馬の男たちよ!
俺の背中が川に沈むまで、止まることは許さん! 凍え死ぬのが嫌なら、俺に続けぇ!」
五〇〇〇の軍勢から、大地を揺らすような雄叫びが上がった。
それは、計算と合理で動く佐伯の軍が、初めて「熱」を持った瞬間であった。
武雄川の岸辺。
対岸にたなびく、後藤の赤い旗。
二月の凍てつく空気が、これから始まる決戦の予兆に震えていた。
身に余る反響をいただき嬉しい反面、重圧もありますが
少しでも楽しんでいただけるよう更新してまいります。
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